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翌朝。 教室に着くと、二葉の姿がない。

一條恭平

(珍しいな。基本俺が来る頃には来てるのに)

意外に思いつつ俺が席に着いた時に、左ポケットがブルルと震える。

携帯を取り出して画面を見る。着信は二葉からのメッセージだった。

ようやく返ってきたか……そう思ったのもつかの間、たった一言の短い内容を見て、俺の思考は止まった。

 

二葉桐男

襲われた

放課後になり、生徒棟を出た俺は、その足で正門付近に建つメディアセンターへと向かった。

入ってすぐにある事務室で、複合プリンターを操作していた所に、

三国綾乃

一條君! 何さっきのメッセージ!?

三国が血相を変えて飛び込んでくる。

一條恭平

あんまり大きい声で言うなよ。学校からの説明じゃ、ただの事故ってことになってるんだから

三国綾乃

あ、ご、ごめんなさい……

一條恭平

そんな重傷じゃねえ。ただ右膝の打撲だとかで、少しの間は学校に来れないってさ

ピーピーという音を立ててスキャンが終わる。

俺は先生からの依頼で、学校に来れない二葉に代わり、ノートやらプリントやらをPDFにまとめていたのだ。

スキャン元の資料を取り出した俺は、複合プリンターの画面の操作を始める。

スキャンしたデータは、ここから各生徒に配布された連絡用のメールアドレスに送れるはずだ。

操作の間も、三国が心配そうな顔で尋ねてくる。

三国綾乃

もう少し詳しく教えてよ。何があったのよ?

一條恭平

……余計な真似されたら嫌だからって、お前には話すなって二葉から口止めされてんだけどな

三国綾乃

そんな……私だって空気は読むわよ! 余計なことなんてしないわ! だから……!

一條恭平

分かった分かった。話してやるから落ち着け

いきり立つ三国を宥める。

二葉のアドレスにデータを送った俺は、場所を変えようと事務室を出る。

適当な場所を求めて廊下を歩きつつ、誰も聞いていないことを確かめてから、三国に詳しい事情を話し始めた。

ホームルームの連絡では、二葉は貰い事故に遭ったと先生が話していた。

恐らく、他の生徒の不安を煽らないための判断だろう。だがその真相は完全な強盗致傷事件だ。

俺は授業中や休み時間に、先生の目を盗んで二葉とメッセージでやり取りし、事の仔細を聞き出していた。

 

昨日の放課後、二葉も独自に勧誘活動をしていたが、特にめぼしい成果もないまま、1時間半後には学校を出て、バス停へと向かった。

ただし、運悪く文化部の帰宅ラッシュと被ってしまい、バス停前がかなり混み合ってしまったため、徒歩で歩けるところまで歩こうとした。

途中で近道のために路地裏に入った所、後方から自転車の走行音が聞こえてきた。

道を譲ろうと端に寄ったものの、直後に自転車に激突されてしまったという。

最初は、向こうも自分を避けようと端に寄ってしまったのかと思ったそうだが……。

倒れ込んだ二葉に対し、相手は謝るどころか、ポケットをまさぐり、財布を奪おうとしてきたという。

その時点で激突が故意だと気付いた二葉は、必死に抵抗したものの、あえなく財布を抜かれ、中に入れていた一万数千円を奪われた。

相手はトドメとばかりに、ぶつけた二葉の右足を何度も踏みつけたあと、そのまま自転車に乗り逃走した……。

人気のない非常階段にやってきたところで、あらかた事情を話し終える。

三国綾乃

犯人の顔は分かってるの?

一條恭平

駄目だ……マスクとサングラスでがっちり隠してたそうだ。服装もシンプルな黒のジャージだったらしい

三国綾乃

それじゃ、自転車は?

一條恭平

普通のママチャリ。どこにでもある奴だとさ

三国綾乃

うーん……なかなか特定は難しそうね……

三国は腕を組んで深く考え込んでいる。

一條恭平

お前……まさか犯人を突き止めるつもりか?

三国綾乃

当たり前じゃない。友達が酷い目にあったのに、黙っていられる訳がないでしょう?

