おばあちゃんが風呂場で転んだ。 打ち所が悪く、一時期は寝たきりで認知症は残ったが どうにか回復して今は車椅子だ。
ハル
お手伝いさんを雇うために 両親は以前より働く必要が 出てきた。
それで、高校生の私が 家事やおばあちゃんの世話を 何割か負担することになった。
めんどくさい。 でもお手伝いさんが来ない日は お母さんがおむつ替えとかしてるし お父さんは残業も増えたし 私だけ楽は出来ない。
おばあちゃん
一番キツいのは、私がおばあちゃんのお母さんに勘違いされてしまったことだ。
おかげで学校が 終わってからの散歩係は私。
ハル
おばあちゃん
ひまわりとか知らんよ。 最近、友達との会話が少しついて行けない。私もネットもライブも見たい。
つらい。 本当につらい。 ありがたいのは車椅子が電動で坂も少し楽なことぐらいだ。
そう、坂もスイスイ……。
いや、待って。引っ張られるのはやり過ぎでは?
ハル
ハル
おばあちゃん
私の手の内をすり抜けて、坂の下から上へ車のように、電動車椅子が登って行く。
おばあちゃんは、キャッキャッと喜んでいる。やめろやめろ、ご近所さんが見てる!
ハル
ハル
高校生の足を過信しないでほしい。坂をダッシュは本当にキツい。
坂を登り切ると道路の向こうにおばあちゃんの姿が見える。何なの?おこられるじゃんやめてよ。
おばあちゃん
おばあちゃん
おばあちゃんは子供みたいにはしゃいでいる。車椅子は少し速度が落ちたようだ。
ハル
しかしその先に信号機が見える。 色はどう見ても赤だ。 ヤバイヤバイヤバイ。
速度が落ちたとしても、自転車くらいはある。すでに私の心臓は爆発しそうだ。
それでもさらに強く腕と太ももを振り上げる。
横断歩道におばあちゃんが進んで行く。ここは国道が近いせいで車の数が多い。
パァーーー!
車のクラクションがけたたましく鳴る。もう、駄目だ。 緊張のせいか時間がゆっくり過ぎるように見える。
でも私の視界に入ったのは想定の斜め……いや、高く高く垂直に行った。
おばあちゃん
車椅子が車道を避けるように高く飛び跳ねている。車があたったのではなく自動で。
私が瞬間息を飲んでいると、車椅子はバク転して体勢を整え、横断歩道の向こう側に着地。
パーーー!
ハル
おばあちゃん
おばあちゃん
信号機が青に変わる。おばあちゃんは流石に怖くなって来たのか泣き出した。
それでも車椅子は勝手に走っていく。私も慌ててそれを追いかけた。
足が千切れそうだ。 どのくらい走ったんだろう。
ハル
おばあちゃん
ハル
息が続かない、車椅子の速さも、最初よりかなり遅くなってきた。
泣いたり笑ったりして、車椅子にゆられながらおばあちゃんは寝てしまった。
そしてとうとう車椅子が止まる。 へとへとの私は近くにへたりこんでしまった。
どこだよ、ここは。足元は…芝生だ。私は虚ろに顔を上げる。
ハル
おばあちゃん
今は夏だった気がする。 どうやら少し遠い所の公園に来ていたようだ。
桜が咲いている。満開の桜だ。
花びらがおばあちゃんをかこうようにして舞っている。 幻想的な風景におばあちゃんはずっと顔をあげていた。
おばあちゃん
おばあちゃんはそれだけ言うと黙ってしまった。
確か。私が生まれる前に死んでしまったおじいちゃんの名前だった気がする。
夏の幻だったんだろうか。 私は疲労感と安堵でそこで倒れてしまった。
あの時、どうやって帰ったのか思い出せない。
全然怒られなかったし、私は時間通り帰ってきて夕飯までとっていたらしい。
それから3日ほど、足こそ治らなかったが、おばあちゃんは急に認知症が治った。
お父さんはホッとして、お母さんは泣いて喜んだ。
おばあちゃんは車椅子なりに、家事をして、買い物に行って。 服の片付けや掃除などしていた。
そして、4日目。 布団の中で微笑みながら亡くなっていた。
それは、桜の下で見た笑顔と一緒だったように思う。
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