テラーノベル
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渡辺にとって、みんなとの関係は自身のカラダをもってして繋ぎ止めているという自負があった。それは一見儚くも必死な想いだったし、快楽ばかりではなく当然痛みや苦しみも伴う行為とも隣り合わせだった。こんなふうにいつまでも肉体が持つとは思えない。何せ相手は8人だ。いずれ彼らの要求に応えられなくなる日も来るだろう。しかし、カラダがいうことを利く間は、何としてでも自分の武器を総動員してみんなを楽しませたいという純粋な想いを渡辺は持っていた。そしてそれがおかしな事だとはちっとも思っていなかったのだ。
しかし阿部は。
最近の阿部は、カラダを繋ぐことよりももっと違う何かを渡辺に求めていた。
他のメンバーが、渡辺を性処理の道具として簡単に扱うように思える時でさえ、彼の深淵な瞳は、それらを求めながらも同時に排除したいという葛藤に満ちていた。
「翔太、いい。もうやめて」
「阿部ちゃん……」
半分ほど勃つ阿部のものを握る渡辺を強引に離し、ズボンを穿き直すと、阿部は渡辺の髪に優しく口付けた。
「今日は隣りにいてくれるだけでいいよ」
渡辺は阿部の腰に腕を回し、ぎゅっとその身体を抱きしめた。
「俺、なんかした?」
ここのところ、思い通りにいかない苛立ちがざわざわと阿部の胸を騒がせていた。
翔太を自分のものにできないのはわかっている。今の自分じゃ力不足で翔太を独り占めできない。
それなら簡単に組み敷いて、他のみんなと同じように、かりそめの快楽に身を投じればいい。しかし今はそれすらも虚しく感じられる。それほどに阿部の中の渡辺への愛情は高まっていた。
そして急に、阿部は、自身が泣いていることに気づいた。
「翔太、向こう行ってて」
「阿部ちゃん?」
心配そうに覗き込む愛しい人。
しかし、俺だけを見てくれるわけではない憎い人。
「明日はどこ行くの?」
震える声を何とかごまかし、わざとぞんざいな感じで言う。
渡辺は俯いた。
「答えたくない」
「どうして…?」
「今は阿部ちゃんだけの俺だから」
「…………狡い」
阿部は渡辺を抱きしめた。
明日は目黒。
渡辺の予約表を、阿部はほとんど完璧に覚えていた。今夜、この逢瀬が終わったら、阿部はまた余白へ自分の予定を書き込む。そうして渡辺はかわるがわる皆へ繰り返し共有される。そんな連鎖を断ち切りたいのに、できない。阿部は渡辺を自由にできる間だけ、その存在を確かに腕の中に感じることができる。
「ずっと俺といてよ」
渡辺がキッチンへ遠ざかったタイミングで阿部はわざと聞こえないようにそっと呟いた。
渡辺は阿部と目が合い、可愛らしく小首を傾げるが、何も聞こえずにそのまま冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと一口飲んだ。白い喉仏が上下する。
「亮平、この後、どうしたい?」
渡辺の濡れた口元は、相変わらず阿部を誘っていた。
目黒はその点、自分の欲望に正直だった。
頭を使っても無駄だと本能で理解していたのだ。二人の時間が有限であるならば、渡辺をたくさん愛し、渡辺からたくさん愛されることに貪欲でいるべきだとその日までは考えていた。
「俺のキス、気持ちいい?」
「んっ……気持ちいい…」
渡辺は蕩ける瞳で目黒に応える。
美しく白い肌が、ほんのりとピンク色に染まって、目黒を体内に受け入れるたびにさらに少しずつ熱を帯びた。
「翔太、俺を見て」
後ろから突く時も、目黒は渡辺の視界に入りたがった。渡辺の目の焦点がたとえ合っていなくても、顔を自分の方へ向けて、唇を求め続けた。柔らかいその口や舌の感触を常に受けたがった。
「あ、いく……蓮…」