一條恭平

余計な真似はしないって、ついさっき聞いた覚えがあんだが

三国綾乃

だからしないわよ。適当な憶測や当てずっぽうはしない。一日でも早く解決するよう手を尽くすわ

一條恭平

(……それが余計なことだと思うんだけどな)

俺は心中でツッコミを入れる。まあ、彼女に話した時点でこうなることは覚悟していた。

三国綾乃

一條君だって、こういう事件の時に黙っていられるような人じゃないでしょ? 腐っても元ヤンなんだから

一條恭平

……なんで元ヤンって知ってんだ

三国綾乃

パパの内部資料を見てたら、要注意生徒のリストにあなたの名前があったのよ。思わず二度見したわ

一條恭平

……俺としてはお前をリストの筆頭に加えたいところだな

非常階段の三段目に座り込み、俺は頬杖を突く。まあ、三国の質問に否定はしない。

二葉には悪いが、俺とて友達にここまでの怪我を負わされて、黙っていられるほどまだ更生はできていない。

どうにかして犯人をサツよりも早く見つけ出し、一発入れてやりたい気分だ。

ただ……三国を呼んだ一番の理由は、事件のことを話すためではない。

一條恭平

実はもう1つ、お前に話があるんだよ

三国綾乃

あら、何かしら? 

三国はいかにも興味津々といった様子で迫る。

香水かシャンプーか、少し甘めのウッディな香りが俺の鼻腔にふわっと流れた。

一條恭平

お香は霊に効果あるのかね

三国綾乃

いいから早く話して

一條恭平

へいへい……

昨日の夕方、優紀に取り憑いた生霊の件を話す。

話を聞き終えた三国は、眉間にシワを寄せつつ、

三国綾乃

……結論から言うと、祓うのは無理ね

と、一言。嫌いな食べ物を口に突っ込まれたように苦々しい表情だ。

三国綾乃

霊そのものを祓うのは、難しいけれど出来ないことじゃない

三国綾乃

けど、未練を断ち切れば成仏する普通の霊と違って、生霊の根源は生きている人間よ

三国綾乃

祓ったところで、また本人から呪いをかけられるのが目に見えているわ

三国綾乃

おまけに、その五代って子は相当数の人間から恨みを買っているんでしょう? そんな人数の霊を祓うなんて無茶よ

一條恭平

やっぱりそうか……

俺は深いため息をつく。

分かってはいたことだが……あのおぞましい霊に取り憑かれているのも、全て優紀の自業自得なのだ。

霊だけ祓ってもらおうなんて虫が良すぎる。

三国綾乃

一條君は友達なんでしょう? その子を説得して更生させるのが、一番の解決策だと思うわ

一條恭平

それしかねえよなあ、やっぱ

三国綾乃

なんなら私も……

一條恭平

止めろ。止めてくれ

三国の申し出を、俺は即座に、力強い口調で断る。

一條恭平

アイツは3個上の先輩を病院送りにするような奴だぞ? 揉めたらタダじゃ済まねえんだよ

三国綾乃

揉めなきゃ良いじゃない

一條恭平

揉めるに決まってんだろ。どうせ勧誘するつもりだろ?

三国綾乃

う……

俺が三国の下心を言い当てると、彼女は少しひるんだ。

一條恭平

頼むから絶対会おうとしないでくれ。話なら俺がしといてやるから

三国綾乃

わ、分かったわよ

前のめりで俺が詰め寄ると、一応彼女は頷いてくれる。

一條恭平

それよりよ、本当に生霊に対して協力できることはねえのかよ? なんか気休めでもいいからよ

三国綾乃

うーん……その程度ならないことはないわ。護符を常に持ち歩くのよ

一條恭平

護符って、アレか? かまくびさんに立ち向かった時に、ネックウォーマーの中に入れたとかいう御札

三国綾乃

ちょっと違うけど似たようなものね。霊障を防ぐというより、霊そのものを追い払う効果を持つ御札よ

三国綾乃

かまくびさんレベルの手強い霊だと効果がないけど、今回の生霊くらいなら寄り付かなくなるはずだわ

三国綾乃

肌身離さず身に着けておけば、家の中くらいの範囲になら立ち入らなくなると思う

一條恭平

おお、良いじゃねえか。それで良いからくれよ

三国綾乃

分かった。明日にでも貰ってくるわ

三国綾乃

けれど覚えておいて。あくまで寄り付かなくなるだけで、生霊そのものを追い払う訳じゃないわ

三国綾乃

効力の範囲外に出たら襲ってくるし、結局は恨みの元を絶たないと、時間稼ぎにしかならないわよ

一條恭平

ああ、分かった

俺はしっかりと頷く。まあ、俺が理解したところで余り意味はないのだが……。

三国に護符の手配を任せ、俺は彼女と別れる。

一條恭平

(とりあえず部員探しは一時中断だな。今は二葉をボコった犯人を探そう)

