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煌々と輝くナイター照明の下で、俺はスタートラインに立つ。
来た時に少しだけ感じていた肌寒さは、既に消え失せていた。
今は沸騰直前のような熱が全身を駆け回っている。
恐らく──彼の熱気によるものだろう。
実に10年ぶりに、彼はまた、走り出すのだ。
自然と身体が動く。 俺はしゃがみ込み、スターティングブロックに右足を置く。
身体が奥底からたぎってくる。 少しだけ湿った夜の空気が心地良い。
三国綾乃
脇に立つ三国が、流暢な掛け声を上げて、スターターピストルを高く掲げる。
三国綾乃
次の掛け声と共に、俺は腰を上げて構える。
高まっていた熱が瞬時に落ち着き、同時に精神が研ぎ澄まされる。
幾ばくかの沈黙のあとに、乾いた火薬の炸裂音が響く。
鼓膜から送られてきたその信号を認識した瞬間、身体は勝手に動き出す。
俺は──いや、彼は──弾かれたように、走り出した……。
三国綾乃
クラス替えの日……昼休みになり、昼食を終えてから集まった俺たちを前に、彼女はそう切り出した。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
五代優紀
三国綾乃
二葉桐男
二葉が怪訝な声を上げた。
二葉桐男
三国綾乃
五代優紀
今度は優紀の怪訝な声。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
四宮沙紀
ついに四宮まで、訝しむ声を上げた。当然だろう。
一條恭平
三国綾乃
二葉桐男
二葉が頬杖を突いて言い捨てる。
俺も、この短い話だけで、三国レベルの変人だと察する。流石に会いたくないというほどではないが……。
四宮沙紀
五代優紀
一條恭平
優紀の言葉にうんうんと頷く。
原高──正式名称は、東原体育大学附属原安(はらやす)高等学校。
体育大学の付属高校なだけあり、オリンピアンやプロスポーツ選手を何人も輩出している、県内一のスポーツ校である。
運動部の県大会では、どこの部も大体、決勝や準決勝辺りでウチとこの原校がぶつかる。そんで大体、ウチが負けてしまうらしい。
二葉桐男
三国綾乃
四宮沙紀
五代優紀
三国綾乃
二葉桐男
四宮沙紀
三国が名前を言った途端、二葉と四宮が同時に声を上げた。
二葉桐男
四宮沙紀
2人は口々に驚く。陸上には興味ないため知らなかったが、どうやらそれなりの有名人らしい。
一條恭平
五代優紀
俺が感心する傍ら、皮肉とかじゃなく本気で、優紀は会ったこともない相手に呆れていた。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
三国は満足げな表情で俺たちを見回す。
俺は別に良い。三国の友達がどういう子なのか(怖いもの見たさだが)興味がある。
だが他のメンバーは……。
二葉桐男
二葉桐男
まず、二葉が少し申し訳なさそうに言う。確かにあの足ではまだ動き回るのは厳しいだろう。
三国綾乃
四宮沙紀
三国綾乃
五代優紀
食い下がる三国を優紀が切り捨てる。結局、二葉・優紀・四宮は不参加ということになった。
三国綾乃
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
ゴールデンウィーク初日。
昼前に家を出た俺は、通学とは反対方向の電車に乗る。
原高の最寄り駅で降りると、出入り口で既に三国が待っていた。
周囲は原校の生徒と思わしき学生が何人も行き交っている。
どの生徒も、保健体育の教科書に載っていそうな、いきいきとした健康的な体つきだった。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
会って早々下らないやり取りを交わしながら、俺たちは原高の方面に向かう。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
途中でちょっと迷ったが、俺たちはなんとか原校までたどり着く。
フェンスの向こうに見えるグラウンドからは、どこかの運動部が熱心に練習を続けており、掛け声がここまで届く。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
俺たちは校門前に着く。 ちょうど午前練習の部活と午後練習の部活が入れ替わる時間帯に来てしまったせいで、生徒の出入りが激しい。
いきいきとした健康的な体つきの生徒たちが登校or下校していく中、俺はちょっとした居心地の悪さを感じつつ、敷地内に入る。
学生服とセーラー服を来た生徒たちの中に場違いなブレザー姿で混ざるが、特に何も言われず、視線を向けられることもない。
すぐ近くにある守衛室に向かった。中に居た警備員が俺たちを認めるや否や、機械的に書類を2枚出してくる。
警備員
