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神界から地上へと戻った後に私とスライムたち、そしてティアナ様をはじめとするミンネ聖教団の重鎮を交えた話し合いをすることになった。
ティアナ様が教団側の人間に神界でのミネティーナ様と私の会話の内容を伝えたことで、私とコウカたちに対する対応が変わる。
教団はミネティーナ様の力によって生まれた存在である精霊も信仰しており、私に関してもミネティーナ様直々に救世主になってほしいと言われたことが大きいらしい。
とはいえ対応が変わったと言っても元々客人として丁寧に扱われていたので、それがティアナ様に対するような恭しい態度へと変わっただけだ。
――正直な話、すごく戸惑ってはいるけど。
しかし今後の方針で、教団から私に関する何かしらの情報を公的に周知するようなことはしないことに決まった。
これは私の要望と教団側の考えが一致したためにそう決まったのだが、私としてはしばらくの間は教団とあまり関わらずに自分たちの力だけでミネティーナ様に頼まれたことをこなしつつ、力を付けていきたいと思っている。
ミネティーナ様には時間がかかってもいいと言われているため、少し肩の力を抜きつつみんなと世界を巡ってみたいのだ。
そして教団側としても邪神の復活に関する情報をまだ公には発表していないため、私に関する説明ができないらしい。
数十、数百年先の話かもしれないのに下手に周知して、人々の不安を煽るのは望ましいとは言えないからというのが理由なのだとか。
一応、各国のトップには警告をだしているそうなので、各国で準備を整えてもらっておくほかない。
どちらもリスクがある選択だと思うので、私としてもどちらがいいとは判断ができなかった。
だから私は普通の冒険者として活動することになる。
ただ教会がある街に行ったときは情報の共有のために一度教会に寄らなければならない。
あと私の活動に支障が出ないように最上級の宗門手形を発行してもらえるようだ。
活動に支障が出そうなことが起こった時に見せれば、大抵の場合は解決できるほどの効力はあるらしい。
あくまで常識の範囲内のもので免罪符ではないのだが。
これを持っている私が悪いことをすればそれだけで教団の信用も傷つけてしまうので気を付けなければならない。
もちろん悪いことをするつもりなど毛頭ない。
資金の支援も申し出てもらったのだがお金を受け取る形ではなく、しばらく生活に困らないように衣服や生活器具、食料を用意してもらうことになった。
武器はラモード王国で買ったものがあるし、コウカの剣は自分たちで依頼をこなして受け取った報酬で買うつもりだ。
そしてこの後の目的地だが、私たちが最初に向かうのは東にある4つの国からなるゲオルギア連邦方面へと決まった。
私たちはこのミンネ聖教国に来るために西側から北のラモード王国を通過してきたので、次は行ったことのない東へ行こうとしたのだ。
個人的には南でもよかったのだが、南は小国家群とそれらを取りまとめるグローリア帝国の関係が悪化しているということで教団側から止められてしまった。
グローリア帝国は独裁制の国で、小国家群との関係の悪化はなんでも前皇帝が30年以上、好き勝手に搾取を繰り返したことから始まり、5年前に前皇帝が崩御したものの現皇帝に変わってからも改善することはなく、現皇帝は高圧的な態度で周囲の国々を威嚇し続けているらしい。
さらに前皇帝の時代には既に、国内から聖教団も追い出されており、出入国が厳しく制限されているというのも大陸の南側に行かない方がいい理由の1つだそうだ。
会議が終わり、与えられた部屋の1つにみんなで集まっていると、ドアがノックされる音が部屋の中に響いた。夕食にしてはまだ早いのでそれで呼びに来たわけではないと思う。
疑問に思いながらドア越しに要件を聞くと、なんと相手はティアナ様だった。
慌てて扉を開くと、私に会わせたい相手がいるということを伝えられた。
その相手は宮殿の門の前で待っているらしく、ティアナ様自らが案内してくれることになった。
忙しいのではないのかと尋ねたのだが、聖女というのは別に国政を行うわけでもなく、ミネティーナ様の巫女としての役割が強いため基本的に暇なことが多いらしい。
この国と教団のトップは教皇であるリアム・フォン・シェーンライヒ。
ティアナ様の父親で、国政は教皇と数人の枢機卿によって執り行われるらしい。
そして余談だが話の途中でお互いにもう少し砕けた接し方をしようということになった。
ティアナ曰く、私たちの間には立場の差というものがなくなったからだそうだ。
聖女であるティアナと将来、救世主となってミネティーナ様と一緒に戦うことになる私。長い付き合いになるというのも理由らしい。
だから私は彼女を“ティアナ”と呼ぶようにして、敬語もやめた。そしてティアナは私をさん付けで呼ぶようになり、敬語もそのままだが緩い言動と表情が多くなった。
そうしてティアナと親睦を深めながら歩いていると、宮殿のエントランスホールへ到着する。
門まであと一歩ということだ。