犯人の手がかりを知ってそうな奴と言えば……すぐに思い浮かんだのは、

一條恭平

(優紀なら……何か知ってるかも知れねえな。ちょっと聞いてみるか)

そう思い立ち、携帯で優紀にメッセージを入れるが、返事はない。

とりあえずこっちから会いに行こう。中庭に出た俺は、早歩きでD棟に向かう。

D棟の昇降口に着いた俺は、上履きに履き替えようとして……気付く。

履き替えるも何も、ここに俺の下駄箱はないじゃないか。どうすればいいんだ?

???

あら? 一條君、こんなところで何してるの?

悩んでいた所に、聞き覚えのある声。

廊下の方から、香月が不思議そうな表情でこちらに歩いてきた。彼女は上靴を履いている。

一條恭平

10組の友達に会いに来たんだけど……靴とかどうすればいいんだ?

香月七瀬

外靴のままじゃ入れないわよ。一旦B棟に戻って上履きに履き替えて、渡り廊下から移動するの

一條恭平

ああそっか、そうだったな……すっかり忘れてた

一條恭平

つっても、こっから戻るのめんどくせえな……来客用のスリッパとかないんか?

香月七瀬

来客用のスリッパは来客用です。生徒は上履きを使って下さい

一條恭平

すんません

先生のようなお硬い態度でたしなめられる。クラス委員長にそんなズルを相談したのが間違いだった。

香月七瀬

ところで、D棟には何の用で来たの? 例の部活の勧誘?

一條恭平

いや、10組の友達に会いに。そっちは?

香月七瀬

校報用の写真の撮影よ。学校中を歩き回ってるの

スカートのポケットから、ちらりとデジカメを覗かせる。なるほど、今も新聞部の活動中ということだと。

一條恭平

なるほどな。じゃ、俺はB棟に戻るわ。教えてくれてありがとな

香月七瀬

ええ、それじゃ……

俺は香月に別れを告げて、B棟に向けて歩き出す。しかし……

香月七瀬

……待って!

やや焦った声で、彼女に呼び止められた。俺は引き返す。

一條恭平

どうした?

香月七瀬

もしかして……その10組の友人って、五代君?

一條恭平

そうだけど……なんで香月が……

香月七瀬

私も一緒に行くから、その時に話すわ。渡り廊下のところで待ってるね

香月は踵を返して、渡り廊下の方へ歩いていく。

どうして彼女が優紀と……そう思った時に、昨日四宮が香月と友達だと言っていたことを思い出した。

四宮と優紀が友達だったとしたら、その関係で香月も優紀と縁があってもおかしくない。

いや……というかそもそも、香月と優紀は内部進学組だ。先に2人が中等部で知り合い、優紀を通して四宮と香月が仲良くなったと考えるのが自然だろう。

一條恭平

(ただ……あんな真面目そうな子が、なんで優紀なんかと……?)

B棟で靴を履き替えた俺は、急いで渡り廊下を歩き、香月の元に向かった。

一條恭平

待たせたな

香月七瀬

大丈夫よ。それより二葉君の怪我は大丈夫なの? 一応私からも連絡はしたんだけど

一條恭平

そっちも大丈夫だ。ゴールデンウィーク明けには来れると思うぜ

一條恭平

それより、優紀のことを教えてくれよ

香月七瀬

……五代君とは、中等部の二年と三年で一緒だったの

廊下を歩き出してすぐ、彼女が神妙な顔で口を開く。

香月七瀬

彼の事情は、二葉君とかから聞いてる?

一條恭平

まあな……中三の秋にやらかしちまったんだろ?

