「お龍さん……」
「あーー、月子ちゃん、気にするこたぁないよ。それだけさぁ、月子ちゃんは、京さんのこと思ってるってことなんだから。それに、月子ちゃんだけじゃない。あたしだって、今じゃこんなだけど、うちの人と一緒になる時は不安だったよぉーー。でも、なんとかなっているし、うちのより、京さんの方が頼りなるだろ?」
はははっと笑いながら、からかいの様なお龍の言葉を受けた月子は、一気に恥ずかしくなった。
「ええーー!なんでぇーー!!」
が、そこへ居間から芳子の叫びが響いてくる。
「な、何んでぇって、こっちが聞きたいよ!なんなんだいっ!!」
お龍と月子は、何事かと顔を見合わせ居間へ向かった。
「ええ!!どうして、京介さんが二人いるの?!」
驚きからかなんなのか、わなわなと震える芳子がいる。
「ですからっ!私が二人もは、いないでしょ!」
「だ、だって!京介さんっ!!そこの布団に!そして!そこにもっ!!ね、なんでなのぉ!!」
「あのですねぇ、義姉上様……」
毎度の芳子の勘違いかと、岩崎は相手にしていない。
「二人って、どうゆうことなんだろう?」
お龍がこっそり、月子へ囁いた。
「あのーー!お二人でもなんでも構わないので、岩崎先生にお会いできましたらぁーー」
どこか、間の抜けた若い男の声がした。
その場にいる者は、皆、さっと声の主を見る。
丸眼鏡をかけた、なんとなくのっぺりとした青年が、上着のポケットをまさぐり、名刺を探していた。
やっと、見つかったのか、とりあえず目の前にいる岩崎へ、青年が名刺を差し出す。
「……大正新婦人……?なんだね?これは」
名刺の肩書きに、岩崎は首をかしげているが、
「おお!!それっ!今、二番人気の婦人雑誌じゃあーねぇーかっ!!」
布団にもぐりこんでいた二代目が、ばさりと掛け布団を剥いで起き出した。
「きゃー!!なんで、京介さんが、田口屋さんなのぉーー!!」
芳子は、居間の布団で寝ていたのは岩崎だと思いこんでいたようで、それが、後ろから岩崎本人が現れるわ、布団の中から、二代目が現れるわと、二人いるだなんだと案の定、勘違いしていたようで、一人驚いている。
「えーー、二番人気、まあ、確かに、二番手ですけど、お兄さん、そうハッキリ言わすとも。で、その二番手を行く婦人雑誌の編集長をしております、野口と申します」
頭をかきかき、それでも、野口と名乗った若者は、きちりとお辞儀をした。
「なんだか、こんがらがってるけど、そうなの!こちらの野口さんが、私の写真をぜひにと仰られてね!」
芳子は、急にご機嫌になり笑顔を見せる。
「……いや、今度はこちらが何なんですか?という番かと……」
もらった名刺をいくら見ても、岩崎は起こっていることが、何のことやらわからず。無言のまま、立っていると……。
「そこをなんとかっ!男爵夫人のお写真を!!」
野口が、さっと土下座して、懇願し始めた。
その勢いは、あまりにも真に迫りすぎ、妙な迫力があった。
「い、いや、まあ、義姉上のことですから、それは、ご自由に……」
なんで、自分が頼み込まれているのか分からず岩崎の腰は引けた。
「そうーですかっ!!それは、よかったっ!!では、早速今からっ!!社の車で来ておりますので、どうぞお乗りくださいっ!」
強引を越えた野口の言い分に、皆、ますます意味がわからないと、ポカンとしている。
「なあ、かかあよ、ここは茶を出した方が良いよなぁ?」
寅吉が、入り口隅で茶器の乗っかる盆を見ている。
たちまち、お龍が余計なことを言うな、黙っていろと寅吉へごちた。
「いや、まあ、良くわからん事になっているのだが、野口さんだったか、ひとまず、茶でも飲んで落ち着きたまえ。それから、分かるように話をしてくれないか?」
岩崎の一言に、それみろと、寅吉は、お龍へ、べっと舌を出す。
その光景に、月子は、夫婦というものをみたような気がした。いずれは、自分も、寅吉とお龍のように、夫婦、家族に岩崎となるのだろうか。
漠然と心の奥底で燻っていた不安の様なものは、一気に笑いへと変わって行く。
西条家で、人の顔色を伺う暮らししかしてこなかった月子には、家族というものが、どうゆうものなのか正直、分からなかった。そして、男爵家という格の問題……。それらに一人押し潰されていたが、今繰り広げられている、訳のわからない賑やかさを見ると、お龍の言った通り、なんとかなるものなのだと安堵できた。
信じてついていけば、自然とどうにかなるのだろう。割りきりとは少し異なるが、しこりとなっていたものの答えには十分だった。
「じゃ、野口さんもそう仰る事だし、ここは、私が説明するわ!」
宣言にも近い芳子の発言に、余計混乱するぞと、皆には読めているのか、いやいや、ちょっと待ったなどなど、口々に芳子を止め始めるが、喋り始めたら止まらない。
芳子は、朗々と事情を説明し始めた。
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