テラーノベル
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コン、コン、コン。
丁寧で小さな、扉をノックする音が聞こえた。
「暴力沙汰になっても、責任は取らないからな」
春樹が冗談を飛ばす。
「ならねぇよ」
碧生も笑って流したが、自分が暴力沙汰になるほどの知り合いって、いたっけなぁ、とぼんやり考えた。
疑問を抱えたまま、「はい」と返事をしてドアノブを回す。
「お待たせしました」
営業スマイルを作ってから扉を開けると、そこには顔が前髪で隠れた男が立っていた。
九月と言えどまだ暑いこの時期に、パーカーを着ていて、お世辞にも綺麗とはいえない格好をしている。
男──依頼人は、碧生を見るなり顔を落とした。
碧生は特に気にせず、営業用の笑みを浮かべたまま、身体を横へずらした。
「どうぞ」
「……」
碧生に案内されて、男は淡々とソファへと足を動かす。
そこで、男は香夜と目が合った。
「あ……」
男はすぐに顔を逸らす。
香夜は最初こそ真面目な顔をしていたものの、前髪の隙間から見えた瞳を見た瞬間、いつも以上に眉間に皺を寄せた。
詩夕が香夜の方へ行き、コソコソと、
「何、香夜ちゃんは知ってるの?」
「はい。わたしより、碧生の方が詳しいでしょうね」
そこまで言って、詩夕は何かを察したのか、「そうか、たしかに」と謎の納得をしていた。
男は、座ったら壊れるとでも思っているのか、ゆっくりとソファへ腰を下ろした。視線があちらこちらに飛んで、誰とも目を合わせる気は無いらしい。
「なに、緊張してんだよ!久しぶりの再会だろ?」
男の頭をわしゃわしゃ撫でる悟に、呆れた顔で春樹は言った。
「再会して、嬉しい気持ちにはならないと思うよ。ねぇ?碧生?」
「え?」
この男が誰なのか、まるで見当がつかない。
碧生は首を小さく傾げた。
──この人、誰だっけ?
男は、きょとんとした顔をする碧生に、ようやく口を開いた。
「朝間」
「え」
なんで自分の名字を……と一瞬、驚いたが、探偵事務所の名に「朝間」が付いているので、すぐ疑問は立ち消えになった。
いや、それにしても、呼び捨てはおかしいか?
この人が誰か本当に分からない。
失礼だと分かりながら、碧生は尋ねた。
営業用の笑みだけは崩さぬように。
「申し訳ありません。どちら様でしょうか」
刹那、時が止まったような錯覚に囚われた。
全員が、何も言わずに固まっている。
間抜けに口を半開きにした悟。
額を押さえて考え込む春樹。
驚きも呆れもしていない香夜。
「知り合いじゃにゃいの?」と香夜に尋ねる詩夕。
完全に置いてかれた碧生。
そして、自分の存在を忘れられている男は、いっそう顔の陰を濃くしながら、呟いた。
「……佐田名」
「ん?」
「佐田名凪義」
ぽつりぽつり、続ける。
「俺だよ」
碧生は、首を傾げたままだった。
「中学の時、お前に殴られて、骨折した」
沈黙が降りる。
男──佐田名は心配そうに碧生の表情の機微を伺っている。
「……あぁ」
碧生が手をパンッと叩いた。ようやく気づいたらしい。
──クラスの子をいじめてた、あいつ?
