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第50話、読ませていただきました。 まず冒頭のバルカの「……愛してるぜ。」にぐっときました。誰にでもない、雪へ向けた言葉がすごく印象的で、この人の孤独とか覚悟が一瞬で伝わってきました。 戦術描写も丁寧で、センプロンの「余裕」とバルカの「待ち構える構図」の対比がはっきりしていて、次第に追い詰められていく空気が手に取るようにわかります。 「狩るか。」の一言で終わるラストもゾクゾクしました。後編が待ち遠しいです!
放った斥候の報告により、敵が出撃の準備を始めたことを知ったバルカは、
矢継ぎ早に命令を下した。
「松明を焚き続けろ! 火を絶やすな!」
「全兵に油を配れ。体へ塗らせろ!」
「明日の朝飯は肉と酒だ。……飲みすぎるんじゃねえぞ。」
「全軍に伝えろ。必ず勝つ!」
側に控えていた弟マゴへ視線を向ける。
「マゴ。」
「はっ。」
「南東の森へ騎兵二千騎を率いて潜め。」
「明日の昼ごろ、俺の合図で動け。」
「承知。」
続いて、ヌミダス騎兵を率いるマシニーサを呼ぶ。
「お前は明朝、騎兵五百で敵本陣を奇襲しろ。」
「派手に暴れろ。」
「敵の出鼻をくじくんだ。」
「お任せください。」
すべての指示を終えたバルカは、天幕の外へ出た。
夜空からは、小さな雪が静かに舞い始めている。
手を伸ばえ、その冷たい雪片を受け止める。
「……愛してるぜ。」
その一言は、誰へ向けたものでもなかった。
雪だけが静かに、その想いを受け止めていた。
「何事だ!」
この日、グラン軍では早朝から兵へ食事が振る舞われていた。
センプロンの士気を高めるため、閲兵が予定されていたのである。
夜明けとともに、ヌミダス騎兵が砂煙を巻き上げて殺到した。
「応戦しろ!」
矢と投槍が飛び交う中、センプロンは敵の数を見極める。
「……少ないな。」
視線を後方へ向ける。
閲兵のため、騎兵はすでに出撃できる態勢を整えていた。
「出せるか?」
「出せます。半刻もあれば、ほぼ全軍の準備が整います。」
センプロンは口元をゆがめた。
「好機だ。」
「敵は我らを恐れ、少数で時間稼ぎをしている。」
「このまま追い立てるぞ。」
「川を渡れ!」
「敵陣へ雪崩れ込め!」
ヌミダス騎兵は投槍を浴びせながら後退していく。
その姿を見送りながら、センプロンは満足げに微笑んだ。
「逃がさん。」
「第一陣、騎兵四千、投槍歩兵六千。出撃できます!」
「よし、行け!」
「第二陣、重装歩兵八千。間もなく出撃可能です!」
「準備ができ次第、続け!」
「第三陣もまもなく――」
閲兵式のため整えられていた隊列は、そのまま進軍隊形へと移行していく。
センプロンは満足げに頷いた。
「これほど素早く動けるとは。」
「敵も夢にも思うまい。」
自らも馬へまたがる。
「全軍、前進!」
「敵陣へ攻め込むぞ!」
ヌミダス騎兵は投槍を放ちながら、左右へ散るように逃げていく。
「おおっ、逃げろ逃げろ!」
センプロンの表情には、なお余裕があった。
「我らを敵陣へ案内するつもりか。」
やがて軍はトレビ川へ到達する。
氷のように冷たい流れを前にしても、センプロンは自ら先頭へ立った。
「ゆけ! ゆけ! ゆけぇ!」
「この先には、あのアグリですら正面決戦を避けた男――バルカがおる!」
「その男を討てば、お前たちは王国の英雄だ!」
将の声に兵たちは歓声を上げる。
胸まで水に浸かりながら、冷たい流れを渡っていく。
誰一人として、自らの勝利を疑う者はいなかった。
大地を駆け抜けたセンプロンは、ふと顔を上げた。
その瞬間――。
目の前には、整然と隊列を組み、静かに待ち受ける軍勢があった。
中央には、獰猛な眼差しのガラリア兵。
左右には、戦象とヌミダス騎兵が翼のように展開している。
そして、その中央最前列。
巨大な戦象の背で、胡坐をかいた一人の男がいた。
まるで戦場そのものを見下ろす魔人。
バルカはゆっくりと口元をゆがめる。
「センプロン……だったか。」
「待ちかねたぞ。」
「戦闘隊形をとれぇ!」
センプロンの後方で、武官の号令が戦場へ響いた。
軽装歩兵が中央へ駆け込み、
後方では重装歩兵が大盾を構え、隊ごとに整然と隊列を組む。
両翼には騎兵が展開し、
色分けされた軍旗が次々と掲げられた。
わずかな時間で、四万の軍は巨大な陣形へと姿を変える。
センプロンは鼻で笑った。
「それで勝ったつもりか、バルカ。」
「我がグランは何百年も戦を重ね、この陣形を磨き上げてきた。」
「俺の餌食となれ!」
指揮杖が勢いよく振り下ろされる。
遠距離攻撃の応酬が終わり、両軍はついに間合いを詰めた。
中央では、ガラリア兵とグランの重装歩兵が激突する。
ガラリア兵たちは鬨の声を上げながら、次々と前線へ駆け込んでいく。
その姿を、戦象の上から静かに見下ろしていたバルカは、小さくつぶやいた。
「悪いな……。」
「勝つためには、犠牲が必要なんだ。」
グラン騎兵は、ヌミダス騎兵の敵ではなかった。
卓越した機動力を前に、両翼の騎兵隊は次第に押し込まれていく。
一方――。
中央では、グラン軍自慢の重装歩兵が圧倒していた。
巨大な盾の壁を押し立て、ガラリア兵を次々と討ち倒していく。
「押せぇ!」
「敵は崩れているぞ!」
兵たちの歓声が戦場へ響いた。
だが、その間にもヌミダス騎兵は両翼から圧力を強めていく。
前後左右へ駆け回る敵を追い続けたグラン軍は、次第に疲労の色が見え始めていた。
バルカは、遠く潜むマゴへ静かに合図を送った。
川を渡ったグラン軍の兵は、濡れた衣服をまとい、
冷え切った身体で戦い続けている。
槍を握る手は震え、
その握力も、すでに限界へ近づいていた。
バルカは戦場を見渡し、小さく笑う。
「さて……狩るか。」
バルカはゆっくりと右手を振り下ろした。
その瞬間――。
南東の森が、大きく揺れた。