恭介は高校の時クラスメイトから、会社近くのファミレスに呼び出されたため渋々出てきた。
店に入ると、窓際の席で手を振る男がいる。がっしりとした体つきの早川は、今は刑事として働いていた。学部は違うものの大学まで一緒だったので、時々連絡は取り合っていた。
恭介が向かいの席に座ると、早川はメニューとにらめっこをしている。
「俺、西京焼き定食ね」
「早っ」
「この店ならそれしか頼まない」
「相変わらずブレないなぁ」
「逆にお前はブレブレだな」
お互い注文をすると、早川は改めて恭介に向き直る。
「急に呼び出して悪かったな」
「まぁいいんだけど、要件は?」
「ちょっとお前に聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」
早川は真剣な表情で恭介を見つめる。
「お前さ、高校の時に畑山と仲が良かっただろ?」
急に智絵里の名前が出てきたことに驚いた。
「畑山ってさ、大学に進学が決まっていたのに、急に外部の受験を決めたよな。三学期になって学校に来たのは卒業式だけ」
早川が何を言いたいのかわからず、恭介は口を閉ざす。その空気に気付き、早川は一呼吸置いた。
「あの頃のお前のあだ名って知ってる?」
「いや、知らない」
「番犬篠田。いつも畑山のそばに張り付いて、変な奴が近付こうものなら、睨みを効かせて追い払うから、お姫様付きの番犬って呼ばれてたんだよ」
「マジで? 知らなかった……っていうか、俺そんな感じだった?」
「だって片時も離れなかったじゃん。だから男子は畑山さんに近付けなくてさ、唯一部活の時がチャンスだったんだよな。本気で狙ってる奴は、吹奏楽部の練習終わりとかに話しかけたりして」
高校時代を振り返り懐かしんでいたが、早川の表情が変わる。
「なぁ、畑山の様子がおかしくなった時、お前何か話を聞いたりしなかったか?」
「……なんでそんな話を俺にするんだよ」
早川は表情を変えずに話し続ける。こういう顔は刑事の時の顔だった。
「……今うちで扱っている事件があって、もしかしたら畑山が関わっている……いや、被害を受けている可能性があるんだよ。畑山に話を聞きたくても登録された住所にいなくて、お前なら何か知っているんじゃないかと思ってさ」
早川の話を聞きながら、大体のことは想定が出来た。でも俺が話していいようなことではない。
「特に卒業式の日なんか、番犬篠田の最後の仕事って感じでさ。お前トイレまでピッタリくっついてたんだぜ。なんかある意味、番犬の忠犬ぶりにみんな感動してたけど」
俺ってそんなに智絵里にべったりだったのか。初めて知らされた事実に恥ずかしくなる。
「……あのさ、それって海鵬の教師が絡んでたりするか?」
「……あぁ、絡んでる」
「やっぱりそうか……でもなんで今更? もう九年も前の話だぞ」
「実は……何人か被害届を出してるんだ。もう時効を迎えたものもある。でも届けだけなんだ。それだと捜査には入れない。ただ最近出した子がさ、勇気を出してくれたんだ」
智絵里だけでなかったことに、恭介は怒りを覚えた。
「畑山がもし被害者だった場合、今年中には時効になる。訴えるなら今なんだ」
早川の言葉が重くのしかかる。ようやく元気を取り戻してきた智絵里に、どう話していいのかわからなかった。また辛い思いをさせるのか、それともきちんと解決すべきなのか。智絵里はどう答えるだろうか。
「篠田、お前やっぱり知ってるんだな」
「……実はさ、今彼女と付き合ってるんだ。ち……畑山は俺の家にいるよ」
「えっ……マジか。ってか良かったじゃん! そうか、番犬がとうとう|騎士《ナイト》にまで昇格したのか! やったなぁ!」
「高校の時の俺って、番犬としか見られてなかったんだな……なんか傷付くわ」
「……お前さ、自分じゃ気付いてなかったみたいだけど、相当畑山さんにご執心だったぜ。だからさ……この話をするのも本当はどうかと思ってたんだ」
「……智絵里から話を聞いた時に、はらわたが煮え繰り返るくらい悔しくて、あの男を殺してやりたいとまで思ったよ。智絵里はずっとあの日のことを引きずってるのに……。あいつは犯罪を繰り返していたなんて……」
智絵里がこのことを知ったら……そう思うだけで怖くなる。
「……来月クラス会があるって連絡きたか?」
「いや……」
「その時に畑山さんに来るように話をしてくれないか? お前を介さず、俺から話を聞くようにする」
「わかった……」
恭介は肩を落とす。智絵里がこれ以上傷付かないよう、俺はどんな時もそばで守ると心に誓った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!