しかしすぐに、眉を下げて、困惑の笑みを浮かべた。かつて自分が殴って骨折をさせた相手だ。どんな顔をして喜べばいいか分からない。
そもそも、佐田名は人を見下して楽しんでいた人間だ。 嬉しくはない。
「あの時の……」
「久しぶりだな」とかいう、気の利いた言葉を言おうとしても、なかなかしっくり来ない。
言葉が途切れる。
「……」
「……」
「えっと」
「……いいよ、気ぃ遣わなくて」
「……」
佐田名は、不器用に口を上げて、言った。
「多分、お前。俺のこと嫌いだろ」
「そんなこと……」
ない、という言葉が出てこなかった。
中学の頃、同じクラスだった佐田名は、数人のグループと一緒に一人の男子をいじめて面白がっていた。
昔のことなのであまり覚えてはいないが、佐田名がアレルギーを持っている男子に、無理やり給食の牛乳を飲ませようとしたり、体操服を捨てたり、時には暴力を振るったり。
碧生は最初こそ、勇気が出なくて傍観しかできていなかったが、我慢の限界が来て佐田名を殴ってしまい、いろいろと大変だった。
自分の両親にも、相手の両親にも怒鳴られて、鼓膜が破れかけたのを覚えている。
苦い思い出しか残っていない相手に、
「嫌いじゃない」
その一言だけは、どうしても口にできなかった。
気づけば、こんなことを言っていた。
「いや、ごめん。めっちゃ嫌い」
平然と言ってみせた碧生に、悟と春樹、詩夕の三人が、ほぼ同時に声を上げた。
「正直にも程があるだろ!」
香夜が遅れて「そりゃそうだ」と笑う。
「だよな」
佐田名は諦念の孕んだ苦笑をする。
碧生はまだ続ける。
「だって僕は悪くないのに、佐田名の親がうちに乗り込んできて、すっごい怒鳴られたし。『どんな教育受けてんだ』って。その言葉、そっくりそのまま佐田名に返したくなったな」
「ははっ。朝間の妹が事情を話したら、親父もお袋も、すぐに顔色変えたけどな」
その言葉に、香夜がすぐに反応する。
「わたし、そんなことしましたっけ?」
佐田名は口角を上げた。
昔話は、たとえ黒歴史だとしても弾む。
「『兄から事情を聞きました。どう考えても、あなた方の息子さんの自業自得です』……そんなこと言ってましたよ。小学生とは思えないくらい、しっかりした物言いでした」
碧生は営業用の笑みをすっかり忘れ、悪戯っぽく香夜を見た。
「昔から妙に大人びてたよね」
「覚えてない」
「僕は覚えてるよ」
──結構前の話だし、香夜は覚えてなくて当然か。
「……それで、依頼っていうのは」
ここには昔話をしに来たわけでないだろう。もとより、そんな仲ではない。
「え、あいつらもいる状態で話すの?」
事務所内をキョロキョロしながら、佐田名は尋ねた。昔話を重ねても緊張は解けないらしい。
「あっ、もちろん。別室に行ってもらうけど」
悟と春樹に別室へ行ってもらおうとした、その時だった。
思わず頭を抱えた。
「ここが碧生のデスクかー!意外と整ってる!」
「ちょっと、さすがに書類は触ったらダメだって」
デスクチェアをくるくる回して遊んでいる悟と、言葉では止めようとしているが、特に何も行動を起こさない春樹。
詩夕は香夜の後ろで、そんな双子を睨んでいるだけ。何も言わない。
「お前らさぁ……」と口にしたところで、香夜が遮ってくる。
「書類には触らないで。依頼者のプライバシー侵害」
芯の通った声だった。感情をあまり乗せない、いつもの声。それでも、依頼人のプライバシーを守ろうとする意思だけは、はっきりと伝わってくる。
悟は書類を触る手を止めて、茶化す。
「おー、怖い」
「悟が悪いの。ほら、もういいでしょ。行こ」
春樹が腕を引っ張る。
「そうだな。佐田名〜、頑張ってなぁ」
香夜に案内され、 別室へと足を向ける双子に、碧生はまた冗談を飛ばした。
「さっさと帰れ」
犬見兄弟が姿を消し、香夜が部屋に戻ってきた。
室内に流れっぱなしだったテレビを、碧生は消す。
テレビの小さな喧騒は、静寂に変わった。
「はぁ……」
詩夕は悟がいなくなったことに安堵したのか、深いため息をついた。