香月七瀬

ええ……だけど、五代君は噂ほど悪い人じゃないと思うわ

香月七瀬

中二の頃に、高等部の悪い先輩に絡まれたことがあって……その時、通りがかった五代君に助けてもらったことがあるの

香月七瀬

それからは、恩返しのためにできる限り五代君の力になってあげたわ

香月七瀬

中三の3学期は一度も学校に来れなかったから、何回か五代君の勉強を見に家に行ったこともあるの

一條恭平

そうか……

香月七瀬

一條君、今心の中で驚いてるでしょ

香月七瀬

『こんな奴がアイツの面倒なんてみるのか』って

一條恭平

い、いや……そんなことは

図星を突かれて、俺はうろたえた。香月はふふっと笑ってから話を続ける。

香月七瀬

それでついさっき、五代君の部屋に飾ってあった写真を思い出したの

香月七瀬

一緒に写ってた友達は、一條君そっくりだったわ

一條恭平

そっくりも何も俺だよ。たぶん大東山の写真だろ? 小6の夏にアイツと山登りに行ったんだよ

香月七瀬

やっぱり……それでピンときたのよ

香月七瀬

五代君が荒れてるから、心配になって声をかけに来たんでしょう?

一條恭平

まあ……そんなところだ

俺は彼女に気取られないよう、視線を合わせずに頷いた。

二葉を襲った犯人の聞き込みに来た……だなんて、到底言えない。

10組に着いた俺たちは、近くにいた生徒に優紀の居場所を聞く。しかし……。

生徒

知らねえよ……アイツの居場所なんて

名前を出した途端、視線は伏し目がちになり、警戒の雰囲気がにじみ出てきた。

……こういう反応が返ってくるのは、覚悟はしていた。

生徒

鞄はまだあるけど……どこに行ってるかなんて知らねえよ。俺に聞かないでくれ

生徒はそう言い残して、逃げるようにその場を去ってしまう。

別の誰かに当たるか……そう思って辺りを見渡す。

しかし、クラスの生徒は示し合わせたかのように、顔を伏せて俺達とは目を合わせない。

一條恭平

(……アイツ、こっちでも爪弾きになってんのか)

香月七瀬

……予想はしてたけどね

教室を出てすぐ、香月はやや落ち込んだ様子で話す。

香月七瀬

五代君、最近は放課後になったら、しばらく校内の何処かを歩き回ってるらしいの

香月七瀬

たぶん誰かを探してるんだと思う

一條恭平

誰かって、誰をだ?

香月七瀬

それが知りたいからここに来たのよ。結局無駄足だったけれど……

香月七瀬

メッセージで聞いてみたいけど、ブロックされちゃったのか、全然反応してくれないし……

うつむく香月。レンズの向こうで寂しそうに目を泳がせる。

一條恭平

違うよ香月。アイツで喧嘩で携帯壊して、換える時に引き継ぎミスったんだとよ

一條恭平

俺は昨日、アイツと連絡先交換したから、良ければ俺の方から言っとくよ

香月七瀬

あっ……ありがとう一條君

俺の言葉を聞いて、香月は勢い良く顔を上げた。曇っていた表情がぱあっと明るくなる。

一條恭平

(真面目一辺倒の性格かと思ってたが、こういう面もあるんだな)

一條恭平

(そうだ……香月なら、四宮と優紀の関係も知ってるか?)

一條恭平

香月は、四宮とも友達なんだよな?

香月七瀬

ええ……沙紀ちゃんを知ってるの?

一條恭平

昨日知り合って、俺が4組だって話したら聞かれたんだ

一條恭平

それで……四宮と優紀も、友達なのか?

香月七瀬

…………

俺が尋ねると、香月の顔色がまた変わった。さっきと同じ暗い顔……いや、それよりは物悲しいような面持ちになる。

そのまま彼女はまたうつむいて、少しの間黙り込んでしまう。

どうしたんだよ……俺がそう声をかけようとした時に、

香月七瀬

……友達……というよりは……

一條恭平

……!

鈍感な俺は、そこでようやく気付き、息をつまらせる。

彼女が二の句を継ぐ前に、自分から話を変えた。

一條恭平

ま、まあ、とにかく、無関係じゃないんだな? それさえ分かりゃいいよ、悪かった

香月七瀬

え、ええ……

一條恭平

とりあえず、優紀の奴を探しに行こう。俺も色々聞きたいことがあるからさ

一條恭平

まあ……なんだ、2人一緒じゃ効率悪いし、別々に探すか。見付かったら連絡くれ

香月七瀬

……分かったわ

一條恭平

じゃあ……

俺は香月に短く別れを告げて、D棟の廊下を足早に歩き出した。

一條恭平

(やっちまったな……)

