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あぁぁ…最高過ぎます…😇💕💕
駅の構内は、いつもよりざわついていた。
電光掲示板には赤い文字が流れている。
《○○線 一部区間運転見合わせ》
理由は簡潔だった。
――人身事故未遂。
「うわぁ……」
ラグドはスマホを見ながら、小さく声を漏らした。
正直、よくあることだと思った。
朝でも夜でも、理由が違うだけで、電車は止まる。
「まぁ、動くならいっか!」
そう言って、ラグドは顔を上げる。
改札前の人だかりを見渡して、
どの路線が動いているのかを確認しようとして――すぐに諦めた。
….機械音痴だった。
路線検索アプリを開いても、
どこを見ればいいのか分からない。
更新ボタンを押しているつもりで、
なぜか広告を開いてしまう。
「……えっと、こっち?」
ラグドが適当に人の流れについて行こうとした、その時。
?「そっち、逆」
低い声がした。
振り返ると、
少し離れたところに立っていた人物と目が合う。
無表情で、
どういう感情なのかはよく分からない。
でも、目だけがやけに冷静だった。
「え、本当?」
ラグドはあっさり言った。
「こっちじゃないんだ」
「そっちは動いてない」
「そっか!ありがとう!」
疑いもしない。
確認もしない。
そのまま、声の主の方へ方向転換する。
その人物は一瞬、動きを止めた。
——普通、聞き返すだろ。
案内板を見るとか、
スマホを確認するとか。
知らない相手の言葉を、
ここまで素直に信じる人間は珍しい。
「……」
?は黙ったまま、歩き出した。
なぜか、ラグドもついてくる。
⸻
ホームへ向かう途中、
構内放送が流れた。
「人身事故未遂のため――」
?の足が、わずかに止まる。
未遂。
その単語が、どうしても引っかかる。
現場に残っていた人数。
救急車の到着時間。
駅員の動き。
一つだけ、数が合わない。
?「ねえ」
思わず声を出した。
「ん?」
ラグドは即返事をする。
「……“未遂”って、変じゃない?」
ラグドは首をかしげた。
「そう?」
「普通、未遂なら救急車こんなに来ない」
「へー」
ラグドは気のない相槌を打つ。
「でも、助かったならよかったじゃん!」
その言葉に、
?は思考を中断された。
助かった。
そう、正式にはそういうことになっている。
でも――
「……」
?はそれ以上言わなかった。
言っても、意味がない気がした。
⸻
電車は少し遅れて到着した。
ラグドは嬉しそうに言う。
「動いた動いた!」
そして、何も考えずに乗り込む。
?は一歩遅れて、同じ車両に乗った。
混雑した車内。
吊り革を掴む手。
スマホを見る人々。
日常。
なのに、
?の頭の中では、
さっきの“ズレ”が消えない。
「ねえ、名前」
唐突にラグドが聞いた。
「え?」
「さっき案内してくれたから!」
?は一瞬、答えるか迷ってから言う。
「……y」
「yね!」
ラグドはにこっと笑う。
「俺、ラグド!」
それだけ。
苗字も、理由も聞かない。
yは思う。
——こいつ、
世界の違和感に気づかないタイプだ。
いや、違う。
気づいても、
気にしないタイプだ。
⸻
次の駅で、
ラグドが慌てて立ち上がった。
「あ、降りる!」
「ここ?」
「うん!……たぶん!」
yは眉をひそめた。
「たぶん?」
「えへへ」
ラグドは笑う。
「地図アプリがね、
さっきから言うこと聞かなくて」
機械音痴。
それが一瞬で分かった。
yは、無意識に言っていた。
「……その道、遠回り」
「え、ほんと!?」
「逆」
「また!?」
ラグドは驚きつつも、
素直に方向を変える。
yは内心で舌打ちした。
——自分は方向音痴だ。
地図は読める。
構造も分かる。
でも、実際の道になると、
必ずどこかでズレる。
なのに今は、
なぜか“正しい方向”が見えている。
「なんで分かるの?」
ラグドが聞く。
yは少し考えてから答えた。
「……雰囲気」
「すご!」
褒められた。
意味が分からないまま。
⸻
別れ際、
ラグドは言った。
「今日は助かったよ!」
「うん」
「また会ったらよろしくね!」
yは何も返さなかった。
でも、
ラグドは気にしない。
笑って、手を振って、
人混みに消えていった。
その背中を見ながら、
yは思う。
この人は、
世界が嘘をついていても
ちゃんと前を向いて歩ける人間だ。
yは、そうじゃない。
だからこそ――
忘れられなかった。
この日が、
すべての始まりになることを、
まだ誰も知らない。