「疲れた」
柄にもないことを言う詩夕が気になったが、一旦それは置いておくことにする。
「詩夕ちゃん。机の上にある猫じゃらし、別のとこに移動させてほしいな」
「はいよ」
気だるげに返事をし、数本の猫じゃらしを片付けに行く。
そして、猫じゃらしが置かれていた場所に、香夜がお茶を置いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
すぐに一口、お茶を口に運ぶ。
「おいしい」
「よかった」
碧生がニコリと笑う。佐田名は、また目を逸らす。先程までの昔話が夢のようだ。縮んだ距離はどこかに行ってしまった。
「佐田名って名字、かっこいいなぁ」
詩夕が、とことこと戻ってきた。長い髪を弄くり回しながら、碧生の隣に腰かける。
「佐田名って……こう。『運命!』って感じして、厨二病心くすぐられるよね」
少しだけ佐田名の表情が柔らかくなる。
「昔は、よく言われました」
「やっぱり?いいなぁ。あなたの名字ほしいなぁ」
「は!?」
叫んだのは、香夜でも佐田名でもなく碧生だった。あんぐり口を開けて固まっている。
「え、なに?」
「そっ、それぇ、どういう意味か分かって言ってる?」
「にゃ?」
ぽかんとした顔を浮かべる詩夕と珍しく焦った顔をする碧生を見て、佐田名は碧生の言いたいことがわかった。
思考停止中の彼の代わりに、佐田名が言う。
「俺もう結婚してるんで、名字は渡せないです」
詩夕はその言葉でようやく意味がわかったらしく「あー、別に結婚はいいや」と笑った。
一人、赤面している碧生に香夜は腕を組み、悪戯に笑う。
「もう……早く話、聞かないと」
「うん。そうだ、ごめん」
咳払いをして、深呼吸をした後、佐田名の顔を真っ直ぐ見つめた。
「依頼の内容は?」
佐田名は、視線をあちらこちらに泳がせながら、言った。
「嫁……の、不倫調査をお願いしたくて」
隣で詩夕が、「えぇ……」と苦いチョコを食べた時のような反応をする。詩夕は、この手の依頼があまり好きではない。
とはいえ、事務所に舞い込んでくる依頼といえば、七割が浮気、不倫調査なので、仕方ないことなのだ。
碧生は特に表情を変えず、質問を続ける。
「不倫してると疑った理由は?」
佐田名は乾いた笑い声を漏らしながら、答える。
「勘……って言ったらダメだよな」
「勘か……」
──まぁ、よくあることだしな。
「もちろん、疑う理由もある。コソコソとスマホの画面を隠して、いつも誰かとLINEしてるんだよ。」
「なるほど」
「最近は頻繁に『友達と遊びに行ってくる』って。前までは誰とどこに行くか、いつ頃帰ってくるか、事細かに教えてくれてたんだけど」
不倫を疑う理由としては、よくあるものだ。
「奥さんの名前と、写真を見せてもらっていい?」
「あぁ。うん」
佐田名はスマホを取り出し、指を画面に何度もすべらせる。
「顔がよく見える方がいいよな」などと一人言を漏らしながら、佐田名は ローテーブルの上に置いた。緊張しているのか、テーブルに置くなり彼は足を組んだ。
「ありがとう」
碧生、詩夕、香夜が画面をのぞき込む。
写真が目に入った瞬間、三人の間に沈黙が落ちた。
スマホの画面に映っていた女性は、大きな瞳に長いまつ毛、黒い長髪と、すれ違ったら二度見してしまいそうなほどの美女だった。
しばらくの沈黙の後、香夜が口を開いた。
「綺麗な方ですね」
「でしょ?よく言われます」
「奥さんが褒められてるのに、佐田名さんの方が嬉しそうだね?」
詩夕の指摘に、佐田名は微笑む。
「嬉しいですよ。大切な嫁ですから」
ここに来て一番自然な笑顔を浮かべる佐田名とは打って変わって、碧生か眉をずっとしかめていた。
佐田名の表情が、ほんの少し曇る。
「どうした?」
「いや、ごめん。もうちょっと集中させて」
佐田名の許可を待つことなく、碧生は彼のスマホを手に取った。
画面に映る女性の顔を、じっと見つめる。
しばらく眺めたあと、
「……うん」
小さく頷いて、スマホを佐田名へ返した。
