マスミ
ふう…
マスミ
お腹が大きくなると家事も一苦労だね
マスミは妊娠7ヶ月だ。
マスミ
(苦労は絶えないけど、それ以上に楽しみ)
マスミは、愛おしそうにお腹を撫でた。
マスミ
(どうか元気に生まれますように)
マスミ
(あ、ちょっと動いた!)
マスミ
(あなたも早く出たいって言ってるのね)
マスミ
(もう少しの辛抱だよ)
マスミ
(ママもパパも楽しみにしているから)
バサバサッ、ガタガタッ
外から激しい物音が聞こえてきた。
マスミ
(鶏が暴れてる?)
マスミ
(野良猫でも出たのかな)
マスミは鶏小屋へ向かった。
**村の役場。
猟友会に所属する森久保と後藤は、村議会に来ていた。
議題は、先日の森久保の発砲についてだった。
長谷部議員
先日の発砲は、もう村だけの問題ではない
長谷部議員
クマを撃った動画が拡散され
長谷部議員
全国ニュースにまでなってしまった
長谷部議員
各所に抗議の電話が殺到している!
長谷部議員
いったいどうするつもりだ!
森久保
(あの場面では仕方なかったとはいえ)
森久保
(色々なところに迷惑をかけたのは事実…)
森久保
(あまり反論しないほうがいいだろう)
長谷部議員
都合の悪いことはだんまりか
長谷部議員
猟友会は良いご身分だな
長谷部議員
銃をぶっ放すだけで報酬をもらえるんだ
長谷部議員
村の金が、どれだけお前たちに流れてると思ってる!
森久保
しかしそれは、正当な対価です
森久保
俺たちは命懸けで対応しているんです
長谷部議員
村民の多くはそう思っていない
長谷部議員
最近は銃を使わず追い払ってるじゃないか
長谷部議員
花火や爆竹で追い払ってるのを見て
長谷部議員
まるで遊んでるみたいだ、とも言われている
森久保
っ!
後藤
銃を使わないのは、クマが住宅街に現れたからだ
後藤
そう簡単に発砲許可なんて出ない!
長谷部議員
とにかく村民は
長谷部議員
血税を遊びに使う猟友会を快く思っていない
長谷部議員
これは良い機会だ
長谷部議員
猟友会の在り方、そのものを見直して──
村尾村長
まあまあ、長谷部くん
村尾村長
きみの気持ちもわかるが
村尾村長
今は森久保くんの発砲について話し合っているんだ
長谷部議員
完全に無関係ってわけでは──
村尾村長
とにかくだ
村尾村長
私も、森久保くんの対応を支持する
長谷部や、他の議員がざわついた。
村尾村長
クマは野生動物
村尾村長
人間の予想を超えた行動をする
村尾村長
手順に従って行動するだけでは
村尾村長
いつか取り返しがつかなくなるだろう
村尾村長
──そう、私の娘のように
森久保
(そういえば、村長の娘さんは…)
森久保
(昔、クマに殺されたんだ…)
長谷部議員
ちっ…
長谷部議員
まあ、いいでしょう
長谷部議員
しかし、今回の件で村民は思ったはずだ
長谷部議員
猟友会は、本当に必要なのかってね
平井
あー、よく寝た
平井
寝坊しちまったなぁ
平井
マスミー、どこだー?
平井
お、またニュースでやってる
平井
猟友会は本当に必要か、か
平井
たしかに、クマが出たときには頼りになるが
平井
クマって、そもそも臆病なんだろう?
平井
めったに人間は襲わないらしいじゃないか
平井
それなのに、けっこうな報酬をもらってるみたいだし
平井
どうなんだろうなー
平井
(それにしても、マスミはどこ行ったんだ?)
ガタガタッ
平井
な、なんだ!?
平井
鶏小屋のほうからか?
平井
まさか泥棒か!?
平井は農作業用のクワを持ち、鶏小屋に向かった。
マスミ
あ、あ…
クマ
ガブ、ミチィ…
子グマ
クチャ、クチャ
マスミ
お、ねが…い
マスミ
お、なか…
マスミ
おなかの、子どもは…
マスミ
たべ、ない、で…
平井
う、うそだ…!
そこには、地獄絵図が広がっていた。
平井
マスミ…!
妻が、クマの親子に喰われていたのだ。
顔、腕、そして腹……。
無残に食いちぎられた腹からは、胎児が流れでていた。
平井
よ、よくも…
平井
よくも俺の嫁と子を!
平井
うわああああ!
平井はクワを掲げてクマに向かった。
クマ
グオオオオ!
クマは雄叫びとともに、右腕を振るう。
平井
ぎっ!
平井は胸を切り裂かれ、吹っ飛ばされた。
平井
ぐっ…!
平井
ちく、しょう…!
クマは近づいてきて、大きな口を開けた。
平井
うっ──
クマは平井の喉に噛みついた。
平井の身体はビクビクと痙攣した後、動かなくなった。