B棟に戻り、靴を履き替えて外に出た俺は、自分の無神経さを恥じる。

優紀の家にまで行ったという時点で察するべきだった。同性の俺がアイツと遊ぶなどとは訳が違うのである。

香月七瀬

友達……というよりは……

香月の切ない表情が忘れられない。

生煮えのまま心の片隅に追いやっていた感情が出てきそうになるのを、必死にこらえている……。

あの時の彼女は、そんな顔を浮かべていた。

昨日の堅物な態度からは想像もつかない、彼女の一面を覗いてしまった気がする。

恐らく、俺が優紀の友人だからこそ、彼女も誤魔化すことはしなかったのだろうが……。

一條恭平

(やべえな……なんか、思っきし踏み込んじゃいけないところに踏み込んでる気がする)

予想だにしなかった三角関係に戸惑う。とりあえず、これ以上3人の仲には立ち入らないでおこう。

一條恭平

(それよか、早く優紀を探さないとな……)

一條恭平

(つっても、この広い敷地内のどこをうろついてんだアイツは?)

パンフレットやホームページで何度も目にした、広大な明学の敷地を思い出し、俺はげんなりする。

あてもなくうろつくよりは、アイツに送ったメッセージの返信が来るのを待った方が良いじゃないんだろうか……。

そう思った時に、携帯が細かく震えた。

優紀からか……? と思ったが、画面の相手は三国。それも通話だ。俺は応答のアイコンをタップする。

一條恭平

なんだよ? 護符って奴、もう貰ってきたのか?

三国綾乃

ううん、違うわ。五代君が何か揉め事起こしてるみたいだから、伝えておこうと思って

一條恭平

……は?

三国綾乃

今守衛室にいるのよ。護符を貰いに行く前に、警備員にしばらく五代君をマークしておくよう指示しておこうと思って

三国綾乃

そしたらちょうど、柔剣道場前の監視カメラで、この前の上級生たちを追いかけてる五代君を見つけたのよ。何かトラブってるみたいよ

一條恭平

…………

声を出さずにため息をつく。こいつはどこまで理事長権限を乱用するつもりなのだろうか。

一條恭平

(まあ、今回ばかりはありがたかったけどな……)

三国綾乃

どうするの一條君? あなたが行かないなら警備員を向かわせるけれど

一條恭平

いや……俺が行くよ

三国綾乃

分かったわ。方角的に、たぶん今は裏口の近くにいると思う

三国綾乃

できるだけ早く行ってあげてね。なんか結構怒ってるみたいだったわよ

一條恭平

ああ、分かったよ

通話を切った俺は、香月にメッセージで優紀の場所を伝えてから、携帯をしまって走り出した。

最短ルートを走り、俺は柔剣道場までやってくる。そのまま裏口へと回った。

一條恭平

(いた……!)

五代優紀

早く言えコラ……女だからって殴られねえとでも思ってんのか?

上級生A

い、嫌ぁ……!

優紀は女子生徒の胸ぐらをつかみ、銃剣道上の壁に押し当てている。俺は慌てて駆け寄った。

一條恭平

止めろ優紀!

五代優紀

くっ……

勇気の肩を掴んで無理やり引き剥がす。女子生徒はげほげほと咳き込みながらその場にうずくまった。

上級生A

なんなのよアンタ……アタシが何したっていうのよ!

五代優紀

とぼけてんじゃねぇぞ! お前が俺の……俺のダチから金巻き上げようとしたってのは知ってんだ!

五代優紀

どうせ相沢の指示だろうが! 吐け! アイツは今どこにいるんだ!

上級生A

ひぃっ……!

一條恭平

だから落ち着けって!

優紀はいまだ怒りが冷めない。彼が手を出さないよう、2人の間に割り込む。

……同時に、女子生徒が逃げ出すことのないよう、それとなく逃げ道を塞いだ。守りはするが、カツアゲをしていた奴を見逃すつもりはない。

一條恭平

何があったんだよお前?

五代優紀

だから、言った通りだよ。こいつが俺のダチをカツアゲしてたのが許せねぇだけだ

一條恭平

じゃあ相沢ってのは誰だよ?

五代優紀

…………

優紀は後半の質問には答えない。代わりに、観念した様子で、目の前の上級生が口を開く。

上級生A

……去年コイツが病院送りにした、サッカー部の先輩だよ

一條恭平

……!

それで俺は思い出した。二葉が話していた、優紀と揉めた生徒が、同じ名字だったことを。

上級生A

アタシの彼氏が、その人の元後輩で……今月のはじめ頃から、金持ってこいって脅されてるみたいなんだ

上級生A

アタシだって、あんなことして悪いと思ってるよ!