「そういえば、私に会いたい人って誰か聞いていなかったよね?」
「……あっ、そうでしたね。うっかりしていました。その方は私の従兄であり、ユウヒさんもよく知っている人ですよ」
私の知っている人って誰だろうと考えながら歩いていくと、門番として聖教騎士団が立つ門が見えてきた。
そして門の奥には私のよく知る人物が立っている。
「ミーシャさん!?」
その人物とは最初に訪れた街からしばらくの間お世話になった冒険者のミーシャさんだった。
驚く私にミーシャさんが軽く手を振っている。まさか彼がティアナの従兄だったなんて。
「久しぶりね、ユウヒちゃん」
前見たときと変わっていないミーシャさんは「少し歩きましょう」と町はずれの静かな散歩道へ案内してくれた。
ティアナとは門の前で別れたため、ここには私とコウカたち、そしてミーシャさんしかいない。
ミーシャさんの本名はミハエル・フォン・シュッツリッター、第一騎士団団長のヨハネスさんの実の弟らしい。
そして4年前まではミーシャさんも騎士団に所属していたと語ってくれた。
どうして騎士団をやめて冒険者になったのかを聞こうとしたが、騎士団の話を語るときのミーシャさんがどこか憂いを帯びた表情をしていたので躊躇した結果、タイミングを逃してしまった。
「ユウヒちゃんと別れた後、ワタシはまっすぐこの国へと向かったの」
キスヴァス共和国で私にミンネ聖教国への行き方を教えてくれた時に、東へまっすぐ向かうルートには険しい山脈があると言っていた。
そこを1人で越えてミンネ聖教国を目指したのだろう。
「実はあなたと別れたユノレアエで、神官たちの話を盗み聞きしてね。教団があなたのことを探しているということを知ったのよ」
ミーシャさんは彼の知る私の情報との相違があるということで、まず情報が間違っているのか、私が偽物なのかを見極めようとしたらしい。
だからあれだけ私の名前を“アリアケ・ユウヒ”か聞いてきたのだ。
この世界では姓名を逆にして名乗っているが、不意に聞かれれば使い慣れている前の名乗り方をしてしまいそうになる。ミーシャさんにはめられたわけだ。
そしてミーシャさんは私に関して知っている情報を伝えるため、そして正確な情報をティアナから聞くために聖教国まで来たということらしい。
ミーシャさんは私が教団の探している人間だと分かったようだが、実は前から少しだけミンネ聖教団の関係者ではないかとも疑っていたのだとか。
それは私が最初に訪れたファーリンドの街で魔力測定をしたときの白い光の中に一瞬、桃色の光が見えたからだと言っていた。
桃色の魔力は何か理由がない限り、ミネティーナ様と聖女が持つ聖属性を表す。
ミーシャさんも目を疑ったようだが、見間違いとも思えず私を注視することにしたらしい。
「でもね、それもユウヒちゃんの面倒を見ていた理由の1つだけど、あなたのことが気に入ったからっていうのも本当よ」
どうやら励ましてくれているようだ。
理由がどうであれ、ミーシャさんが私を助けてくれていたのは事実だ。そこには感謝しかない。今さら騙されたとは思わなかった。
そこまで話してくれたので、次は私の話をすることになった。
ミーシャさんは自分の話の途中でコウカたちをちらちらと見ていたので、本当に気になるのはこの子たちのことだろう。だからまずみんなのことを紹介する。
やはり薄々気づいていたようだが、みんながスライムで精霊へと近付いているという話をするとひどく驚いていた。
ミーシャさんは彼と面識のあるスライムたちと会話を交わしていた。
その結果として分かったのは、コウカはミーシャさんに対しては比較的好意的ということだ。やっぱりずっと助けてくれていたことをコウカも知っているからだろう。
ヒバナとシズクも他人が苦手といっても、穏やかな性格のミーシャさんは比較的マシだと感じているようだ。
みんなを紹介した後はラモード王国の話をした。
また面倒そうなことに首を突っ込んだと呆れられたが、助けた相手がお姫様だったことにはこれもまたひどく驚いていた。
私も他人からそんな話を聞かされてもすぐには信じられないだろうなと思う。
そして最後に神界でのミネティーナ様との会話についても話した。
ミーシャさんはティアナの従兄だけあって、女神や邪神についての情報にも精通しているようだった。……さすがに会ったことはないらしいが。
もし最初からミーシャさんに私の事情を話していたら、また違った形でこの国に来たのだろうなとぼんやりと考える。
「じゃあ、ユウヒちゃんはこれからいろいろな国へ行くのね」
「はい。いろんな国へ行って、魔泉の異変も治めて、みんなで強くなります」
「ワタシも世界中を回るつもりだけど、あなたたちとは一緒に行かない方がよさそうね。ワタシは邪魔になっちゃうもの」
再会を果たしたミーシャさんとはここでまた別れることになる。
「またね。みんなとはいつまでも仲良く、よ?」
そう言うと、ミーシャさんは別の国へ行ってしまったのだった。
◇
「それではユウヒさん、精霊様方。お体に気をつけてくださいね」
「うん、ティアナもね。皆さんもお見送りありがとうございます。行ってきます!」
宮殿の前ではティアナと教団の関係者がズラッと並んでいた。
