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「これくらいなんでもない」
会計を終えて袋に食材を詰め込むと、レジ袋は全部で2つになった。
お互いにひとつずつ袋を持つ。
俺が持った方は、ずっしりと重い。
(こっち、結構重いけど…これぐらいは頑張らないと。俺も男だし、たまには良いとこ見せたい)
そう思って力を入れると、ビニールがギリギリと悲鳴をあげた。
その音を横目で聞いた彼が、フッと息を吐く。
「雪白、お前こっち持て」
そう言って、尊さんは俺の持っていたレジ袋と
自分の持っていた軽い袋を、何の躊躇もなく取り換えてきた。
「えっ」
俺は思わず声を上げた。
「重いだろ」
尊さんの声は、どこまでも優しい。
しかし、俺は「大丈夫です」と返そうとした。
「いや、でも……」
「いいから」
有無を言わせぬ口調でそう言われてしまえば、何も返すことができない。
彼の優しさに、胸が温かくなる。
(…尊さん、今日も優しい)
心の中で呟くと、尊さんが歩き出したので
俺は慌ててそのあとを追った。
そうして家に着いて、尊さんのマンションのエントランスを抜け
エレベーターで部屋のある階へ。
鍵を開けて中に入ると、尊さんは俺にリビングへ入るように促した。
「ちょっと準備するから適当に座ってろ」
俺は促されるままリビングへ入る。
ソファーに腰掛けて辺りを見回すと
部屋はきちんと整理整頓されていて、とても綺麗だった。
余計なものがなく、シンプルながらも落ち着いた雰囲気で、尊さんらしい空間だ。
(さすが尊さん、抜かりないな……)
思わず感心していると、尊さんがキッチンの方から声をかけてきた。
「雪白、準備できたから手洗ってこい。作り方知りたいんだろ?」
「あ、はい!」
俺は慌てて立ち上がり、洗面所で手を洗ってキッチンへ向かった。
キッチンもまた、余計なものがなくすっきりと片付いている。
尊さんはすでに買ってきた食材を広げ、手際よく準備を始めていた。
まな板の上には、色とりどりの野菜が並べられている。
「ところでお前、料理できんのか?」
尊さんが、少し意地悪そうに尋ねてきた。
「一応、簡単なものなら……」
俺が答えると、尊さんはフッと笑った。
「なら、まずは玉ねぎ切ってくれ。薄切りな」
尊さんは俺に包丁とまな板を差し出した。
少し緊張しながら玉ねぎを手に取る。
普段あまり料理をしないので、包丁の持ち方すらぎこちない。
慎重に、薄切りにしていく。
「このくらいでいいですか?」
恐る恐る尋ねると、尊さんは俺の手元を覗き込み、満足そうに頷いた。
「ああ、いい感じだ。」
その言葉に、俺は少しだけ自信が持てた。
「次はは豚肉を切る。食べやすい大きさに、な」
そう言って、尊さんはまな板の上に豚バラ肉を広げ
慣れた手つきで包丁を動かす。
トントンと小気味良い音が響き、あっという間に均一な大きさに切り分けられていく。
その手際の良さに、俺は思わず見惚れてしまう。
「俺もやります!」
俺が意気込むと、尊さんは別の包丁とまな板を差し出してくれた。
「じゃあ、キムチと玉ねぎを頼む。玉ねぎは薄切りでいい」
「はい!」
俺は言われた通り、キムチの袋を開け
玉ねぎを手に取った。
キムチの独特の香りが鼻腔をくすぐる。
(キムチを切るのって、意外と難しいな……)
慣れない手つきで包丁を動かすと、キムチが滑ってなかなか思うようにいかない。
隣を見ると、尊さんはすでに豚肉を切り終え
手際よく次の準備に取り掛かっていた。
そのスムーズな動きに、俺は自分の不器用さを痛感する。
「雪白、包丁はこうだ」
ふと、背後から尊さんの手が伸びてきて、俺の包丁を持つ手をそっと包み込んだ。
温かくて大きな手に、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
彼の指が、俺の指に触れる。
「人差し指を刃の背に添えるように。そうすれば安定する」
耳元で囁くような声に、俺の顔はまた熱くなる。
尊さんの腕が俺の肩に触れていて、その体温がじんわりと伝わってくる。
まるで、背後から抱き締められているような
そんな錯覚に陥った。
「あ、ありがとうございます……!」
ぎこちなく返事をしながら言われた通りに包丁を持つと、確かにさっきよりも安定した。
彼の温かい手が離れると、俺はホッとしながらも
同時に少し寂しいような気持ちになった。
玉ねぎを切り終えると、尊さんがフライパンをコンロに乗せ、火をつけた。
「じゃ、豚肉から炒めていくぞ。色が変わるまでしっかりな」
ジュウ、という音とともに、豚肉がフライパンの上で踊り出す。
香ばしい匂いがキッチンに広がり、俺の食欲をそそる。
「次にキムチと玉ねぎだ」
尊さんの指示で、俺は切ったキムチと玉ねぎをフライパンに投入する。
ジュージューという音に、キムチのピリッとした香りが加わった。
玉ねぎが透き通るまで炒めると、尊さんがうどんの袋を取り出した。
「うどんはレンジで温めてから入れると、味が絡みやすい」