上級生A

けどその先輩、半グレとも付き合いがあるみたいだから、彼も逆らえなくて……だから……

沈んだ口調で、女子生徒はぽつぽつと語る。

もちろん、理由があればカツアゲをして良いわけではないが……恐怖と申し訳無さが混じったその雰囲気に、少しだけ同情の念を覚えた。

上級生A

あの人、アンタが負わせた怪我のせいで、決まってたスポーツ推薦もフイになったみたいで、相当やさぐれてるみたいよ

上級生A

アタシの彼以外にも、サッカー部時代の後輩とかに命令して、あちこちから金を集めさせてるみたい

一條恭平

なんで金なんか集めてるんだよ

上級生A

生活費でしょ……彼氏の話じゃ、親からも勘当されて、街を転々としてるみたいだから

五代優紀

……今はどこで何してんだよ。言え

上級生A

そ、そこまでは知らないよ……もういいでしょ? もうカツアゲなんかしないから、許してよ……

しおらしい態度で女子生徒は懇願してくる。

流石に可哀想になった俺は、優紀をガードしつつ、そっと道を空ける。彼女はすかさず脇を走り抜け、一目散に逃げていった。

五代優紀

……何勝手に逃がしてんだよ

一條恭平

良いだろもう。怒りならその相沢って奴にぶつけろよ

五代優紀

ちっ……

タッタッタッタッ

軽い足音が聞こえてくる。女子生徒が走っていった方を見ると、香月が息を切らせて向かってきていた。

香月七瀬

五代君!

五代優紀

……ちっ……

香月が少し怒ったような口調で呼びかける。優紀はまた舌打ちした。

香月七瀬

さっき、女子の先輩が、怯えた感じで走って出てきたけど……まさか……

一條恭平

だ、大丈夫だ。手出したりはしてないから──

香月七瀬

そういう問題じゃないでしょう!

俺の弁明は切って捨てられる。

香月七瀬

もう乱暴な真似は止めてって、あれほど何度も言ってるじゃない! どうして分かってくれないの!

五代優紀

……お前には関係ねえだろ。もうクラスも違うんだからよ

香月七瀬

何よ……なんなのよその言い草!

一條恭平

お、落ち着け香月

声を荒げて優紀に詰め寄ろうとする香月をなだめる。

彼女は普段とはかけ離れた荒々しい雰囲気で、俺の身体越しに不満をぶつける。

香月七瀬

私はあなたに恩を返したいのよ! あなたにあの時助けてもらわなかったら、一生残る傷を負わされてたかも知れない……

香月七瀬

あの場を救ってもらった五代君には、感謝してもしきれないわ

香月七瀬

だからこそ、もうこんな乱暴は止めて欲しいの! これ以上問題を起こしたら、次は退学になるかも知れない。そんなの嫌なのよ!

香月七瀬

それなのに、人の気も知らないで……! 私がどれだけあなたのことを心配してると思ってるのよ!

五代優紀

…………

香月がどれだけ説得の言葉を重ねても、優紀は耳を傾けているようには思えない。しかし……。

香月七瀬

私だけじゃないわ。沙紀ちゃんだって……!

五代優紀

っ……!

香月が、四宮の名前を出した途端、

五代優紀

アイツは関係ねぇだろ!!

俺の後ろで優紀が叫んだ。ヒリついた気迫と合わせて、アレルギー反応のような、強い拒絶の雰囲気を感じる。

五代優紀

アイツは……俺とはなんの関係もねぇ。勝手な詮索すんじゃねぇっつってんだろ!

一條恭平

落ち着け。落ち着いてくれ、頼むから……

くるりと反転して、優紀の肩を強めに掴む。どれだけヒートアップすれば気が済むのか。

優紀は肩をいからせ、ぎりっと歯を噛み締めている。

怒っている……というよりは、癇癪を起こしているような、少し幼稚な迫力を感じた。

五代優紀

……アイツのことは、二度と口に出すな

五代優紀

それに……お前ももう、俺に関わるんじゃねえ

怒りがやや静まった後、優紀はそう香月に言い残して、不意に背を向けて歩いていってしまう。

香月七瀬

五代君──!