「なぁ、佐田名」
「なに?」
「佐田名って、兄弟いなかった?」
「いないけど」
「そうか。うん」
碧生は、それ以上何も言わなかった。
佐田名も特に気にした様子はなく、続ける。
「名前は、佐田名さやか」
「さやか?」
香夜が、その名前を聞いた瞬間に眉を寄せた。
「……」
何かが引っかかった。
けれど、それが何なのかまでは分からない。
「なんでもない」
香夜は首を振った。
碧生は、そんな香夜の顔をじっと見つめる。
──なんかさ。
香夜が、いっそう首を傾げる。
──なんだろうね。
目と目を合わせて会話をしてみたが、謎が深まるばかり。
「あの」
佐田名が申し訳なさそうに笑っている。
「なんか、あった?」
碧生と香夜は一瞬だけ目を合わせる。すぐに、何事もなかったように視線を外した。
「いいや、なんでも。ところで──」
ずっと気になっていたことを、碧生はようやく口にした。
「佐田名って、あの二人とそんなに仲良かったっけ?」
きっと、犬見兄弟にこの事務所を紹介されて来たという所だろう。
そうだとしても、学生時代の佐田名と犬見兄弟が仲良くしていた記憶はない。
なぜ今、親しげなのだろう。
「さっき、たまたま下の喫茶店で会って」
「あぁ、あそこね。僕、よく通ってる」
事務所の下にある喫茶店は、碧生たちにとって癒やしの場所だ。
コーヒーも格別だが、何より店主の人柄がいい。
「結構盛り上がって、それで不倫について相談してみたんだよ。そしたら悟が、『ここの二階、碧生が探偵やってんだぜ』って案内してくれて、今に至る……」
「だから急に来やがったんだ。連絡まともにしないで」
この場にいない犬見兄弟に吐き捨てたが、佐田名が受け取ってしまったらしく、肩を落とす。
「ごめん、迷惑だったよな」
「そんなことないさ。ちょうど仕事なくて暇してたし、昔を思い出せて楽しい」
ささやかな嘘をつく。
実際は、自分の黒歴史を掘り返されたことに対する怒りと焦りと恥ずかしさが同居して、言いようのない感情が渦巻いている。
──最悪。
そんな感情がバレないように、営業用の笑みを浮かべる。
「え?さっき碧生さん、二週間くらい尾行調査したやつの書類書いてへばってなかった?」
詩夕が何気なく口を挟んだ。
「それに電話かかってきた時もちょっと怒ってたし、悟さんにすごい怒鳴ってた」
「詩夕ちゃんごめーん。今のは合わせてほしかったな」
「あ」
「そこは『めっちゃ暇で死にそうだった』とか言ってほしかった……」
営業スマイルはなんとか崩さずに済んだが、自分の隠したいものを平気な顔して暴露されたので、嫌な汗が頬を伝う。
詩夕はペロッと舌を出して「ごめんにゃさい」と笑っていた。反省の色はない。
佐田名はそんな碧生を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
昔とは違う。けれど、変わっていないところもあるらしい。
「あの……尾行して欲しい日なんだけど」
「あ、うん」
佐田名は立ち上がり、丁寧で深い、お辞儀をした。
「今週の土曜日、また誰かに会うらしくて。その日にお願いしたい……」
「土曜日……わかった。任せて。あと、顔上げて」
詳しい時間や注意事項を話し終えると、香夜が犬見兄弟を呼びに行った。
すると、すぐにドタドタと廊下を走る音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。
そこには満面の笑みの悟と、居心地悪そうな春樹。
「よかったなぁ、佐田名!これで不安は解消だ!」
「まだでしょ。調査の結果によっては安心できない」
香夜が後ろから突っ込む。佐田名もそうだよな、とため息をひとつ。
そんな佐田名の肩を、詩夕がつんつんと突く。
振り返ると、ウインクをして笑っている詩夕。
「安心しなさいよ。わたしはその日、彼氏とのデートだから。尾行は碧生さんと香夜ちゃん担当だよ」
詩夕が口元に人差し指を当てて、かわいこぶった仕草を見せた。
「そうなんですね」
佐田名は小さく頷く。