そう言って、尊さんは手際よくうどんを電子レンジに入れ
チン、と音が鳴るのを待つ。
その間に、尊さんは調味料を計り始めた。
「めんつゆと、少しだけ醤油。それから、隠し味に味噌をほんの少し入れるとコクが出る」
手際よく調味料を混ぜ合わせる尊さんの横顔は、真剣そのものだ。
その姿が、なんだかとても格好良く見えた。
(尊さんって、仕事だけじゃなくて……料理もこんなに手際よくできるなんて、本当に完璧な人だなぁ…)
うどんが温まり、フライパンに投入される。
ジュージューと音を立てながら、香ばしい匂いがさらに強くなる。
湯気が立ち上り、キッチン全体が温かい香りに包まれた。
「最後に、全体に味が絡むように炒め合わせるだけだ」
尊さんが菜箸でうどんと具材を混ぜ合わせる。
湯気とともに立ち上る匂いが、たまらなく食欲を刺激した。
「うわあ……めちゃくちゃ美味しそうです!」
俺が目を輝かせると、尊さんは満足そうに頷いた。
「…雪白、2人分の器用意してくれ」
尊さんの声に、俺は慌てて食器棚からどんぶりを取り出した。
二つのどんぶりをテーブルに並べる。
湯気を立てるうどんがどんぶりに盛られ、その上に炒めた豚キムチがたっぷりとかけられる。
赤と白、緑のコントラストが食欲をそそる。
最後に刻みネギが散らされ、あっという間に美味しそうな豚キムチうどんが完成した。
「よし、できたぞ」
尊さんが満足げに頷き、どんぶりをテーブルに運ぶ。
湯気と共にキムチの香りがふわりと漂い、食欲を一層掻き立てる。
食器棚から箸を取り出して、お互いに向かい合って席に座り、自然と手を合わせた。
「いただきます」
尊さんが軽く手を合わせるのにつられて、俺も慌てて手を合わせる。
「いただきます!」
キムチのピリッとした香りと、豚肉の甘辛い匂いが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。
目の前には、湯気を立てる豚キムチうどん。
そして、目の前には尊さん。
尊さんと一緒にご飯を作って食べている、というだけで
すでに幸福度が100%を超えてしまっている自分がいた。
こんなにも満たされた気持ちになるなんて。
尊さんが麺を啜る音が聞こえ、俺も熱々のうどんを一口。
ピリ辛のキムチと豚肉の旨味がうどんに絡み合い
キムチの辛味とうどんのもちもちとした食感が絶妙にマッチしていて、口いっぱいに広がる。
「うわ、美味しい……!キムチうどんってこんなに美味しいんですね?!」
思わず声に出すと、尊さんが隣でフッと笑った。
「だろ?」
「はい…!これならいくらでも食べられちゃいそうです」
ピリッと辛いキムチの味が、うどんの優しい風味にぴったりで、どんどん箸が進む。
一口食べるごとに、体が温かくなっていく。
(なんか俺、いますごい、幸せかも……)
心の中でつぶやきながら、幸せを噛み締めるようにうどんを啜る。
尊さんの隣で食べるうどんは、いつもより何倍も美味しく感じられた。
食べ終わって、ふと顔を上げると、尊さんのどんぶりは既に空っぽだった。
「ごちそうさま」
尊さんの声にハッとして顔を上げると、俺はまだ半分近く残っていた。
(えっ、もう食べ終わってる!?)
「あ、ごめんなさい……!俺もすぐに片付けるので」
慌てて残りのうどんを啜ると、尊さんは呆れたように笑って俺の頭をポンと叩いた。
「別に急いでないから大丈夫だ」
その言葉にホッとしながらも、やっぱり尊さんを待たせているのは申し訳ないなと思い
急いで残りのうどんを食べ終えた。
俺が食器を下げようと立ち上がると、尊さんは俺から食器をひょいと取った。
「お前は客なんだから座っとけ」
そう言って、シンクに食器を置く。
「えっ、いや悪いですよ!これぐらい俺にもさせてください」
俺は慌てて尊さんの腕を掴んだ。
せっかくお邪魔しているのに、何もせずに甘えるばかりなのは気が引ける。
「いいから」
有無を言わせぬ口調で尊さんが俺を制するが、甘えてばかりなのも悪い。
「尊さんこそ少しは休憩しててください。皿洗って片付けるぐらい俺にもできますから」
食い下がると、渋々尊さんは折れてくれた。
その表情には、少しだけ困ったような笑みが浮かんでいる。
「…なら、頼むぞ」
尊さんがそう言うと、俺は嬉しくなって
胸を張って返事をした。
「はい!任せてください!」
食器洗いを終えて食器棚に皿や箸を収納し終え
尊さんの待っているソファに並んで腰掛けると、尊さんはぽつりと呟いた。
「お疲れ。お前もアイス食うか?」
冷凍庫から尊さんが手渡してくれたのは、ソーダ味のアイスバーだった。
どこか懐かしい、子供の頃によく食べたようなパッケージに、俺の口元が緩む。
「え、いつの間に?」
「さっきスーパーで買っといたんだよ、気づかなかったろ」
「えっ、ありがとうございます……!ふふっ、さすがは主任…!」
嬉しさを隠しきれない声色で礼を述べてパッケージを開けて齧ると
爽やかな甘さが口の中に広がる。
キンと冷えた氷の塊が舌の上で溶けていく感触を楽しんでいると