一條恭平

止せ……香月

追いすがろうとする香月を、俺は制した。ああなった優紀は、もう放っておくしかない。

五代優紀

それと、恭平……お前、沙紀に会っただろ

少し離れたところで優紀は足を止め、俺たちに背中を向けたまま話す。

一條恭平

ああ……昨日の放課後な

一條恭平

言っとくけど偶然だぜ。お前と知り合いだなんてこっちは全く知らなかったんだ

余計な疑いをかけられる前に、自分から釈明する。

やはり、あの時四宮が言っていた『友達』は優紀のこと……。

昨日の夜にでも、メッセージか何かで四宮が優紀に話したのだろう。俺と優紀の関係も知らずに。

五代優紀

……お前も関わるな。いいな

ジャッ ジャッ ジャッ

それだけ言い残して、優紀は再び砂利道を歩き出す。

俺たちを一瞥することもなく、ぶっきらぼうな足取りで、柔剣道場の角を曲がり、そのまま姿を消した。

香月七瀬

……五代君……

香月が切なげに呟く。

足音が聞こえなくなり、もうアイツに声が届かないだろうと確信してから、俺は口を開いた。

一條恭平

香月……アンタと四宮は、いつ頃知り合ったんだ?

香月七瀬

……中二の冬頃。偶然、駅前の本屋で……

香月七瀬

お互いにただの友達だって言ってたけど……2人がお互いを大切に思い合ってるのはすぐに分かったわ

俺の後ろで香月が話し続ける。彼女の顔を見るのに気が引けて、そのまま話を続ける。

香月七瀬

沙紀ちゃんは、来年明学を受験するって言うから、何回か勉強を見てあげて、その内に仲良くなったわ

香月七瀬

その頃は五代君も、あんなに仲を否定するほどじゃなかった

香月七瀬

なのに……去年の秋頃から、今みたいな態度になって、2人で会うことも全く無くなったの

一條恭平

去年の秋……相沢の事件と何か関係ありそうだな

香月七瀬

私もそう思う……でも、何があったのかは、2人共全く話してくれなくて……

香月七瀬

もう私、どうしたら良いのか……

一條恭平

…………

香月の声に、悲痛な色合いが滲んでくる。小さくだが、えずく声も聞こえてきた。

一條恭平

香月……とりあえずこの件は、俺に任せてくれよ

彼女を安心させるように、穏やかに口を開く。

一條恭平

香月は心配かも知れないけどさ……優紀にとっては、どうしても相沢とケリを着けたい事情があると思うんだ

一條恭平

アイツは説得したところで聞いてくれるような奴じゃねえ

一條恭平

それなら俺がそばにいて、アイツがやらかさないか見ておいてやるよ

白々しい調子で話を続ける。

実際には俺も、一緒になってやらかすタイプなのだが、今の見た目なら説得力も出るだろう。

香月七瀬

うん……分かった

香月は俺の言葉に、安心したような声を発した。

一條恭平

(アイツが相沢とかいう奴に相当の恨みを抱いているのは確かだ)

一條恭平

(だったら、その恨みを果たすのを手伝ってやるのが、ダチってモンだよな)

ためらうことなくそんな思考に至り、我ながら全く更生できていないことを自覚する。

ただ、相沢たちを前にした時、俺の方が優紀より冷静でいられる自信はある。

アイツはカッとなると手がつけられなくなるタイプだし、お目付け役は必要だろう……勝手な理屈かも知れないが。

一條恭平

何かあったらこっちから連絡するから、色々落ち着くまでアイツには近付かない方が良いぞ

一條恭平

昨日も相沢の舎弟っぽい奴に襲われてたし、優紀と一緒にいるところを見られたら、巻き込まれるかも知れないからさ

一條恭平

優紀と四宮が付き合いを止めたのも、多分同じような理由だと思う

香月七瀬

……ええ、分かったわ

俺の忠告に、香月は素直に従ってくれる。

相沢たちの他にも、あの生霊に襲われないようにと言う配慮もある。まあ、こちらは言ったところで信じてくれそうにないが……。

もう顔を見ても大丈夫だろうと思い、俺は振り返った。

香月七瀬

五代君を……よろしくね

少し弱々しくはあるが、いつもとそう変わらない態度で、香月が俺に頼んでくる。

一條恭平

ああ

若干の罪悪感を抱えつつも、彼女を安心させるように、俺はしっかりと頷いた。

レゾナンス ―明生学園 霊徒会日誌―

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