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シズカの父は、柄にもなく上野のデパートの宝飾品売り場と、高級家具店を往復しては深いため息をついていた。
シズ父「……金じゃねぇんだよな。
いや、金は出すんだが、何だ、こう、もっと華のある……」
相手が組員なら札束を叩きつけるか、高級な酒か相手が好みそうな贈答品を添えればいい。
だが、相手は最愛のひとり娘・シズカだ。
しかも、ついに「独立して1人暮らしを始める」という。
本人が希望する『アメジストドーム』とは別に、何かはなむけをと考えるがどれもピンと来ないシズカの父は、まず自分の「親」である上部団体の組長に相談した。
組長「お祝いか……。
観葉植物なんかはどうだ?
部屋が明るくなるし」
シズ父「あー……俺、家でガーデニングやってるもんで、娘は植物に飽きてるかもしれなくて……」
組長「そういえば、そうだったな……。
うーん……」
組長の隣で話を聞いていた、娘の茶道仲間でもある姐さんが口を開く。
姐さん「ねぇ、〇〇さん、シズカちゃんがどうして『石』を選んだか分かるかい?
あの子はね、会社で気を張って、バレエでずっと動いて、 茶道で神経を研ぎ澄ませて、外では精一杯『華』として咲いてるのよ。
だから自分の城(家)に帰った時くらいは、何万年も変わらない、静かで動かないものに甘えたいの。
そんな子が選んだアメジストの横に、 中途半端なデパートの飾りを置いちゃ ダメ。
石が死んじゃうわ。
お茶もお花も石も、それを引き立てるのは『器』なの」
シズ父「……器、ですか」
姐さん「シズカちゃんが舞台で踊るための床や、お茶を点てるための畳と同じ。
どっしりと構えて、あの子の選んだ感性を受け止めてあげるような、いい『飾り棚』を設えてあげなさいな。
それも、ただの家具じゃないわ。
あんたの駐車場と同じで、地面をしっかり固めてやるの」
シズ父「……地盤か」
姐さん「『お前が買ってきたその石を、1番いい顔で座らせてやる場所は、俺が作っ てやる』って。
それが、あんたらしい 1番の『はなむけ』じゃないの?」
その瞬間、父の脳裏にシズカが学生時代、「本物の桐箪笥」を欲しがった時の記憶が今でも鮮明に蘇り、同時に胸を刺す。
シズ父「(あの頃は今以上に金も心に余裕もなかった……。
「お前ぇにはまだ早ぇ!」なんて言っちまうし、娘に本物を買ってやれねぇ情けなさを誤魔化そうとムショで覚えた不格好な細工に、どっかの組の事務所の廃材から剥ぎ取った、いかつい唐草模様の金具で作ったハリボテ……。
『これで我慢しろ』って、投げつけた時の、あいつの顔がよ……)」
その夜。
内縁の妻であるシズカの母に相談すると、母は落ち着いた様子で煙草盆を磨きながら答えた。
シズ母「私はね、あの子に、この煙草盆を送るつもり
お茶の席で、お客様を迎えるための道具……あの子も、もう誰かをもてなす立場になるんだから」
父の視線が、シズカの部屋の跡地に向く。
そこにはもう、あの「安価版の桐箪笥」はなかった。
シズ父「……箪笥、あいつ持ってったのか?
あんなハリボテ、新居に持っていかなくてもいいだろうに……。
俺ぁ、今回の祝いで、最高級の加茂桐箪笥を買ってやろうと思ってたんだ」
シズ母「……あの子、「私、お嫁に行く時は、この桐箪笥持っていくんだ!」って言ってて
、どうやってあの箪笥を持っていくか悩んでたけど、『力自慢の知り合い』を紹介して貰ったらしくて、黒塗りのワンボックスで来た若い衆たちが丁寧に運んでいったわ。
あの子、すごく嬉しそうだった。
あの子にとっては、あれが世界に1つの『本物』だったんだよ」
その言葉を聞いた父は目頭が熱くなり豪快に鼻を啜る。
シズ母「……あ、それと、パパに言っておかなきゃいけないことがあるの」
シズ父「……なんだ?」
シズ母「あの子の引っ越し先、1人暮らしじゃなくて、『彼氏と同棲』だよ。
場所は……都内一等地のタワマン最上階」
シズ父「……はぁ!?同棲だと!?
どこの馬の骨だ、その野郎は!
タワマンだかなんだか知らねえが、堅気じゃねえ匂いがプンプンしやがる!」
地響きのような怒鳴り声を上げる父の横で、母は動じることなく、煙草盆に緩衝材を巻き、静かに箱に収める。
シズ母「……あら、いいじゃない。
あの子が選んだ人なんだから。
若いうちに広い空を見るのも、いい勉強よ」
父「勉強じゃ済まねえだろ!
相手がどこの誰かも分からねえのに、はいそうですかって……!
そもそも挨拶もなしに……」
シズカの母はフッと不敵に口角を上げる。
シズ母「あら、パパ。
シズカはパパと私の娘なのよ?
極道と極道とわかっていて一緒になった馬鹿な女の……。
そして、シズカは、その馬鹿な女によく似ている……。
……シズカが選んだ『タワーの主』、案外、パパが昔やり合った相手かも知れないよ?」
シズ父「なっ……!!」
シズ母「挨拶に関しては、彼氏がいるってカミングアウトも含めて、あの子なりに、あんたに話すタイミングを計ってたのよ。
……あんた、すぐ頭に血が上るんだから」
シズ父「ぐぬぬ……」
シズ母「そんなに心配なら、引越し祝いに『喪服と黒留袖』の一式でも誂えてあげたらどう?
ちょうどいい機会よ」
シズ父「……あぁ!?喪服に黒留袖……?
なんでそんな縁起でもねえもんを……!」
シズ母「極道の娘なんですもの。
相手がどんな男であれ、添い遂げるってことは『そういうこと』でしょう?
私が祝いの布団を誂えるから、それと一緒に、『いつ何があっても、畳の上で死ねない覚悟はできている』っていう親の教えを、一式揃えて叩き込んであげればいいじゃない
……あの子、訪問着はもう持ってるから、これで嫁入り道具、完璧に揃うわね」
シズ父「ふざけんな!!!縁起でもねえ!!!
まだ死なねえし、あいつも死なせねえ!」
シズ母「……でも、あの子に似合うと思うわよ。
漆黒の闇の中で、1番気高く咲くはずだわ。
アメジストにもピンクトルマリンにも負けない、深い黒の家紋を入れた一品を……。
いや、相手がパパの同業者なら『代紋』を入れることになるのかしら?
……あの子なら、どんな代紋でも自分の一部にしてしまいそうね」
シズ父「……ったく、どこのどいつだ。
俺のシズカをタワマンに連れ込んだ不届き者は……!」
そう言って父は酒を煽る。
シズ母「……あの箪笥を嫁入り道具と言い張るような子だよ?
覚悟の決め方は、案外パパよりあの子の方が上かもね」
シズ父「……最高級の桐箪笥は、あいつが本当に『本物の旦那』にした時に、俺がこの手で叩きつけてやる。
それまでは、あの不格好な箱で我慢しやがれ」
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