「こんにちは。これ、お願いします」
『Sizuku』には今日も朝からたくさんのお客様が来てくれてる。
「はい、ありがとうございます……え?」
私を見てニコニコしてる女性。
「私のことわかりますか?」
「もちろんです! 以前『杏』にパンを買いにきてくれてた方ですよね? 可愛いお子さんの手を引いて」
「嬉しい。はい、あの頃は本当に美味しいパンをありがとうございました」
懐かしい、すごく若いお母さんで、小さな子どもさんと来てくれてた。
私、いつも思ってた。
こんな優しいお母さんに、自分もいつかなれるのかな? って。
「『杏』が閉店して、さすがに北海道までは買いにいけなくて。でも、どうしても『杏』のパンが食べたくて、久しぶりに店長さんに電話してみたんです。そしたらお取り寄せはしてないからごめんなさいって。でも、あの時いた店員さんがパン屋をしててすごく美味しいからって……ここを教えてくれました。だから、いてもたってもいられなくて、今日電車で来たんです」
あんこさん、ここを紹介してくれたんだ。
「嬉しいです。電車でわざわざ来てくれたんですか? 本当に……すみません。ありがとうございます」
「いえいえ。私、クロワッサンが大好きで。あと、あんパンも」
「『杏』のクロワッサンとあんパンは最高ですからね。私のパンは、店長とはちょっと違うかも知れませんけど……でも、心を込めて作らせてもらってますので、良かったらたくさん買っていって下さいね。あっ、小麦粉は『杏』と同じところのを使ってるんですよ」
「そうなんですか! それは楽しみです。近くに息子夫婦も住んでて、あの子達にも食べさせてあげたくて。息子も久しぶりに『杏』のパンが食べたいって言ってました。本当に大好きだったんで」
「あの時の息子さん、ご結婚されたんですか? あんな小さくて可愛いかったお子さんが……」
「ええ、もう30も半ばですよ。孫も3人もいて毎日にぎやかです」
何だか……時の流れの速さを感じる。
「それは素敵ですね。あっ、もうすぐクロワッサンが焼けますから、ぜひ焼きたてをお持ち下さいね」
私はせっかく来てくれた『杏』の大切なお客様に、クロワッサンを少し多めに入れて手渡した。
「嬉しいです。ありがとうございます。せっかくだから、そこの公園で焼きたてのパンをいただきますね。あとは家に帰ってからのお楽しみにします。また、必ず買いに来ますね」
優しい笑顔でそう言ってくれた。
「息子さんにもよろしくお伝え下さいね。あの時の味とは違うと思いますけど……でも、きっと、美味しいですから」
あんこさんには一生敵わない。
だけど「自信持ちな」って、その師匠が言ってくれたパンだから。
お客様には胸を張って販売したい。
あの頃のお客様が来てくれて、とても幸せな気持ちになれた。
あんこさんに感謝だな。
「ありがとうございます! またお待ちしております。気をつけて帰って下さいね」
私は、そのお客様を店の外まで見送った。
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