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今年の梅雨入りは、例年より早く、かなりの量の雨が降っている。
窓ガラス越しに見るグランドは、水たまりだらけで、泥濘んでいて、とてもじゃないが体育の授業なんて出来る状況ではない。
「星埜~じめじめ」
「俺は、じめじめじゃねえし。つか、頭凄いことなってるな」
パーマかけたみたいだろ? と、朔蒔はケタケタと笑っていた。だが、朔蒔の髪はそれはもう酷いぐらいに膨張していた。くせっ毛の黒髪は、あっちこっちに広がっていて、まるでアフロのようだった(アフロはいいすぎかも知れないから訂正しておく)。本人は気にしていないようだが、傍から見ていて可哀想になるくらいの爆発具合である。
そんな朔蒔を見ていれば、楓音が後ろから声をかけてきた。
今日は珍しく楓音も寝癖がついている。楓音の髪も、もふもふとした犬っ毛で、明るい茶色の髪をいつもポニーテールにしているのだが、その跳ね具合というか、広がり具合が、彼もまた、おしゃれ用語的にいうなら、最悪だった。コンディション最悪。
「うぅ、星埜くん。僕も酷いことになっちゃった」
「梅雨って大変だな」
「星埜~人ごとみたいに」
と、朔蒔に体重をかけられ、危うく倒れそうになってしまう。
俺の髪質は、何故かこんなじめじめとした梅雨にも強くて、いってしまえば剛毛なのかもだが、湿気に強いのは助かる。まあ、だからといってストレートヘアでもないのだけれど。
楓音は、自分の髪の毛を押さえながら、俺の机の上に突っ伏している。おしゃれや、可愛さを追求する楓音からしたら、それはもう最悪だろう。梅雨は天敵と言っても過言ではないのかも知れない。クラスの女子達も最悪~と繰り返しいっている。まあ、梅雨の時期は、髪の毛だけじゃなくて、そこら中じめじめしているし、何より廊下が滑りやすくなるから注意が必要だと。
放課後のホームルームを軽く受け流しながら、俺はやまない雨を見つめていた。
傘は持ってきているし、何も問題はないのだが、家に父さんの傘が残っていたのが気がかりだった。父さんのことだし、折りたたみ傘を持っていってはいるのだろうが……
(最近また、一週間くらい喋ってないな……)
もう諦めれば良いのに、なんて俺が言っちゃ駄目なんだろうけど、もうきっと見つからない。何十年も前の殺人の証拠なんてもう何処にもないだろうに。
その信念というか、執念の深さと強さは賞賛されるものなのかも知れ無けれど、いい加減、昔の父さんに戻って欲しいとも思っている。
家族仲が、今更修復するわけでもないのに。
どうなりたいんだろうなって、考えながら、俺は目を細める。殺人鬼は今どうしているんだろうか。また、この雨降る曇天の下で、獲物を狙っているのだろうか……とか。あと数年すれば時効だし、このまま何もせずに逃げ切るっていうのもあり得ない話じゃないけど。
「せーの、星埜!」
「うわっ、びっくりした。んで、何?」
「星埜くん、ぼぅっとしてたけど大丈夫?」
「ああ、うん。楓音。心配してくれてありがとう」
「え? 俺は? 俺は?」
と、朔蒔がうざったらしくきいてくる。
いつの間にか、ホームルームは終わっていたようで、皆ぞろぞろと帰って行く。この後大雨警報が出る予報なので、今日は何処の部活も休みなんだそうだ。ちゃんと聞いていなかったなあ、なんて思いながら、久しぶりにここまで楓音のいうとおり、ぼぅっとしていたのだと反省する。
雨のせいにするつもりはないけれど、気分が下がっていたからかも知れない。
「じゃ、帰ろうぜ。星埜」
「ああ……って、いっしょにかよ」
「でも、朔蒔くん傘忘れたーっていってなかった?」
「この大雨で忘れるか普通?」
「まあ、まあ。口実っつゥもんも必要なわけで」
なんて、嫌な予感しかしないことを言い出す朔蒔。勘弁してくれ。
だが、分かってしまって、逃げ用のなくなった俺は、朔蒔に肩を組まれる。
「相合い傘して♥ 星埜」
「だと思った……はあ。風邪ひくとあれだからな、今日だけだぞ」
「お? 素直?」
「俺は、素直だろ」
と、楓音に同意を求めれば、楓音は、苦笑いを浮かべるだけだった。
(あ、これ、絶対引かれてるパターンだ)
え? 俺は、素直じゃない? 何て思いながら、俺達は三人で下駄箱まで向かう。下駄箱は、雨の匂いがこべりついているようで、何だか息が詰まる。
上履きを履き替え、傘立てから、傘を探し出し、引き抜いて、朔蒔を呼ぼうかと振返れば、何故か朔蒔は下駄箱の前でかたまってた。
「せーの、これ何?」
「何って……」
キョトンとした目で、朔蒔が俺に一枚の手紙らしきものを見せた。それがなんなのか分からなかったが、真っ先に楓音が声を上げる。
「それって、ラブレターじゃない!?」
ラブレター? 俺は、その言葉を頭の中で何度か繰り返し、朔蒔の手に握られている封筒を見る。確かに、可愛らしいデザインではあるが、ラブレター……ラブレターか。
下駄箱の中にはいっていたため、その封筒は少し滲んでシミが出来ていた。早く読まなければ、中のもじも酷いことになるのでは? と思ったが、まだ頭が理解できていないのだ。処理が追いつかない。
「は…………ラブレター!?」
絶えず降り注ぐ雨の音に負けないくらいの声量で、俺の声が玄関に響いた。