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それからの生活は、今まで以上に大変だった。
あの女が度々、目の前に現れる。
現れるのは決まって夜だけど、いつくるのかまでは分からない。
それが怖くて、本当に怖くて。
夜は眠れなくて、いつも怯えている。
周りには見えないのに、僕だけは見える。
そういう状況が続いて、ついに僕は宣言通りに父から見放された。
その時に言われた言葉が、今となっても忘れられない。
お前の言ってることが分からない
家の恥さらしめ
そう、分からないだろう。
あの"イミマ"に入れられた日から、信じたくもない恐怖がずっと押し寄せてくる。
こんな苦痛が。
この父親に、分かってたまるか。
こうして僕は、家を出た。
中学卒業後、僕はすぐに就職した。
そうしなければ生活もままならないし、体も別段強くなかったけれど、生きるためにはやるしかなかった。
まさに骨身を削る思いで、恐怖と疲労に闘う毎日。
地獄に違いなかった。
……でも。
それから10年後。
職を転々としていたが、ある会社に拾ってもらった。
みんな気さくで、人と関わるのが苦手な僕に対しても、温かく接してくれた。
何とか気を持って、必死に生きていた。
そんなある日のことだった。
久
千鶴
久
千鶴
久
千鶴
久
千鶴
千鶴
久
千鶴
千鶴
千鶴
久
彼女……千鶴さんから渡されたのは、デコレーションされている包装紙に入ったチョコレートだった。
何が何だかわからずに、視線を泳がせていると。
デスクの上に立てかけてあったものが、目に入った。
僕はカレンダーに目をやった。
2月14日だった。
僕と千鶴さんはチョコレートをきっかけにして、だんだんと仲良くなった。
仕事上の付き合いだけではなくて、個人的な付き合いも多くなり、そして男女間の付き合いも始めた。
それでも尚、あの女はたまに現れた。 しかし、その頻度も心なしか減ったように思えたし、今は千鶴さんのことで頭がいっぱいだった。
そして、付き合い始めてから2年が経った。
相変わらず人付き合いは苦手だったけど、彼女とデートを重ねるうち、もう、何の障壁もなかった。
だから、遊園地に行こうなんて言ってみた。
更には、観覧車のなかでプロポーズをしようなんて思った。
恋愛をしたこともなかった僕は、こんな方法が正当なんだとばかり思っていた。
いや、そう言い聞かせて、断られる不安を押し殺したかったに違いない。
もう夕暮れだった。
久
千鶴
千鶴
久
千鶴
久
久
千鶴
久
千鶴
久
久
下手な言葉を吐く気はなかった。
自分の想いを伝えたかっただけだから。
しかし、千鶴さんの目を見ることはできなかった。
久
千鶴
心臓の鼓動が聞こえてくる。
文字通り、胸が張り裂けそうだった。
千鶴
久
久
千鶴
千鶴
久
久
久
千鶴
思いとは裏腹に、静かに、そして唐突に運命は定められた。
叫びたい気持ちを抑えて、僕は千鶴さんを静かに抱きしめた。
それから更に3年後。
僕は30歳になった。
千鶴さんは2つ年上だったから、32歳という勘定になる。
これまでは僕の家に同棲していた時期もあったが、家賃も生活費も節約しようと、千鶴さんの家に同棲することになった。
……千鶴さんは、実家暮らしだった。
つまり、既に挨拶は済ませてあった向こうのお義父さんと、お義母さんとも一緒に暮らすことになる。
不安で仕方がなかったが、止むを得ず、千鶴さんの意向に従った。
千鶴
友枝
友枝
友枝
哲夫
哲夫
哲夫
友枝
友枝
久
千鶴
千鶴
千鶴
久
もともと中学を卒業して、すぐに就職活動を始めたわけだから、十分な稼ぎを得ているというわけではない。
会社に勤めて長くもなったし、昇進も適切にしてくれている恩のある会社であるが、千鶴さんが産休に入れば生活の糧を作るのは僕一人だ。
今のうちから、無理のない生活を送るために、ここに越してきた。
……しかし、上手くやれるかは心配だった。
千鶴さんの実家に移り住んでから、2週間が経ったであろうか。
慣れないことも多いが、何とかやりくりをしていた。
着実に、順調に生活を営んでいた。
………しかし。
幸せは長くは続かない。
久
千鶴
深夜1時。
千鶴さんはもう眠っていたようだが、何となく僕は眠れなかった。
目を開けて、ただ天井を見つめる。
天井には幾何学的なデザインが入っているが、劣化して不細工な模様となってしまっている。
同じような幾筋もの線が流れている。
……ん?
天井の端に、黒ずんだシミがある。
普段は気が付かなかったが、結構大きなシミだ。
一体、何なんだろうか。
何故か、目が離せない。
嫌な予感がする。
そう思っていると。
久
シミが動いた。
しかも、こちらに向かって来ているような気がする。
いや、確実に来ている。
久
体は全く動かない。
目も釘付けのままだ。
もぞ、もぞ。
シミは僕の真上まで動いた。
そこで。
久
シミから髪が伸びてきた。
いや、シミだと思っていたものは。
それ自体が髪の毛の塊だ。
長い、長い髪が。
天井から垂れている。
やがてその髪は、僕の顔にかかる。
天井の髪の塊からは、まだ、何かが出てこようとしていた。
見たくない。
しかし、目が離せない。
久
千鶴
千鶴さんに助けを求めても、気付く気配すらなかった。
そうしている間に、髪の塊からは何かがヌッとでできた。
それは、あの女の顔だった。
アアアアア
久
必死で声を出そうとするが、虚しくも掠れた囁きにしかならない。
アアアアアアアアアアアアアア
女の顔がゆっくりと降りてくる。
目を見開き、口を開けて、耳が痛いほどに発声し続ける。
恐ろしいのは、恨みがましくといった様子ではないのだ。
長年、ずっと襲われ続けたからわかるが、この女は笑っている。
こちらを見て、笑っているのだ。
久
アアアアアアアア
とうとう、女の顔は僕の顔の目の前に来た。
はっきりと、その喜色満面が見える。
怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。
そこで、女の声がピタッと止まった。
これは、初めてのことだった。
一体、何があったのか。
久
う
う、う、う
う
女は、また一拍置いてから。
目の前で笑った。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
口から牙が覗く。
それは赤黒く染まっている。
ここにきて、殺される。
死ぬ。
死ぬぞ。
久
僕は絶叫した。