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渋谷大

――アンタが共感したっていう、昔の姉ちゃんの本音

渋谷大

今から俺が変えてやるよ

自信たっぷりに言い放った言葉に、それは動揺を見せていた

???

???

???

渋谷大

俺にとっては、姉ちゃんのほうがずっと特別だった

男の声を無視する形で、渋谷は眞珠に対してのみ話しかける

渋谷大

綺麗な髪も綺麗な目も、ずっと自慢で

渋谷大

姉ちゃんが俺に優しいのも嬉しくて

渋谷大

まるで漫画のヒロインそのものだって思ってた

渋谷大

……母さんと父さんがいないってのもあったけど

渋谷大

姉ちゃんのことは俺が守ろうって、思ってたよ

???

???

???

渋谷大

平凡だなんて、自分で思い込んでただけだろ

渋谷大

なにも得意なことなかった?ホントに?

渋谷大

頑張ってること、いっぱいあったろ

渋谷大

誰かと比べて平凡だなんて思い込んで

渋谷大

なんで自分の持ってるモノを見なかったんだよ

渋谷大

例え姉ちゃんにとって俺が特別に見えてたって

渋谷大

俺は俺のこと、特別だなんて思ったことなかった

渋谷大

姉ちゃんにはもっと自分を大事にしてほしかった

渋谷大

俺、まだ姉ちゃんがなにを好きだったのかも

渋谷大

将来やりたかったことも、知らないままだ

???

???

渋谷大

本当に、俺みたいになりたかった?

渋谷大

霊が見えて、妖怪が見えて

渋谷大

そのせいで怪我とかも多くて

渋谷大

たまに霊と生者を間違えて、変な目で見られたりする

渋谷大

そんな風に、なりたかったか?

渋谷大

――霊を見えるようになるのが、姉ちゃんの夢?

???

???

???

???

???

???

???

???

???

???

まるで大きく脈打つように、ソレの体が瞬間的に膨らむ

それがまるで、嘔吐を間近にした猫の背のように

ずくんずくんと衝撃を以て繰り返されるのを目にし

渋谷は静かに、片手を差し出して問いかけた

渋谷大

――死にたいと、思ったことは?

棘のように四方に伸びた一つの腕が、その手を取るように触れる

???

とたん、ソレは見上げるほど大きく膨れ上がり、ばつんと弾けた

飛び散った黒い粘体は、地に落ちるまでにサラサラと崩れ消えていく

中には苦悶や無念の声を上げる欠片もあったが

やはりそれらも、時を置かずその声を消していった

そして

渋谷大

姉ちゃん!!

渋田の手を取ったその腕の根本に、白い少女が腕を掲げたまま

夢うつつに、目を閉じて立っていた

渋谷眞珠

――大、くん

小さな呟きが漏れたとたん、その霊体は崩れるように倒れていく

咄嗟に地面を蹴り、落ちていくその指先に触れて

引き寄せ、土から庇うように抱き止めた

渋谷大

……姉、ちゃん?

