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そんなわけで、俺は大木に会いにカフェに向かった。向かった、とは言ってもあまりに近すぎるのであっという間に到着してしまったけど。ちょっとした見栄でついた嘘とはいえ、言い訳の理由を考える時間もなっかった。まあ、口だけは達者な俺だからなんとかなるだろう。
「さてと……」
はなので、とりあえず店内へ。まずは大木を探そうと思ったけれど、その必要は全くなかった。大木の方が先に俺に気が付いてコチラに向かって手を振ってくれていたから。しっかし、相変わらず派手な格好だな。ラメ入りのジャケットを羽織り、その下に着込んでいるインナーもラメ入り。ギラギラじゃん。ミラーボールかよ。
「おい、急いで来てやったぞ。それにしても久し振りだな」
「おー久し振り! よく来てくれたな! って、お前、早すぎないか? 三十分とか言ってたくせに、あれから十分も経ってないぞ?」
「ん? いいんだよ。レポートをまとめるのなんて別に後でも。それに他の奴ならまだしも、大木だからな。あまり待たせるのも悪いと思ってな」
これは確かに嘘ではある。だけれど、それは半分だけだ。もう半分は紛れもない事実だった。大木との付き合いはめちゃくちゃ長い。もう十年以上にはなるのかな? だからある意味、『大木武志』という人間は俺にとっての『特別』なんだ。そんな存在なんだ、コイツは。
「はははっ! そんなに気を遣わなくてもいいのに。お互い気楽にいこうぜ。ところで一徳、最近はどうなんだ?」
「どうなんだって、何がだよ」
「何がって、仕事に決まってるだろ。ボイストレーナーの。噂には聞いてるけど、実際にお前の言葉で聞いておきたくてさ」
噂ねえ。まあ、俺にはそこそこの人脈があるから、そこら辺から耳にしたりしたんだろう。一体どういう形で話が流れているのか分からないが、そんなこと些末であり、些細な問題だ。どう流れようと、俺の生き方は変わらない。
「まあ、ボチボチだよ。今回も沖縄からの依頼があってさ。さっき空港に到着したところだ。徐々にではあるけど順調に進んでいるよ」
そう、順調だ。順調すぎる程に順調だ。表側だけ見れば。実際に、全国から依頼が寄せられるようにもなっている。紛うことなき事実だ。自分でも、そこに関しては誇りに思っている。
「おおー! すごいじゃん一徳! しかし、たった一年だよ? その短い期間で、よくもまあそこまでやったよね。素直に尊敬するよ、親友として。確か一年前に掲げた目標は日本全国を飛び交うボイストレーナーになることだったよね? 叶っちゃってるじゃん。ゼロを一にしたって言葉が的確なのかな」
素直に嬉しいと思った。大木の言う通りだ。俺は目標を達成できた。つまりは有言実行できたわけだ。それを褒めてくれたんだから嬉しくなるのも至極当然な話だ。にしても。相変わらずテンション高いな、コイツ。
「うーん。まあ、そうだね。でも、まだまだこれからだよ」
「そっかそっか。でも本当にすごいよ! 噂に聞いた通りだ。で、一徳。これからはどうするんだ? とりあえずその目標は達成したわけだから、次の目標というか、次に進むべき道は決まってるの? だったら教えてよ!」
「うーん、そうだな。次の目標かあ」
先に、正直に言っておく。次の目標なんて全く考えてなんかいないんだ。割と今の現状に満足している自分がいる。とはいえ、それは言わないし、言えない。見栄っ張りな俺だ。厄介この上ない性格だと我ながら思うよ。
というわけで、即興で答えてみた俺である。
が、しかし。この言葉が原因となり、トリガーとなり、俺の人生が大きく動き出すことになるだなんて思ってもみなかった。
「実はさ、今のところ順調ではあるんだけど、自分の能力に限界を感じているのも事実でさ。だから海外に行って、歌や発声を学んでみたいと思ってる。でも、なかなか時間がなくて行動に移せずにいるんだ」
俺のそれを聞いた瞬間、大木の表情が一変した。真面目な顔付きに変わった。目付きが鋭くなった。そんな大木の口からは、先程までとは明らかに違う、トーンを落とした強い声が放たれたのだった。
「一徳。それ、嘘だろ?」