三国綾乃
見学届と書かれた紙を受け取り、俺たちは連絡先を記入していく。
明学と原校は部活動で密接な提携が結ばれており、合同合宿や練習試合といった交流が盛んに行われている他、公に相手の部活の見学、もとい偵察が認められている。
大会が近付くと拒否されることもあるらしいが、今の時期なら大丈夫だろう。
それより問題なのは、(当たり前だが)自分の所属と同じ部活の見学しか認められていないことだ。
一條恭平
三国綾乃
三国にこっそり尋ね、そそくさと書き込み、堂々と提出する。
警備員
警備員
警備員は疑いもせず、俺たちに許可証を入れたストラップを渡してくる。
当然俺たちは陸上部ではないのだが、まあ三国がお得意の理事長特権でなんとかしたのだろう。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
俺たちは陸上部が練習している第一競技場に向かう──フリをして、校舎の方に足を向ける。
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
やがて、生徒棟と思わしき校舎の裏側、閑散とした駐車場までたどり着いた。
白線が引いてあるのだが、車は1台も停まっていない。たぶん来客用とかなのだろう。
荒いアスファルトが続く道の向こうに、焼却炉らしき施設を見つける。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
小さな着信音が、三国の腰の辺りから聞こえてきた。彼女は携帯を取り出す。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
俺は焼却炉に背中を預け、ずるずると座り込む。
一條恭平
三国綾乃
三国が俺を──正確には、俺が今いる場所を指差す。
一條恭平
秒で飛び退き、ガチ目に怒る。危うく呪われるところだった。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
着信が来たのか、三国はポケットから携帯を取り出す。
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
昇降口の方へと歩いていく三国を見送り、俺は焼却炉の向かいにある校舎の壁まで移動する。
一條恭平
一條恭平
会ったこともない相手に、失礼な先入観を抱く。校舎の壁まで着いた俺は、背中を預けて休憩しようとした時に……。
一條恭平
足元にちょこんと置いてあった、一組の運動靴に気付く。
普通に綺麗で、誰かがここに捨てていった訳ではなさそうだ。
どうしてこんなところに……俺が不審に思った、その瞬間。
「退いてーーーーーー!!!」
上空から、耳をつんざく叫びが轟いた。
俺は反射的に、前方へ跳ぶ。
シュタッ
直後、俺が居た位置に、1人の男子生徒が、軽やかに降り立った。
???
一條恭平
危うく第二の地縛霊が発生しそうだったというのに、悪びれる様子が全く無い。
そしてその時に、目の前の生徒が発した声の高さから、男子ではなく女子だと気付き……彼女が三国の友人だと、俺は察する。
同性にめちゃくちゃモテるだろうな。 第一印象はそんな感じだった。
俺(175cm)より高い背丈に、キリッとした中性的な顔つき。
今すぐランウェイに乗り込んでも認めてもらえそうな、スラリとしたモデル体型。
それでいて筋肉も適度に着いており、原校の生徒に相応しい、健康的な雰囲気がはっきりと感じ取れる。
飛び降りるためか、スカートではなくズボンを履いているが、それがまた抜群に合う。
ぶっちゃけ俺よりはるかにイケメンだ。いやまあ女子だけど。
???
一條恭平
???
彼女はやや大げさに、パンパンと手を叩く。やはり彼女が六戸夏美その人だったようだ。
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
ある意味失礼な俺の判断理由も、彼女は笑って受け流してくれる。
見た目通りの快活な性格のようだ。 まあ、じゃなきゃこんな危なすぎるショートカットには手を出さないか。
タタタッ
三国綾乃
今の絶叫を聞いたのか、探しに行っていた三国が戻って来た。
三国綾乃
一條恭平
六戸夏美
三国綾乃
一條恭平
口に出したかったが止めておいた。俺が言えた義理でもないから。
軽く自己紹介しあってから、俺たちは早速本題に入る。
三国綾乃
六戸夏美
六戸は躊躇せず、置いてあった運動靴をそそくさと履く。
そこで初めて、彼女が靴下だったことに気付いた。窓から出入りするために、ここに置いておいたということか。
ヒュ……バッ、ドン!
六戸夏美
ヒュ……バッ、ドン!
六戸夏美
ヒュ……バッ、ドン!
六戸夏美
ヒュ……バッ、ドン!
三国綾乃
ヒュ……バッ、ドン!
六戸夏美
ヒュ……バッ、ドン!
六戸夏美
ヒュ……バッ、ドン!