不倫という言葉を聞いて、嫌そうな顔をしていた詩夕に担当してもらうのは、心配だったのだろう。
「……じゃあ、そろそろ帰るわ」と佐田名。
「うん、調査は任せて」
悟も春樹も帰るらしく、「また来るわな」と扉の前で笑っている。
だが、何かを思い出したのか、春樹が「あっ」と声を漏らした。
「悟、なんか碧生に聞きたいことあるんじゃなかった?」
悟は「あー!」と手を叩き、続ける。
「忘れてた」
「なに?」
珍しく周囲を気にするように、悟はそろりと碧生へ近づいた。
肩を組み、声のボリュームを小さくする。
「お前さ」
「うん」
言い淀んでいるのか、それとも詩夕に聞かれたらまずいのか、「やっぱ、猫屋敷さんはちょっと耳塞いで」などという指示をした。
詩夕が素直に耳を塞いだのを確認して、悟は更につとめて声を潜めて言った。
「お前、猫屋敷さんのこと好きだろ」
「……」
「……」
羞恥が一気に込み上げ、思考まで焼かれてしまいそうだった。
「は?」
何とか絞り出した声も、裏返っている。
「いや、だから」
「待って。なんでそんなっ……」
「なんでって、お前──」
「……あ、え」
まさか、ここでこんな話を持ちかけられるなんて、想像もしていなかった。
「……バレた?」
隠していたはずの恋情が、あっさりと見抜かれてしまったことに、碧生は自分自身を恥じた。
咄嗟に顔を両手で覆う。掌に伝わる熱が、今の自分がどれほど赤くなっているのかを嫌でも思い知らせてきた。
「やっぱり?」
「……声、あんま大きくするなよ。隠してんだよ。バラしたら、わかってんだろうな」
「プフっ……」
ニヤニヤと反応を楽しむ悟は、碧生の質問を続ける。
「どこが好きなんだよ〜」
「言わん」
「知りたい」
「黙れ」
「お願い」
「ぶっ飛ばすぞ」
そんなやり取りを何度か繰り返した末、悟はとうとう諦めた。
「ちぇっ」
ふてくされた悟の腕を、春樹が引っ張った。
「悟、そろそろ帰るよ」
「今いいところなんだけど!」
「悟」
穏やかな笑顔。
なのに、悟はなぜか視線を泳がせた。
「……はい」
がっくりと肩を落とし、そのまま引っ張られていく。
「失礼しました、それじゃ。また来るね」
扉がゆっくり閉まっていく。
春樹が扉を閉めていくその隙間で、控えめに佐田名が手を振っているのが見えた。
カチャ。
扉が閉まる音が、波紋のように静かに響き、静寂を呼び覚ました。
喧騒の源が去ると、詩夕は耳を塞ぐのをやめた。
ぽかんと、何も分かっていない顔を浮かべて。
香夜は口を抑えて、こっそりニマニマしながら、PCと向き合い始めている。
そして、顔をほんのり桃色に染めた碧生。
「何、話してたの?」
何も分かっていない、純粋な質問。
「……なんでも」
下手な嘘をついて笑う碧生は、そのままスルーしてソファに倒れてしまおうとした。眠気と心臓の鼓動と、こめかみの痛さが限界を迎えている。
あと二年で三十路になる男が、子供みたいな恋をしている。
それがたった今、幼なじみに知られてしまった。
叶わない恋だと、分かっている。
それでも諦められずに、好きな人の前で猫をかぶる自分。
──かっこ悪い。
だが、そんな心情を詩夕が知る由もなく。
「その嘘は苦しいって。なに?……わたしに話せないこと?」
恐る恐る、視線を移せば、上目遣いをして回答を待つ彼女がいる。
──ずるい。
何も分かっていない、そんな顔がずるい。
「……無理なんだよ」
「え?」
気づかず発した本音は、幸い詩夕には届かなかった。
「なんて?」
「ふふっ、なんでもないよ」
心の中で、続きをつぶやく。
──だって、もう。
詩夕ちゃんには、付き合ってる人がいるんだから。
次回。
第二章/三話 「チェイス&チェイス!!」
コメント
1件
碧生さん……あなたやっぱり🤣 さて、ただの不倫調査にはならない雰囲気ですね。続きを楽しみにしてます😊
#BL
ruruha
613
羽海汐遠
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