艶やかに、息も絶え絶えに渡辺は訴えた。そしてそのまま、シーツに白濁を放つと、ぐったりとした。
「まだ終わってないよ」
「………ん」
返事はするものの、渡辺はそのまま動こうとしない。引き続き腰を振り、人形のような渡辺の中に、自身の欲望を放った後で、目黒は渡辺の腕をやや乱暴に引いた。そして、その華奢な身体を胸中に収めると、赤い唇を貪るように愛した。
「……はぁっ……」
渡辺の吐息が漏れる。
渡辺は涙を溢していた。
「なに泣いてんの。良くなかった?」
目黒は少し、声のトーンを落とした。
「阿部ちゃんが」
渡辺がつい口を滑らせた直後、目黒の目に怒りが宿るまでほとんど時間はかからなかった。目黒は言葉の先を促す。渡辺は押し黙った。
「言えよ。阿部ちゃんがどうかした?」
「……ごめんなさい」
ほとんど消え入るような声で渡辺は謝罪した。目黒は昨日の渡辺の相手が、あの、インテリで、およそこのレースに相応しくない優男であることを思い出し、わずかに鼻を鳴らした。この純粋無垢な、騙されやすい渡辺に他の者が思いつかない何か賢い手段を使って心に楔を打っているのだとしたら見逃せない。翔太を心から愛しているのは俺なのだ、そう対抗心を燃やした。
「出掛けようか」
目黒は言った。
「今から?」
渡辺は遠慮がちに目黒を見たが、その目の端は少し喜びで赤くなったように見て取れる。こんな顔してたっけ、目黒は嬉しい誤算に胸を躍らせた。
「うん。いつもセックスばかりじゃイヤでしょ。俺運転するから、出掛けよう」
「うんっ!!」
目黒は久方ぶりに渡辺の屈託のない笑顔を見たのだった。胸が熱くなる。可愛い。渡辺はこんなに可愛らしかっただろうか。
「先にシャワー浴びておいで」
「うん。でも、蓮は?」
「一緒に浴びたら、またしたくなるかも…」
「ばかぁ……」
目黒は正直に申告したのだが、渡辺はジョークとでも取ったのか、はにかみ、艶かしい視線を残すようにしてバスルームへと消えた。もうほんの数秒でも目が合ったままでいたら、また渡辺を抱いてしまうところだった。目黒は安堵し、最近では滅多に吸わなくなった煙草を取り出して、火をつけた。
××県の山奥まで、目黒は車を走らせた。車も、人通りも無い真夜中。生温い風を受けながら、少し開けた場所で車外へと出る。渡辺も怖々とその後に続いた。辺りは鬱蒼とした木々で覆われていて、虫の声だけが聞こえている。
「わあ……」
見上げると、満天の星空。
吸い込まれそうな真っ暗な闇に、数え切れないほどの星々が瞬いている。目黒のお気に入りの場所だった。
「綺麗でしょ」
「うん」
渡辺は、ひとしきり、はしゃいで、喜んでみせると、やがて静かに星空を見つめた。
月明かりが彼の横顔を美しく照らす。
暗い森に、彼の白い肌がよく映えている。目黒は渡辺の隣りに腰を下ろした。今二人は、目に付いた大きな岩に並んで座っている。
流れ星が流れた。
「あっ」
「…………」
「見た?蓮??」
「見たよ」
そっけなく言うと、目黒は黙った。渡辺は自分の身体をそっと目黒に預けた。肩を抱いて欲しいのだろう、ぐいぐいと自分を押し付けている。目黒は仕方なしに腕を回した。
「しょっぴーはさ」
昼間の呼び名に戻す。渡辺の身体が少し硬直した。
「俺たちに何を求めてるの」
「蓮……」
「気持ちいいこと?それとも精神的にも俺たちを独り占めしたいの?」
「独り占め…」
考えたこともなかったのだろう、渡辺は愛らしく目をぱちくりとさせた。その表情を見る限り、独り占めしたいのはお前たちだろうとでも言いたげだ。目黒はなおも尋ねた。
「そうやって曖昧な態度を取って、みんながいなくなったら、どうするの」
「やだ、蓮、いなくならないで」
渡辺の大きな瞳が涙で濡れた。何でもするから、俺の前からいなくなるなんて言わないで、渡辺はそう言い、目黒の手を強く握った。
