今日の任務を終えて、家に帰る。途中でスーパーに寄ろう、と考えたが、たまにはヤツに良い物喰わせないと機嫌悪くするからなぁ………
そう思いながらピークは高級百貨店に向かう。
まぁ、ピークもたまには冷凍食品じゃなく美味い物を食べたかった、というのが正直な所か。
先ずは別の階に移動してミケの食事だ。あいつは好みが激しいから、下手な物を買うと皿をひっくり返して寝場に戻って行く。プライドが高いのだ。
「奴にとって安牌のマグロ…………これにするか。」
Aurelia Tuna Reserve(アウレリア・ツナ・リザーヴ)
ブランド:Maison Felinus(メゾン・フェリヌス)
プレミアム缶詰。原料は「大西洋ブルーフィン・マグロ」の中でも、脂の乗った“背トロ”のみを使用。漁獲後1時間以内に血抜きと下処理を行い、港から直送。加工はすべて手作業。
保存料・着色料ゼロ。独自の「氷温熟成」で旨味を閉じ込める。パッケージは黒漆のような缶に金の箔押しで猫の紋章。1缶あたり約2,800北の國通貨。
香りはまるで高級寿司店のカウンターで開けられるネタのように上品。舌触りはふわっと柔らかく、猫が噛まずとも自然にほぐれるほど。一口で半日分の栄養バランスを満たす「特製フィッシュオイル」をコーティング。
最近遅い日が続いているのでこれで、
「ミケもまっしぐら」だろう。
続いて移動して俺の餌だ。
先ずは、酒のアテだな…………
「あぁ、やっぱり足が……ここに向くなあ……
そして今日は……入荷してたか。」
Oblivion Smoked Boar(オブリビオン・スモークド・ボア)
オブリビオン社が裏で密かに手掛ける、超高級スモーク肉ブランド。極北の森で放牧された猪を、ピートモスと樫木で72時間スモーク。
濃厚な赤身に、ほのかな甘みの脂が絡み、噛むほどに野性味が広がる。スコッチや赤ワインとの相性抜群。
《まーたぁ……1人で良い物食べてんでしょ?》
マチルダの声が、遠く近く……響く。
「ふふ……2人でよく、食べたよなぁ…………」
籠に1つ、入れる。
少し歩いて、次はここだ。
Kurogane Wagyu Bowl(クロガネ和牛ボウル)
北方の國と味方の國の外交晩餐会にも出される特注丼。炭火で炙った黒鉄和牛のサーロインを、特製のトリュフソースで仕上げる。
米は極寒地で栽培された短粒米「シルバースノーライス」で、粘りと甘みが強い。1杯で3000kcal近くあり、スパイ活動で消耗した体力を一気に回復できる。
「これは、美味いぞ、マチルダ……」
手頃な赤ワインを2本、籠に入れてレジに向かう。
大きな薄茶色の紙袋を抱えて、塒に向かう。
夜は暗く、薄く寒い風が通り過ぎる。
エレベーターに乗り、3階の部屋に。
ガチャッ
照明を点ける。
ソファの上には不機嫌そうな古株家主。
買って来た物をテーブルに置く。
北欧の國で開かれるボロ市で買った年代物、バケツ型のワインクーラーに氷を張ってワインを冷やす。
ピューターにシルバープレート。古いが冷気が全体に渡る事で即効性が有り、役に立つ。職人が叩き出した葡萄レリーフの彫金細工がアクセント、お気に入りの逸品だ。
シャワーを浴びて、部屋に戻る。
古株家主が、チラッと見るがいつものように冷たい。
洗濯済の籠からシャツを引き出して着る。
1日で……一番落ち着く時間でもある。
オールドジャズでも聴きたい所だが、これ以上待たせたら古株の曲げたヘソは戻らないだろう。
ミケの皿上に、アウレリア・ツナ・リザーヴをよそおう。
流石にクールな瞳が丸くなったな……ふふ
もう1つの皿には、
「Nocturne Aqua(ノクターン・アクア)」
北欧の國の氷河湖から採取した「鉱物水」を基盤にした猫用栄養飲料。ミネラルバランスが極端にチューニングされていて、網膜と神経のパフォーマンスを数時間だけ底上げ。
無色透明で味もない。ただ、開けた瞬間に微かに冷気が立ち上り、空気が張り詰めるような感覚を受ける。
「俺ばかり、美味いの飲んでも悪いからな……」
ミケはその一口を味わうかのように
ゆっくりと楽しむように口へと運び入れる。
俺は俺で、スモークド・ボアを皿に盛り付けて
早速冷えた赤ワインで口を湿らせる。
テーブルで待っている写真立てのマチルダにも赤ワインを……
湯煎していた和牛ボウルを別皿の上に開ける。黒鉄和牛の粗っぽさの中でトリュフソースが見事に溶け合っている。
ミケとピーク、写真立ての中のマチルダ。
ピークの部屋の中で、静かなる晩餐。
時間が止まったか、のように…………
タンッ
ミケは食事を途中で止めた……
……一度、ピークの顔を見て……
書棚の上に乗る。
書棚から器用に取り出したものを、
…………ピークの前に置いた。
「そうか……」
ミケの頭を、ひとつ撫でるピーク。
ピークは立ち上がり、
それを取り出して、
ターンテーブルの上に静かに置く。
カチリ……
針を落とす小さな音が、静寂に刺さる。
次の瞬間…………
スピーカーから、かすれたノイズと共に
甘く低いジャズのイントロが溢れ出した。
「Midnight Glass」
60年代に北欧で一瞬だけ流行った女性シンガー、
Leona Harlow(レオナ・ハーロウ)のシングル曲。
「誰もいない夜の街を、愛を探しながら歩く女……」
マチルダがよく口ずさんでいた……
ノスタルジックなスロウのジャズナンバー……
Midnight Glass
作詞・作曲:Leona Harlow
Shards of the moon scatter on the pavement,
Footsteps alone stitch the night together.
In the shadowed glass I see another me,
Searching for love… who am I waiting for?
月の破片(かけら)が舗道に散って
靴音だけが 夜を縫い合わせる
ガラスの影に映る もうひとりの私
愛を探して 誰を待つの?
夜は更けゆく。
膝の上のコイツと、
写真立ての彼女と共に………………
…………………………
「A cat is a lion in its own lair.」(イギリス)
意味:どんなに小さく弱そうに見える存在でも、自分の縄張りや慣れた環境では強さを発揮する、というたとえ。猫は普段おとなしくても、家の中ではまるでライオンのように威張り散らす。そこから「自分の場所では誰でも王者になれる」という教訓につながる。
例:Don’t underestimate him at home — a cat is a lion in its own lair.(彼を家で侮るなよ。自分の縄張りではライオンみたいになるんだ。)ミケにとって、ピークの部屋はまさに「lair(巣穴)」。そこでは世界のどんなスパイでも、彼に逆らえない。
…………………………
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