一條恭平
目の前で上下に跳ねまくる彼女に耐えきれず、俺はツッコんだ。六戸は立ち止まる。
六戸夏美
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
事情を聞いた俺たちは、その東郷という霊が出るまで待つことにする。
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
三国綾乃
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
六戸は一応運動は止めてくれるものの、手持ち無沙汰なのか手をブラブラと動かす。
三国綾乃
六戸夏美
一條恭平
キツそうな提案をされる前に、俺は釘を差した。
なんのかんの時間が経ち、辺りは大分薄暗くなってくる。
三国綾乃
六戸夏美
三国が言うな否や、六戸はひょいっと俺の手を掴んでくる。
六戸夏美
一條恭平
俺の手に目を光らせる六戸にビビってから、眼鏡を外して、三国と手を繋いだ。
目を閉じて意識を集中させると……繋いだ手から冷気が伝わる感覚を、久しぶりに味わう。
六戸と繋いでいる手より、三国の手を握っている手の方が、より深く冷えていく。二葉と3人で視た時と同じだ。
一條恭平
三国綾乃
三国の言葉に、俺はゆっくりと目を開く。
陸上のユニフォームを来た男性が、焼却炉に背を預けて座り込んでいた。
体育座りで顔を伏せ、固まっている。
陰鬱な雰囲気こそ放たれているものの、かまくびさんや生霊とは異なり、瘴気やただならぬ気配は全く感じられない。
何も知らずにいきなりこの姿を見たら、きっと生きてる人間と勘違いして、大丈夫ですかと声をかけてしまうだろう。
それほどに普通の、男性の姿だった──。
一條恭平
ここまで考えて、ようやく俺は妙な点に気付いた。六戸はさっき、女性だと言ってなかったか?
一條恭平
六戸夏美
俺はより深く霊を観察する。
服装は女子のセパレートではなく、ランニングシャツにハーフパンツ。
短い頭髪と、少し浅黒い肌。
失礼だが、やはりパッと見では女性には見えない。六戸はまだ判断に迷うというくらいだが、目の前の霊はそれ以上だ。
ただ……顕になっている手足の、肉感と言うか脂肪の付き方は、女性らしい丸みを帯びたもののような気がする。
せめて顔を見せてくれれば判断材料が増えるのだが……東郷さんは顔を伏せたままピクリともしない。
三国綾乃
…………
三国が呼びかけても、返事はない。
一條恭平
六戸夏美
…………
六戸夏美
一條恭平
三国綾乃
三国が小さく驚いた。
三国綾乃
俺は言われた通り、霊の足に視線を動かす。
すると……左右どちらの足も、くるぶしの少し上辺りから、すり潰されてしまったかのように千切れてしまっていた。
赤黒い血で染まった、生々しく痛々しい傷跡が残っている。
一條恭平
六戸夏美
三国綾乃
俺たちは少し離れた場所で、体育座りを続ける東郷さんの観察を続ける。すると……。
スッ……
彼女は不意に顔を上げた。
うつろな瞳と目が合った。俺は一瞬だけおののき、すぐに心を落ち着かせる。
ようやく見えた彼女の顔は、中性的な身体や髪型からは意外に思えるほど、女性らしく整っていた。
ただ……正の感情が抜け落ちてしまったかのような、空虚な雰囲気をまとっている。
目は落ち窪み、肌は色あせ、活気や生気は完全に失われている。
生者に近い身体とは対照的に、東郷さんの顔は、この世のものではない、ただならぬ気配に満ちている。
人間と言うよりはミイラに近い、悲壮感すら漂う顔で、俺たちに対して、羨むような視線を向けている。
救いを求めるかのようなその切実な眼差しが、俺の心をひどくざわつかせた。
三国綾乃
三国が俺の腕を引っ張る。
三国綾乃
一條恭平
念の為、何かあっても対応できるよう、俺たちは彼女を注視したまま、後ずさりでその場から離れていく。
彼女──東郷さんは、焼却炉の脇に座り込んだまま、ずっと俺たちに視線を向け続けていた。
校舎裏から出てきたところで、三国が口を開く。
三国綾乃
六戸夏美
三国綾乃
顎に手を当て、冷静に分析するように三国は言う。
思い返せば、確かに彼女の顔の向きは、俺と六戸の間だったように思う。
六戸夏美
三国綾乃
三国は歩きながら深く考え込む。どうやら既に除霊に向けて、考えを巡らせているところらしい。
一度方針を話し合った方が良いだろう。そう思った俺が、六戸に手頃な場所を訪ねようとした時──。
???
六戸夏美
前方から届く怒声に、俺たちは揃って驚く。
ジャージ姿の女性が、怒りを顕にしながらこちらに近付いてきていた。
俺はすぐに、この人が六戸が撒いたというコーチだと察する。
渡
三国綾乃
渡
会って早々叱られる。他校の生徒である俺たちにも容赦はしないその態度に、早くも俺は苦手意識を抱く。
渡
六戸夏美
ずかずかと近付いてきた渡先生は、六戸の手首を掴み、競技場があるのであろう方向へと無理やり引っ張っていく。
渡
三国綾乃
一條恭平
もちろん俺たちは何も言わず、引きずられていく六戸を、手を振って見送った。
その後俺たちは原校を出て、最寄り駅へと歩いていく。
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
頭の中に浮かんだ疑問を、俺は飲み込んだ。
一條恭平
三国綾乃
一條恭平