テラーノベル
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しかし、すぐに尊さんの声が俺の心を再び揺さぶった。
「で?頭撫でられてドキッとしたって、なに」
「え……」
不意を突かれた質問に、俺は言葉に詰まる。
尊さんの瞳が、俺の動揺を見逃さない。
「他の男に撫でられて俺を思い出すってことは誰でもいいってことか」
尊さんの声色が変わった。
まるで、氷のように冷たい響きに、俺は慌てる。
「そ、それは違くて…!」
「じゃどういうことだ?説明してみせろ」
尊さんは顔を近付けて、俺の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。
尊さんの顔が近すぎて、直視できない。
それに加えて、この状況で冷静でいろというのはあまりにも酷だった。
俺の頬が熱くなるのを感じる。
「そ、それは…っ」
言い淀んでいると、尊さんは更に詰め寄ってきた。
「それは?」
その視線は、まるで俺の心の奥底を覗き込もうとしているかのようだった。
「…ち、違うんです。俺、普段頭撫でられるのなんて尊さんだけだから……だから」
必死に言葉を探す。
普段、俺の頭を撫でてくれるのは、この世界で尊さんだけだ。
その慣れない感触に、一瞬、彼の温かい手が重なったのだ。
「だから?」
尊さんの声が、俺の言葉を促す。
「だ、だから尊さんにされてるみたいでドキっとしちゃったというか…い、一瞬なので」
顔が真っ赤になるのを感じながら、俺は早口で弁解した。
「へえ…つまりお前は俺以外の男に触られても平気ってことか」
尊さんの声色に、再び冷たい響きが混じる。
「お、俺が触って欲しいのは尊さんだけで…!」
俺は全身が凍りつくような感覚に襲われ、慌てて否定した。
「そ、それに、頭撫でて欲しいのも尊さんだけです!」
必死に弁解すると、尊さんは「ふぅん……」と意味深に呟いた。
その声には、まだ疑いの色が残っているようにも聞こえた。
「だ、だからあの…っ、俺は尊さんが一番なんです!だから、お願い…ですから、きっ、嫌わないでください…っ」
俺は縋りつくように、尊さんの服をぎゅっと掴んだ。
彼の胸元に顔を埋めたい衝動に駆られる。
「………悪い、いじめすぎた」
尊さんはそう言って、安心させるように俺の頭をポンポンと叩いた。
その手のひらの温かさに、俺の緊張が少しずつ解けていく。
「…え?」
信じられないような言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「ちょっと妬いただけだ。」
尊さんの瞳に、微かな照れと
深い愛情が宿っているのが見えた。
「俺がお前を嫌いになるわけないだろ」
尊さんはそう言いながら、俺の頭を優しく撫でた。
その手のひらが、俺の髪をそっと梳く。
「だから……そんな泣きそうな顔すんな」
尊さんの大きな手のひらが、俺の頬に触れた。
親指の腹で、溢れそうになる涙を拭うように優しく擦ってくれる。
その優しさに、俺は甘えるようにそっと目を閉じた。
彼の温かさが、俺の心をゆっくりと満たしていく。
◆◇◆◇
退勤後──…
オフィスを出て、一日の仕事の疲れが心地よい倦怠感となって全身を包む中
胸の内には別の種類の高揚感が満ちていた。
夕暮れ時の街並みを二人で歩きながら
「あの、尊さん」
俺は意を決して尊さんに話しかけた。
「ん?」
尊さんは、俺の言葉に促されるように、少しだけ振り返ってくれる。
その視線に、俺はほんの少しだけ勇気をもらった気がした。
「一人で契約取ってこれたらご褒美くれるって、言ったじゃないですか」
口に出すと、少しだけ照れくさい。
しかし、これは俺が頑張った証だ。
堂々と要求する権利がある。
「……ああ」
尊さんは、思い出したように小さく頷いた。
「だから…尊さんからのご褒美が欲しいです」
俺の言葉に、尊さんはふっと優しい笑みを浮かべた。
その表情を見た途端、俺の心臓は高鳴り
期待に胸が膨らむ。
「なんでもいいぞ。」
その言葉は、まるで魔法の呪文のようだった。
俺の瞳は、きっと輝いていたに違いない。
「なんでも……なんでもいいんですか?」
俺は尊さんを見上げて、まるで夢でも見ているかのように尋ねた。
彼の言葉の重みを、何度も確かめるように。
「ああ、遠慮しないで言え」
尊さんの声は、どこまでも穏やかで
俺のどんな願いも受け止めてくれるような包容力があった。
俺は期待に身を膨らませて、ドキドキしながら
ずっと心の中で温めていた願いを口にした。
「あの…今度、一緒に遊園地とかどうかなって…」
言い終えると、少しだけ恥ずかしくなって
尊さんの反応を窺う。
しかし、彼の返答は意外なものだった。
「そんなんでいいのか?それぐらい生きてる限りいつでも行けるだろ」
尊さんの言葉に、俺は思わず「確かに」と納得してしまう。
せっかくのご褒美なのに、もっと特別なものを要求すべきだっただろうか。
「それは、確かにそうですけど…」
俺が言葉を濁すと、尊さんはさらに言葉を続けた。
「せっかくお前がひとりで契約取ってきたんだ、もっと他にないのか?」
「他…」
俺は、頭の中で必死に何か特別なものを探した。