「狡いよ、本当に、狡い」
訳も分からずにおろおろと涙する渡辺を、目黒は堪らない気持ちで抱きしめていた。いなくなるわけがない。他のメンバーがいなくなっても、目黒は渡辺を手離すつもりはない。寧ろ、一日も早くみんなが渡辺に愛想を尽かして、俺たちの前から消えてくれたらいいのに。目黒は渡辺を責めながら、自分もまた、弱くて狡い人間なのだと思い知っていた。
「ここで抱いてもいい?」
「え……」
渡辺の泣き腫らした目が泳ぐ。しかし、その目に拒否の色がないことを見て取ると、目黒は渡辺の黒いTシャツを脱がせた。胸の飾りを摘み、重ねた唇から舌を入れた。
照明は、車のライトと自分たちを見下ろす月明かり。それと満天の星々が彼らを見下ろしているだけ。この時森の闇が一層深くなったような気がした。
「……ここ、外だよ?」
「誰も来ないよ、誰も見てない」
目黒の低く静かな、しかしはっきりとした声に、渡辺は流されるように頷くと、小さく喘ぎ始めた。その声を聞き、目黒の動きも次第に大胆になっていく。今は渡辺の腰のベルトを外し、下着の上から優しくその屹立を撫でている。舌の愛撫は首筋に移っていた。顎の下、首の後ろ、ところどころに赤い花を咲かせていく。
渡辺は苦しそうに息継ぎしながら、目黒の腰に腕を回した。
「すごい、いつもより濡れるの早いね」
「言うな………」
首を振り、ぎゅっと目を瞑る。
目の端にはさきほど流した涙の痕が残る。目黒は渡辺の目の端から頬にかけて、優しくひと舐めした。
「目黒。いなくならないで…」
目を閉じたまま、昼間の呼び方で、何なら少し先輩らしいように聞こえる口調で、渡辺が呟いた。目黒は敢えて答えずに渡辺を愛し続けた。身体が熱を持っていく。渡辺の下は、目黒の手のひらの中で、今ではビクビクと脈打っている。はち切れんばかりに、解放の時を待っていた。人差し指を鈴口に当て、先走りを塗り込むように擦った。渡辺の腰が動いた。
「やん。出ちゃう……」
「替えの下着持ってきてないよ」
「あっ………」
目黒の囁くような声、というよりは、その声を発する時にもたらした空気の揺れが渡辺の耳を刺激し、渡辺は目黒の手の中で達した。ビクビクと何度か白い液を吐き出すと、黒いTシャツをわずかに汚す。下着の方はもうぐっちょりと濡れていた。渡辺は恥ずかしくて、目黒に抱きついた。
「本当に、エッチ」
「……どっちが」
言い返し、渡辺が、目黒の下半身を触り返した。目黒は渡辺のズボンを下げると、そのまま岩に手をつかせ、後ろを向かせた。
「目黒を見てる?」
甘えるように半身を捩らせる。目黒は、軽くキスを落とすと、渡辺に前を向くように言った。深く繋がりたい、奥まで、繋がりたい、だから。
「ねぇ、俺を感じてる?」
「んっ、感じる。蓮を感じるっ」
本当だろうか。
今、挿入している相手が突然変わっても、渡辺は気づかないのではないだろうか。目黒は不安になった。しかし、渡辺は後ろ手に、目黒の腕をしっかりと掴むと言った。
「ちゃんと目黒のことが好き。だから、目黒も俺に集中してよ」
鼻の奥がツン、となるのを感じた。今、眼前で、目黒を感じようと、そして感じさせようとしている渡辺は思ったより自分を愛しているのかもしれない。いや、騙されるな。騙されてなるものか。しかし……。
「めめ、キスしたい」
もうぐちゃぐちゃだ。涙で顔がぐちゃぐちゃなのにも構わず、目黒は振り返った渡辺の唇を夢中で吸った。渡辺も嬉しそうにそれに応えた。
向き直り、再び腰を振る愛しい渡辺の白い背中に、目黒はありったけの欲望を散らした。
生い茂った森の静寂だけが彼らをじっと見つめていた。彼らを見ている者は、彼ら自身しかいなかった。今、この森で、彼らはただ平凡なひと組の恋人同士でしかなかった。
コメント
2件
ちゃんとしょっぴーも8人を愛しちゃってるんだなぁ…🥹