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シンクを掃除し終わると今度は床掃除だ。掃除機はあるだろうか? と聞いてみたけど二人とも首を捻っていた。仕方ない。俺は雑巾代わりの布巾を硬く絞るとカーペットの上を吹き始めた。これはお菓子屑を掃除するのが目的だから一定方向に動かして、カーペットの中に入り込んだ屑を掻き出すように拭く。だいたい寝ながらお菓子を食うのはどうかと思うぞ。どうしてもって言うなら新聞紙くらい敷け。二人はテーブルで煙草を吸っていたけれど、居心地が悪かったのか部屋の外へ出て行った。その隙に小さな窓を開ける。だいたい換気もせずに煙草を吸うのはいかがなものか。床掃除を終えて二人が戻ってくる前に布巾でテーブルを拭く。それから気になっていた電子レンジも開けてみる。やっぱり油がギトギトじゃないか! 布巾を濡らして電子レンジに入れ三十秒ほど加熱する。どうやらそれでは足りなかったようだ。もう三十秒ほど追加する。それからざっと拭けばそれなりに綺麗にはなる。冷蔵庫はどうだ? 冷蔵庫はそこまで汚くなっていなかった。多少拭くくらいでいいだろう。俺は部屋を見渡す。うん。さっきよりはだいぶ綺麗になっている。
「お、おう。綺麗になってるじゃね、ねえか」春日が恐る恐る入って来た。
「あるものでしか掃除できなかったんでこんなもんですが」
「いやあ、十分じゃね?」井上がニヤニヤしながら俺を見た。
「あの、向かいの小さい扉ってトイレですか?」思ったことを聞いてみる。井上は「お、おう」と答えた。どうしていちいちつっかえるんだろうか。
「だったらトイレも掃除します。この調子だと掃除してないですよね?」
「い、いや、若頭の連れてきたお人にそこまでさせていいのかっていうか」春日が言い淀む。“カシラ“? 石川はそう呼ばれているのだろうか? よく分からないがもしかしたら偉いんだろうか。
「石川は偉いのかもしれないけど、俺は入ったばかりだしトイレ掃除くらい普通じゃないすか?」
「石川っ!」二人は声を揃えて言った。なんかまずかっただろうか。
「あの……俺もカシラって呼んだほうがいいですか?」
いや、まあ、と二人は言い淀んだ。よく分からないな。とにかく俺はトイレ掃除をするぞ。あんな密閉空間でGに遭遇した日にゃ出るもんも引っ込んじまう。二人の脇を通り過ぎて小さな扉を開く。開いて唖然とした。酷い悪臭ときっと一度も掃除されたことのないトイレがそこにあった。悲鳴をあげなかった俺を誰か褒めて欲しい。俺はGの影に怯えながらトイレ掃除に取り掛かった。だめだ。先輩達には申し訳ないが、任せてたら大惨事になりそうだ。俺が掃除すべきだろう。トイレ掃除の途中で石川が戻ってきた。
「俺の下につく奴にトイレ掃除をやらせてるなんて、テメエらも偉くなったなあ」石川がそう言うと二人が震え上がっていた。
「トイレ掃除は俺がやるって言ったんだ。新人なんだからトイレ掃除くらい普通だろ?」
「いい心がけじゃん」石川は満足そうに頷いた。「じゃあそれ終わったらちょっと出るぞ」そう言って椅子に座って煙草を燻らせた。なんだか嗅いだことのない臭いの煙草だった。春日と井上はその脇でじっと立ったままだった。