しかし、彼の前で口に出せるような
とびきりの「ご褒美」が、なかなか見つからない。
思考が極端な方向へと傾いていく。
「他…ほかだと……極端に言えば、SMプレイぐらいしか…」
口に出してしまってから、しまった、と後悔する。
顔がカッと熱くなるのを感じた。
しかし、尊さんは俺の言葉に眉一つ動かさず、むしろ興味深そうな表情を浮かべた。
そして、俺の手を取って
指先を絡めるようにぎゅっと握り込んできた。
その温かい感触に、俺の心臓はさらに大きく跳ね上がる。
「具体的に何されたいんだ」
尊さんの声は、どこか楽しげで、俺を試すような響きがあった。
その真剣な眼差しに、俺は完全にフリーズしてしまう。
こんな場所で、そんな具体的なことを口に出せるはずがない。
「えっと…く、くわしくはLINEで送ります!口頭だと恥ずかしいので…っ」
ほとんど叫ぶように、俺はそう告げた。
尊さんはそれ以上追求せず、フッと笑った。
その笑みは、俺の焦りを見透かしているようで
どこか意地悪だ。
俺はそれを見て、ようやくホッと息をついた。
「わかった」
尊さんの声が、俺の緊張を解きほぐす。
「それで?今夜はどうする」
不意に投げかけられた言葉に、俺は思わず「え?」と聞き返した。
「うち、来るか?」
その一言で、俺の脳内は一瞬にして真っ白になった。
まさか、そんな誘いがあるなんて。
考えるよりも早く、俺の口は勝手に動いていた。
「え、行きたいです……!」
俺が即答すると、尊さんは苦笑しながら俺の頭を優しく撫でてくれた。
その手の温かさが、俺の頬をさらに熱くする。
「ならスーパー寄ってから帰るか」
そう言って微笑んでくれる彼に、俺は胸がキュンとしてしまった。
まるで、夢のような展開だ。
「…尊さんも普段自炊してるんですっけ」
少しでもこの幸せな時間を引き延ばしたくて、俺は他愛ない質問を投げかけた。
「ああ、忙しいときとかはサボってるけどな。基本はそうだ」
尊さんの言葉に、俺は改めて感心する。
完璧な仕事ぶりに加えて、家事までこなすなんて。
「なんかできる上司って感じします…いつもどんなの作ってるとか、聞いてもいいですか?」
彼の私生活を垣間見れるような気がして、俺は前のめりになる。
「別にたいそうなもんじゃないぞ、昨日なんか豚キムチうどんとかだったしな」
その言葉に、俺の目は輝いた。
「え!めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか?!」
俺の興奮ぶりに、尊さんは少し驚いたような顔をした。
「そうか?」
「はい!俺キムチ好きなのですっごく気になります!その、作り方とかよかったら教えてもらえませんか……?」
俺の熱心な問いかけに、尊さんはフッと口元を緩めた。
「…んじゃ今日ご馳走様してやるよ、作り方も教えつつな」
尊さんがそういうので、俺は思わずぱあっと顔を輝かせた。
心の中でガッツポーズをする。
「はいっ!」
(やった!尊さんと一緒に料理なんて初めてだ……!)
そう思うだけで嬉しくて、顔が自然と綻んでしまう。
こんなにも幸せな気分になるなんて、自分でも驚きだ。
「じゃあ行くか」
尊さんが微笑んでくれて、俺も釣られるように笑った。
二人の間に、穏やかで温かい空気が流れる。
そうして着いたスーパーは、会社の近くにある生協だった。
自動ドアをくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
店内には、夕食の買い物をする人々で賑わっていた。
まず最初に目に入ったのが、色鮮やかな新鮮な野菜類だった。
瑞々しいレタスやトマト
つやつやとしたナスが並び
そのどれもが活き活きとして見える。
「ここにあるの全部安いな」
尊さんが呟く。
確かに、どれもこれもお得な値段だ。
「確かに……あ!卵半額ですよ!」
俺が指差すと、尊さんの目が少しだけ見開かれた。
「マジか。買っとくか」
俺達はそれぞれ籠を手に取り、必要な商品を吟味しながら入れていく。
尊さんは手慣れた様子で、迷いなく商品を選んでいく。
その横顔を見るたびに、俺の心臓は小さく跳ねた。
そうしているうちに、ふと俺はあることに気がついた。
尊さんと並んで、同じ籠に食材を入れていくこの光景。
(な、なんかこういうの…同棲してるカップルの買い出しみたいだ……)
そう思った瞬間、急に恥ずかしくなってきて
顔がカッと熱くなるのを感じた。
(うぅ……俺ばっかりドキドキして恥ずかしい…)
隣をちらりと見ると、尊さんは何事もないように真剣な表情で買い物を続けている。
その冷静さに、俺は少しだけ拍子抜けした。
それを見て、俺も気を取り直して買い物を再開した。
必要なものを買い終えて、レジへ並ぶ。
列はそれほど長くなく、すぐに俺達の順番が来た。
会計をしてもらい、商品を袋詰めしていく。
尊さんは手際よく、買ったものをエコバッグに詰めていく。
それを終えると、尊さんがスッと財布を取り出し、支払いをしてくれた。
「あっすみません…!ありがとうございます」
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