2010年9月7日(火)
優真さんはある決意を胸に事務所を出発
芹沢さんと私も同行して
向かったのは優真さんが住んでいたマンションだった
警察署を出てから約二週間
一度も帰ることができていなかった部屋に
私達は足を踏み入れる
沢田マリカ
芹沢大和
優真さんが住んでいた1LDKのマンションは
十二畳もあるリビングに六畳の寝室
もちろんお風呂とトイレは別々で
収納スペースも充実している
きっと誰もが"独り暮らしにしては広すぎる"と思うだろう
そんな部屋に十五歳の時から独りで住んでいた
父親の用意した部屋になんて住みたくはなかったが
他に行き場のない優真さんはここで生活するしかなかった
隣人から不審に思われないように
真面目な少年を演じ続け
トラブルを避けるためごみの分別も徹底して行い
マンションの他の住人からは
"息子が勉強に集中できるように親がマンションを借りた"
そんな風に思われていた
少しでも問題が起これば保護者である龍一さんに連絡が行き
理不尽に酷く責められることがわかっていたため
マンションでは心優しい真面目な好青年を演じ
学校でも常にトップの成績をキープ
溜まっていくストレスも
アルバイトを頑張ることで発散できていた
父親に内緒で始めたアルバイトは
優真さんにとっての細やかな抵抗
学校やマンションの知り合いに会わないよう
あえて二つ隣の市まで電車で通い
そこでもできる人間を演じ続ける日々だったが
ストレスを感じることはなかった
家賃や光熱費、高校の学費は父親が支払っていて
それ以外の生活費も父親が仕送りをしていたが
優真さんは仕送りには一切手を着けず
アルバイトで貯めたお金を使っていた
高校を卒業したらこのマンションを出てアパートを探す
そんな目標を立てたこともあったが
世間体を気にする父親がそれを許すはずもなく
せめてもの抵抗として大学へは奨学金制度を利用して入学
それ以降もアルバイトを続け
それでも毎月送られてくる仕送りは
専用の口座を作ってそこに貯金するようになった
とてもキレイに整頓された優真さんの部屋には
至るところにあすみさんの居た形跡があった
彼女が使っていたと思われるマグカップ
優真さんとお揃いで色違いのピンクの歯ブラシ
寝室には彼女が使用していた磁気式の筆談ボードが置いてあり
可愛らしい文字で
「今日は何が食べたい?」
「買い物に行きたいな」
そんな言葉が綴られていた
警察に捕まったあの日
あすみさんは優真さんのために夕食を作ろうとしていた
ここに来て改めて感じる彼女の想い
最初のきっかけは拉致と言う形だったかもしれないが
確実に二人は愛し合っていたのだろう
ここで二人は愛を育み
優真さんは彼女を虐待する家族から守ろうとしていた
沢田マリカ
三村優真
優真さんは涙を流していた
至るところに残る彼女の痕跡から
彼女と過ごした日々を思い出しているのだろう
ここで彼女の声を聞くことはなかったが
筆談ボードを用いて意思の疎通はできていた
それ以外でも優真さんが優しく触れれば彼女もそれに答える
ちょっとした感情などは
直接手を使って伝えることもできたようだ
三村優真
三村優真
優真さんの温かな手があすみさんを救った
愛を知らずに育った彼女の心に
愛と言う名の灯を点したのは
同じように愛を知らずに育った青年
できることならまたここで一緒に暮らしたい
そんな優真さんの願いはもう叶わないのだ
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