ユエ
和解は残念ながら成立しないようですね。

ユエ
ならば、番組からある提案がございます。

ユエが指を鳴らすと、男が妙な機械と一緒に登場する。
イワノ
こ、これは?

????
はい、ちょっとごめんよ。

機械を運んできて男が、イワノの右腕の袖をめくりあげる。
ユエ
献血されたことありませんか?

ユエ
まぁ、それに似た機構を持つ機械だと思っていただけば良いかと。

イワノ
な、何をする気なんだ?

????
はい、ちょっとチクっとするよ。

見た目は点滴をしているような格好だが、時と場所があいまって恐怖が湧き上がってくる。
ユエ
……ご安心ください。彼は看護師の資格を持っておりますので。

イワノ
そう言う問題じゃない!

イワノ
あ、あんた!

イワノ
これ、犯罪だぞ!

ユエ
……ならば、あなたも犯罪者ということになりますね。

ユエ
キジマさんの尊厳を大いに傷つけたのですから。

イワノ
は?

イワノ
尊厳?

ユエ
無自覚なのが、もっともタチが悪いかと。

ユエ
この国の法律は、身体に対して危害を加えることについては敏感に犯罪にしたがるくせに、心に対しての傷害には、ほとんど無頓着です。

ユエ
いじめ、不倫、社内におけるパワハラ……心の傷を負っている方はいるのに、犯罪として逮捕される方はいません。

ユエ
やるとしたら民事で争うしかない。

ユエ
おかしいと思いませんか?

ユエ
心の傷を負った方が自ら命を絶ったのであれば、その原因を作った人間が妻に問われるべきです。

ユエ
心の傷を負わせた相手が罪を償うべきなのに、この国では民事裁判をして、その当人と戦えとまで言い出す。

イワノ
なにが言いたいんだよ?

ユエ
ふふっ……私の独り言でございます。

ユエ
さて、話がそれてしまいましたね。

ユエ
そちら、単純に体の血液を抜き取るものだと考えてください。

ユエ
これより、キジマ様には、イワノ様にいくつかの質問をしていただきます。

ユエ
その質問に対して、イワノ様には【イエス】か【ノー】でお答えいただきます。

ユエ
もし、その答えが事実であればセーフ。

ユエ
ただし、嘘だった場合……イワノさんからおおよそ500ミリリットルの血液を抜くことになります。

イワノ
ご、500ミリリットル?

ユエ
それが多いのか少ないのか……判断に困りますよね?

????
みなさま、お初にお目にかかります。

????
ユエのサポートをいたしますホンドウと申します。

ホンドウ
それでは、一般的な見解をお答えします。

ホンドウ
人間は、体からおおよそ1リットルの血液を失った時点で、ショック状態に陥ります。

ホンドウ
そして、個体差はありますが、1.5リットルの血液を失えば、生命に危険が及びます。

ユエ
ありがとう、もういいわ。

ユエ
キジマ様がする質問は全部で3問。

ユエ
つまり、全ての質問で嘘をついてしまった場合……イワノさんは絶命するおそれがあります。

キジマ
ぜ、絶命?

ユエ
はい、そうでございます。

ユエ
ただし、見事に3問を乗り切った場合、和解が成立いたします。

ユエ
キジマさん、それでよろしいですか?

キジマ
は、はい。

キジマ
構いません。

イワノ
(嘘をつくたびに500ミリリットルの血が抜かれる?)

イワノ
(しかも、全部の質問で嘘をついたら、その時点で致死量の血液を抜かれることになる)

イワノ
(なんだよこれ、なんだよこれ、なんだよこれ!)

イワノ
あんた、こんなことをして許されると思ってんのか!

ユエ
元より赦しは乞うておりません。

ユエ
人道に反することをしているのも承知しております。

ユエ
よろしいですか?

ユエはさらりと言い切ると、A4サイズのファイルらしきものをキジマに手渡した。
キジマ
これは……。

ファイルを開き、中を確認したキジマは、恐る恐るとユエに問う。
キジマ
あの、これは――。

ユエ
イワノさんのプロフィールです。

ユエ
――本当の。

イワノ
(本当の?)

ユエ
もちろん、どんな質問をするのかはキジマさんの自由です。

ユエ
これはいわゆる、ポリグラフ。

ユエ
ちょっと刺激の強い嘘発見器でございます。

ユエ
イワノさんはキジマさんの質問に対して、正直に答えればいい。

ユエ
これを3問乗り切るだけで和解成立。

ユエ
これまでやってきた中でも、特に簡単なものですよ。

ユエ
正直に答えることができるのであれば――の話ですが。

イワノ
(正直な答える――それはいいけど、どこまで書いてあるんだ?)

イワノ
(あのプロフィールとかいうやつ)

ユエ
さぁ、それでは参りましょうか。

ユエ
キジマさん、彼にひとつめの質問を――。

キジマ
じゃあ、イワノが受けたTOEICの最高得点は……880点である。

イワノ
(げっ、いきなりTOEICの話かよ。別に履歴書に書いたわけでもないし、口で言って回ってるだけなんだけど)

イワノ
(実はTOEICなんて受けたことすらないんだわ)

イワノ
(なんかそう言っておけば、仕事ができるみたいに見られそうだし)

ユエ
イワノさん、お答えください。

イワノ
(そもそもTOEICなんて受けたこともないんだから、最高得点の話も嘘)

イワノ
(嘘だと認めれば、血を抜かれずに済むけど――こいつに嘘だってバレるのは嫌だな)

イワノ
イ、イエス……。

ユエ
イワノさん、本当のことはキジマさんが持っているファイルに全部書いてあるのですよ?

ユエ
なぜ、見栄を張る必要があるのですか?

ユエ
キジマさん、実際のところどうなのでしょうか?

キジマ
えっと……そもそもTOEICを受けたことすらないみたいですね。

ユエ
左様でございます。

ユエ
では、ホンドウ――。

どこにスタンバイしていたのか分からないが、どこからともなくホンドウが姿を現す。
ホンドウ
お願いですから、俺を人殺しにしないでくださいね。

針の刺さったところから、細い管を伝って、真っ赤な血が機械の方へと消えていく。
ユエ
個人差がありますから、致死量がいかほどかは分かりませんが、具合が悪くなったらおっしゃってください。

ユエ
話をお伺いするだけで、それ以上のことはしませんが。

イワノ
(くそ、俺の血が抜かれてく)

自分が見下していた人間に恥を晒すか、それとも命をとるか。
実に簡単な問題は、しかし彼の虚栄心によって複雑になっていく。