おそるおそる声をかければ、まぶたが震える

固唾を飲んで見守る中

やがて青い目が開き、眞珠の頬は綻ぶように和らいだ

渋谷眞珠

おはよう、ただいま

まるで寝起きの、掠れた声だった

それを泣き笑いのように受け止め、渋谷もまた、掠れた声で口を開く

渋谷大

……おはよ、おかえり

わななきそうになる口元を必死に戒め、ようやく言葉になる

それをやはり目元を緩めて見、眞珠は渋谷の髪に手を伸ばした

渋谷眞珠

大くん、こんなに大きくなったの

渋谷眞珠

髪の毛、私と同じ色にしたのね

渋谷眞珠

綺麗に伸ばしてて、カッコいい

渋谷眞珠

私が言ったこと、覚えててくれたんだね

渋谷眞珠

……一人にして、ゴメンね

渋谷大

~~~っっ

柔らかな声色での謝罪に、たまらず涙が浮かぶ

それでも溢さないよう一度奥歯を噛みしめ

渋谷大

……いまさらすぎ

子どものように、笑って見せた

そんな再会に割り入るように、濁った呻きが空気を震わせる

伊芳臣

ア゛……ぁあ゛ウ……!!

伊芳臣

イ゛ヤだ……ダメだぁ……!

はじけ飛んだはずの黒い粘体

その中心地だった場所にうずくまっていたのは一人の男だった

霊体のそこかしこから黒い煙状のものを吹き出し

四散していく粘体の欠片を掻き集めようと蠢いている

伊芳臣

眞しゅがぃナいと、コんな

伊芳臣

なンで、なんデきみタぢまでい゛なグなる

伊芳臣

逃ガスものか、あギらメるモノか

伊芳臣

まだアイツらは生ぎテいル

伊芳臣

シャざいさレてなイ……!

伊芳臣

みドめらレテない゛

伊芳臣

オマェたぢモ゛たのシんでタぐせに

伊芳臣

僕ニすべてュだねデいたくセに゛!

伊芳臣

イまさラ

伊芳臣

い゛まサら゛ぁアあ゛ぁあアァあ゛あ!!!!

掻き集めた粘体の欠片をむりやり吸収し

それでも散逸しようとするものを押し込める姿はいっそ哀れに見える

身の内からあふれ出る粘体がまるで吐血や黒い涙のように流れていた

それを憐憫とも嫌悪ともつかない表情で見つめた渋谷が口を開く

渋谷大

――自分の意思じゃなかったからだ

伊芳臣

ヂがぅ!!

渋谷大

生者に恨みを持ってたのは本当だろうけどな

渋谷大

そいつらみんな、全部アンタに肩代わりさせる気だったんだ

渋谷大

自分じゃ何もしたくない

渋谷大

高みの見物をしていたい

渋谷大

コイツがやってくれるなら任せちまおう

渋谷大

……勝ち目がないなら、もういいやって

渋谷大

アンタが姉ちゃんの力を持ってたから

渋谷大

他人に霊力を分けるなんて、普通じゃない力を持ってたから

渋谷大

コイツの後ろで、盛り上げ役だけやっていようって

渋谷大

でも、姉ちゃんが抜けたから

渋谷大

だからそいつらも

伊芳臣

ちガう゛……!!

伊芳臣

コイツらを利よ゛ウしてタの゛はボクのほうだ

伊芳臣

ボくが使ゥ、まシゅのタめのタダの霊りょくタンク

伊芳臣

コイツらはみんな、ぼクに共感して、憧レて、だカら

伊芳臣

ぼくが利用されるがワだったなンて、そんな

伊芳臣

僕ハ

伊芳臣

僕は……!

伊芳臣

賞賛さレる側で、あるべきナんだ!!

顔面を伝う粘体をすべて拭い、乱暴に飲み下す

これまでひたすらに得体の知れないナニかとしか言えなかったソレが

はっきりと吐き気すら催す汚臭を放って立っていた

色摩猛

キッツ……

色摩猛

下水の臭いどころかコレ

色摩猛

数年掃除されてない、汲み取り式便所って感じ

久留間悟

やめろ具体的に表現すんな

久留間悟

聞いてるだけで靴まで臭くなる

本田芙蓉

渋やん

渋谷大

じっちゃん

本田芙蓉

お姉さんはこちらで保護しよう

本田芙蓉

――まだ、やりたいことが残っておるようじゃしな

皺だらけの手を眞珠に触れないまま、指先の向きで案内する

覚醒したばかりで状況を飲み込めていないためか

それとも見知らぬ老人によって弟から引き離される不安からか

困惑した表情で思案する眞珠に対し、渋谷は笑顔で応えた

渋谷大

じっちゃんのところにいて

渋谷大

カッコいいとこ見せたいんだ

渋谷眞珠

……わかった

不安げではあるものの、渋谷の意思を汲んだ様子で眞珠が背を向ける

それを安堵した表情で見送り、渋谷は改めて

今や汚臭の塊に成り果てた芳臣に向き合った

渋谷大

……ひでーことになったな、アンタ

渋谷大

同情する気持ちもなくはねぇよ

渋谷大

認められたい、褒められたい

渋谷大

それは誰でも持ってるもんだしさ

渋谷大

アンタの境遇考えりゃ、選べる道は少なかったのかもしれない

渋谷大

だけど

渋谷大

――アンタが姉ちゃん連れてったのは、変わりねぇんだ

渋谷大

許すのは、無理だよ

それは静かな声だった

渋谷大

計画邪魔されて、腹立ってんだろ?

渋谷大

悟やじっちゃんを、アンタをいじめた奴らの味方だと思ってる

渋谷大

自分は辛いときでも助けは来なかったのに

渋谷大

連中には助けが来たことに怒ってるな

渋谷大

理屈とか関係なく、嫌でたまらないんだろ?

渋谷大

自分一人が悪者にされるって現状が

渋谷大

追い詰めた奴らは無罪放免かってさ

渋谷大

……さぁ、不満のぶつけ合いでもやらかすか

渋谷大

お互い手も足も出るだろうけど

渋谷大

腹ん中に抱えてるよりゃ、ずっと楽になりそうだろ?

カタヅケ屋霊異記【完結】

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コメント

16

ユーザー
ユーザー

敵にもちょっと同情しちゃうけど、やっぱり行き過ぎた承認欲求は身を滅ぼしかねないんですよね…… そしてお姉ちゃんがちゃんと帰ってきてくれて嬉しいです…!もうやりとり1つ1つが泣けてくる…!! 次回も楽しみにしてます!!

ユーザー

カタヅケ屋に出会えて良かったです……!! 言うのはまだちょっと早かったかもしれません😅 砂守の声とともに、眞珠さんの声が聞こえてくる演出が本当に素敵でした 渋谷さんとの久しぶりの対面で、眞珠さんが「こんなに大きくなったの」と言うところがもう、本当は二人が再会できて嬉しい気持ちになるはずなのに、切ないやら悲しいやらで胸がいっぱいになってしまいました

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