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私にとってエトワール様は、命に代えても守るべき大切な人だ。
「グロリアス。どういうつもりですか。エトワール様を裏切って」
「裏切って……ですか、俺は本当の意味で裏切ったつもりはないですけど」
言い訳に、言い訳を重ねる、自分の同僚にカチンときたのは間違いない。でも、その感情を彼にぶつけたところで、私の気が晴れることはないだろうし、最も、感情にまかせて剣を振るえばどうなるかぐらい分かっている。
冷静でなければ、彼には勝てないだろう。
私は、エトワール様から護衛を頼むと言われたときから、彼女に誠心誠意尽くすつもりだった。いや、尽くすと誓った。だからこそ、彼女の悲しみは、自分の悲しみのように受け止めて、そうして、彼女の役に立とうと思った。
自分は女だから。騎士にはなれないと。未だに、女が騎士だなんてと馬鹿にする輩は数多くいる。だが、エトワール様の護衛になってからは、女性も立ち上がることが出来、少しずつ、胸をはるまではいかずとも棋士を志す人が増えてきた。
エトワール様は知らないだろうけれど、彼女に影響された人は多いだろう。
どれだけ、エトワール様が偽物だと非難され、彼女の功績が認められなかったとしても。彼女のした事は、ある一定数の人に勇気と希望を与えた。
彼女は、私達の星だった。
綺麗な銀髪に、夕焼けの瞳。少女のようにあどけなく笑う姿や、深く考え込み悩む姿はどんな名画にも増さるだろう。そして、焦って顔を赤くする様子も可愛らしかった。
そして、何より強くてたくましい人だった。
今回のこの作戦、私はエトワール様の元をはなれず、護衛するという算段だったのだが、エトワール様がいきなり軍から外れてしまい、帰ってくることがなくなったとき、目の前が真っ暗になった。エトワール様を守れなかった自分に腹が立ったのは勿論のこと、エトワール様に何も説明を聞かされていなかったのだ。彼女は、しばし、一人で抱え込む癖があるのだ。だから、私に言わなかった。
私を巻き込まないためか。それとも、私が力不足だからか。
どれだけ悔いても、自分の主が決めたことだからと割り切って、私は今目の前にいる同僚に剣を向けていた。本来なら、手合わせ以外でこんなことをしたくなかった。それに、何度か、エトワール様を一緒に守った身。だからこそ、彼と戦うのは嫌だった。
もしかしたら、私は怖かったのかも知れない。
(隙が無い……こっちには、ブリリアント卿もいるのに。グロリアスは何でそんなに冷静でいられる?)
数的には、グロリアスが振りだ。なのにもかかわらず、彼の顔色は一切変わる様子がなかった。彼はいたって落ち着いていたのだ。怖いぐらいに。それこそ、感情がない人形のように。
元から、彼のことはよく分からなかった。何を考えているのか、口にもしなければ言葉にもしないのだから。何も分からないのだ。
一緒に剣を振るって、エトワール様を守ってきたはずなのに、彼のことを、私はイマイチ理解できていない。
(イマイチ? いや、違うな、全然理解できていないんだ。だから、おびえている)
少しだけ、自分が震えているのに気づいた。それは得体の知れない恐怖に怯える、人間の本能的なものだ。可笑しいことではないのだが、少し情けなくも思う。私は、同い年の騎士に恐怖で、その圧倒的な力差で負けているのかと。
ここで勝たなければ、彼の目は覚めないだろうに。
「グロリアス、目を覚まして下さい。こんなことしても、エトワール様は喜びません。貴方の、目的は何なのですか」
「アルバ……勘違いしてませんか?」
「何を」
グロリアスは、濁った翡翠の瞳を向ける。その瞳を見てゾゾゾッと肩が震える。身体に、虫が這っているような気持ち悪さだ。
「俺は、エトワール様が幸せになる為に動いているんですが」
「何処が……」
ふつふつとわき出る怒りを押さえるために、拳を握る。何が、エトワール様のためだ。勝手にいなくなって、エトワール様ではなく、混沌の手に染まったトワイライト様の元に行って、何が違うというのだ。
