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#ワンナイトラブ
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………そもそも、常葉くん、まだ会社残ってたんだ。
何してたんだろう、無駄な残業嫌いな癖に、なんで残ってたのかな。
「しかも感度悪いし、へったくそだし。まぁー顔もいいし胸はでかいけど、たまに重いしウざ」
「そーなんだ」
耳を塞ぐ手のひらが微かに揺れて、私の髪を優しく撫でた。少しの行動に全部の神経が集中する。
「イく前に涙溜めて必死で見上げんの、すげー可愛いの、元彼のくせに、なんで知らねぇの?」
「…………は?」
ポカン、と、旺くんの口が丸くなった。
……どう、したのかな。すごい変な顔してる。
「それに、女性を所有物みたいに言うの、やめた方がいいですよ?」
「……っ、おま、」
今度はパクパク口を動かすので、思わずふふっと笑いそうになり口を手で抑えた。
危ない、漏れてないかな、声。
「あ、所有物じゃないですね、もう。元か。それなのに未練がましく、ばかじゃねぇの」
「……常葉ぁ、お前趣味悪いから。眞鍋ちゃんとかもさっき」
「あー、すみませんセンパイ。心底必要のないご心配して下さって。でも、そんなこと考える暇あったら、ちょっとは自分で企画考えたらどうですか」
再び旺くんの顔色が変わると、今度は視線が泳いで眉間に皺が寄る。
……なんだろう、焦ってる、のかな?
あまり見ない表情に違和感を感じてしまう。
「仕事こっちに押し付けんのいい加減ウザイから。無能なのバレて飛ばされたくなかったら、大人しくしとけよ下衆」
そう感じたのは一瞬で、常葉くんは拘束を緩めると同時に私の手首を掴んだ。
「じゃ、お疲れ様でーす」
足が動き始めたと同時にイヤホンを抜くと、やっと聞こえた言葉は少しだけ篭って聞こえた。
彼の車に促されて乗り込むと、爽やかな甘い香りが出迎えた。
ずっと気が張っていたからか、心はすぐに落ち着きを取り戻す。
一瞬で、肩の力が抜け落ちた。
「…………あんな奴にマウント取っちゃったじゃん」
運転席に座ると同時に、ハンドルに凭れた常葉くんはため息混じりの声を出すので、「はい?」と首を傾げる。
「だからあんた、ダルそうな気がしたんだよ」
常葉くんがこちらを向くと、前髪からニヒルな目元がちら、と覗く。
絶対に呆れてるのは見て取れる。だけど、常葉くんなら見捨ててはくれないだろうから、嫌な気分はちっともしない。
エンジンが掛かると振動が座席に響き、車は滑るように走り出す。
「さっき、二人でなにを話してたんですか?」
「………………世間話」
……今の間は何?
じゃあなんで、聞かせてくれなかったんだろ。
違和感は残るけれど、その情報を飲み込むしかない。
「残業ですか?」
「……まぁ、そうですね」
「たまたま?」
「……偶然ですよ」
偶然にしては、タイミングが良すぎるな。
窓の外は見慣れない夜景が流れている。
常葉くんにとっては日常の1ページなのだろうけれど、私にとっては初めての経験だ。
……眞鍋さん、ちゃんと纏めたかな。
嫌々ながらもちゃんと向き合う姿勢を見せる眞鍋さんは、どこか常葉くんと姿を重ねてしまう。
それと同時に、彼女の事を思うと自分が情けなくて仕方ない。
…………出てった方が、良いんだろうなぁ。
放っておくと歪みそうになる唇を噛み締めると、つい先程怪我をした場所から再び血が滲んだのか、口の中に鉄の味が広がった。
お陰で、熱を帯び始めた瞳は冷めてくれた。
別のこと、考えよう。
「……あ、そうだ。常葉くん」
切り替わった頭はすぐに当初の予定を連れてくるので声を掛けると「なんですか」と、気だるげな声が届く。
「……先にスーパー寄っていいですか?プリン作ろうかと」
「作らなくても、買えばいいじゃないですか」
「そうですけど、ご飯作るついでに。今晩の材料も無いので一度寄って下さい」
「あんたはその前に、する事あるんじゃないんですか」
何かを訴えるような返事が返ってくるので、その横顔を覗くけれど、頬杖を付いて前を見ているので真意が読み取れない。
する事……?何かあったかな。
今日の分の仕事は特に持ち帰っていないし、ここ最近家では部屋に閉じこもって書類を纏めていたから、そこを散らかしたつもりもない。
短く頭を捻っても正解は見つかりそうにもないので、「なんですか?」と聞いても「帰ったら教えます」としか答えてくれない。
まぁ、教えてくれるなら、良いか。
もう一度景色に目を向けると、そこは既に通い慣れた背の高いマンションの敷地内だった。
常葉くんが手を翳すとロックが解除され、そのまま扉を開けてくれるので、先に部屋に入って照明を灯す。
パチ、パチと頭上で照明が瞬く間に、導線を知る私は、リビングに踏み入る前にカウンターに併設されたスツールにバッグを置いてキッチンを確認しようとした。
常葉くんはあぁ言ったけれど、矢張り先にご飯の支度を、と、思ったのだ。
だけど、キッチンへ向かう前に、私の体は影に遮られた。
あ、邪魔だったかな。
「穂波さん」
視線を上げると、ネクタイを緩めながら、天使みたいににこりと微笑む常葉くんがいるから心臓は一瞬で高鳴るとともに「へ?」と息と一緒に声が出た。
トン、と、彼がカウンターの木枠に手を付くとすぐに追い詰められる。
常葉くんの笑顔は、紐解くように色を消して、白けた目付きとなれば私を見下ろした。
顎を持ち上げられると、少し冷たい指先が、熱を帯びた下唇にそっと触れる。
「……この怪我、どうしたんですか?」
じわり、熱とともに疼く傷。
心臓は忙しなく動き回り、返事をなんとか探し回る。
鼻の奥に過る、少し前まで私に染み付いていたあの香り。
旺くんのそれは、常葉くんの香りでかき消される。
「……それ、は」
続けようとした言葉は、口の中に吸い込まれた。
柔らかな感触が温もりを連れて私と混ざり合う。
うっすらと目を開けると、甘い瞳は扇情的な熱を帯びていて、必然的にその視線と出会う。
私の表情を見つめているのだろうか。
恥ずかしくて、咄嗟にきつく瞳を閉じた。
すると、突然唇は離れて、熱を帯びるそこを小さく甘噛みされるので、微かな痛みで「ん、」と声が出る。
「痛い?」
「……ちが、」
否定すると、すぐに舌で擽るように傷口を舐められて、滑り込むように口の中に侵入する。
「ほんとに隙だらけ」
眼鏡を奪ったその手は、前髪を掻き分けるように掬うとそのまま両手で私の顔を包み込んだ。
角度を変えて、何度も深く入り込むと、顔を包んでいた手は次第に私の身体を滑るように落ちていく。
常葉くんが私に触れる度に、甘い疼きが身体を巡り、立っているだけの足は震えてしまう。
背中に手を回して彼のジャケットを必死で握りしめていると、急に身体は宙に浮き、カウンターの上に腰が落ちた。
顔を見ることも出来ずに胸の前で手を結んでうろうろと視線を泳がせていると、常葉くんは私の片脚を持ち上げて身体に割って入るので嫌でも身体は対面する。