私たちは彼らに見送られながら、聖都ニュンフェハイムを後にする。
これからは様々な国が私たちを待っている。
やらなければならないことは多いけど、私たちのペース、私たちなりのやり方でやっていきたいと思う。
そんな旅の中で、みんなとの関係をより深められたらそれはどんなに素晴らしいことだろうか。
様々な想いを抱きながら私はさらに1歩、足を踏み出そうとして――転んだ。
「へぶっ」
「ま、マスター大丈夫ですか!?」
後ろから慌てて駆け寄ってくるコウカの足音とヒバナかシズク――まず間違いなくヒバナだろうが――の大きなため息が聞こえる。
顔面から転んだが、柔らかいクッションが私の顔を守ってくれた。
そのクッションとはもちろんスライムであり、私の腕で気持ちよさそうに眠っていたノドカだろう。
「ご、ごめんノド……カ?」
思わず、固まってしまう。
倒れた先に転がっていたノドカに謝るため、まずはその姿を確認しようとした私の視線の先にいたのは、なんと真っ黒のスライムだったからだ。
まさかノドカが黒くなってしまった……わけがないだろう。
私は手足を使って体を少し持ち上げようとするが、そこである違和感に気付く。
なんだか私の寝ている地面が柔らかくて温かい。というか体が少し地面から浮いてしまっている。
――いや、そうではないだろう。
この感覚は人か何かを下敷きにしている気がしたので手足で自分の体を少し持ち上げ、体の下を覗き込む。
「お姉さま~、重い~」
「誰!?」
私が下敷きにしていたのは、ウェーブがかった長い髪が特徴的な小さな女の子だった。
柔らかいと思ったのは彼女の大きなものがクッションとなって私を支えていたかららしい。
「ひどい~……お姉さまは~わたくしのこと~忘れてしまったの~?」
何故だかこの子、私のことを“お姉さま”と呼んでくる。……あなたみたいな妹、私は知らないんだけど。
いや、でも待ってほしい。この目と髪の色、間延びした話し方、雰囲気、そして消えたノドカ。
ここから導き出される答えはただ1つ。
「……ノドカ?」
「わぁ~、思い出してくれた~。よかった~」
「ちょっ……!」
少女が急に抱き着いてきて、私の胸に顔を埋めだした。
やっぱりこの子はノドカらしい。のんびりとした子だとは思っていたけど、話し方もこんな間延びした感じなのか。
とりあえず倒れたままというのも何なので体を起こそうとするが、体の下から背中に手を回されているため、身動きが取れなかった。
「ノドカ、起き上がりたいから一度離れてくれると……ノドカ?」
ノドカが顔を埋めたまま動かない。
この状態で私が何を言っても反応がなかった。
「……すぅ……すぅ……」
「寝てる!?」
この子、進化しても何も変わっていなかった。
でも人間サイズでこう抱き着かれると困ってしまう。あと抱き着く力も強い。
私は近くで見ていたコウカたちに助けを求めることにした。
コウカたちに助け起こしてもらったあとはノドカをそっと横たわらせる。
離れられてから初めて見たが、ノドカは袖口が広くなっているフリフリの白いロリータワンピースを着ていた。
ヒバナとシズクも最初はワンピースだったが、コウカに至っては全裸だった。この違いは何なんだろう。
――まあ、それは一旦置いておこう。
改めて目の前に佇む黒いスライムを見る。やはりこの子は知らないスライムだ。
……この子を見ていると、名前を付けてあげたくなってきた。
どうしてこの子は一度、私の下敷きになりながら契約してもいいと思ってくれたのだろうか。
たしかにありがたいことだけれども――まだこの子とは契約できない。
「ねえ、あなたが何を思ってくれたのかは分からないけど……私たちと一緒に来ると何度も危険な戦いに巻き込まれることになってしまうと思う」
しっかりと危険な旅であることを理解してもらわなければならないのだ。
「嘘みたいに思うかもしれないけど、最後にはきっと……神様とも戦わなくちゃいけない旅なんだ。命がけの旅なんだよ」
ただ平和な世界で一緒にいられたなら、どれほど良かっただろうか。
でもこれは私がやらなくてはならないことだから、逃げることなどできない。
「そばにいてくれたとしても、私は弱いから絶対に守り切るなんて言えない……でも、それでも一度取ってくれた手は離さないって約束はできる」
悲しい時や辛い時には支え合って、楽しい時や嬉しい時はそれを分かち合う。
そんな関係になれたら、どれほど素晴らしいだろうか。
「だから……こんな私でもいいとあなたが思ってくれているのなら、一緒に行こう」
私は手を差し出す。
目の前の黒いスライムが新たに何かを示すことはなかった。だが、依然として名前を付けたい衝動は私に訴えかけてきている。
それがどうしようもなく嬉しかった。
この子が一緒にいたいと思ってくれているように、私もそう在りたいと願うようになってしまっていたから。
「そっか……ありがとう。じゃあ、そうだね……あなたの名前は――」
――考えに考え抜いた末に浮かんできたのは静かな夜のイメージ。
こうして私の中に新たな繋がりが生まれる。これが私と6人のスライムたちとの旅の始まりだった。