トワイライト様は、エトワール様の妹のような存在で、私は嫌いじゃないし、エトワール様がトワイライト様に向ける笑顔は好きだった。その笑顔が私に向けられることはないと分かっていても、その笑顔を見ているだけで救われるような気がした。
なのに、どうしてグロリアスは。
(言っていることが分からない。本当に頭でもぶつけたのか……)
それだけだったらいい。ただ、頭をぶつけて、頭のねじが飛んだぐらいなら、どうにでもなっただろう。だが、最も恐ろしいのは、グロリアスも混沌の息がかかっているという可能性だ。この場合、私達の言葉はまず届かないだろう。
「トワイライト様が語った、エトワール様との幸せな未来について。理想郷。トワイライト様の夢について聞いて、俺は感激したんですよ。彼女なら、エトワール様を幸せに出来ると」
「だから、トワイライト様に近付いたと?彼女についたと言いたいんですか」
私がそういえば、グロリアスは、少し考え込むような仕草をとる。何か、まだ言いたいのかと思っていれば、グロリアスの瞳が横に動いた。違うな……と小さく呟いてから目を伏せる。
「確かに、今のトワイライト様なら、エトワール様を幸せに出来るでしょう。幸せに埋もれさせて、その幸せから抜け出せないようにすることも。甘い蜜をたらし続けて、エトワール様を惑わし続けることも出来るでしょう……けれど、俺はそんな洗脳のようなエトワール様を見たいわけじゃ無い」
「は?」
何を言っているか理解できなかった。
この男は、私が思っている以上に欲の深い人間なのかも知れないと。狂っているように見える。嫉妬を飼い慣らせていないような、そんな感覚に。
(だから、何が言いたいんですか。意味が分からない)
私の頭では理解できない。それは、隣にいるブリリアント卿も同じようで、ブリリアント卿も険しい顔をしている。
それほどまでに、グロリアスの言っていることは矛盾と狂気に染まっているのだ。
「俺は、俺の方法でエトワール様を手に入れたいんです。エトワール様の目に映るのは俺だけでいいと思っている。だから、トワイライト様を利用している」
「……本当にいっている意味が分かりません。結局それは、貴方の理想でしょう。その理想をエトワール様に押しつけようとしているだけ」
「なら、貴方も同じじゃないですか。俺みたいな、汚い欲望を心の奥に秘めている。俺と同じだと思いますけど?」
と、グランツは見透かしたように言った。
確かにそうなのかも知れない。と、思ってしまう自分もいるわけで、私は何も言い返せなかった。話すだけ無駄だと分かっている。それに、これ以上話してしまうと、グロリアスにペースを持っていかれそうで怖かった。それは、何としてでも防がなければならないことなのに。
「まあ、これ以上話すことはないので。さっさと、始めましょう。どうせ、貴方も、俺の事を殺そうと思っているんでしょう?」
「……本来ならそうしたいところですが、それは、エトワール様の望むことではないでしょうし」
「……」
エトワール様の名前を出せば、グランツはその表情を少しだけ変える。本の一瞬変わっただけで、何を思ったかまでは読み取れないけれど、まだ彼の中に善良な心が残っているとするなら。
(いいや、話すだけ無駄なのだから、変なことは言わない方が良い)
私は、剣を構え直した。
「ブリリアント卿」
「何ですか、アルバさん」
「グロリアスを捕縛するの手伝って頂けますか」
「良いんですか?」
ブリリアント卿は、首を傾げる。
彼とて、別にグロリアスを殺そうとはしていないだろう。けれど、彼を絶命まで追い詰めなければ、しつこい彼のことだから、這い上がってくるだろうと。そういうことを言いたいのだろう。
分かっている。
私は、グロリアスへの怒りで爆発しそうだが、エトワール様のため、彼は生け捕りにしないといけない。
彼が死んだら、幾ら裏切ったからと言っても悲しむだろうから。
「容赦はしませんから。グロリアス」
私はそう言って、グロリアスに剣先を向けた。