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コメント
3件
やっぱり好きです.ᐟ.ᐟ.ᐟ この切ない感じいいですね~
雨は、夜になっても止まなかった。
図書館の高い窓を、
細かい雨粒が静かに叩いている。
雨嶺桜月は、
本棚の前に立っていた。
昼間届いたばかりの本は、
机に置かれたまま。
___『雨嶺桜月』
その文字を見た瞬間から、
桜月の時間は少しだけ止まっていた。
雨嶺桜月 アマミネサツキ
小さく呟く。
この図書館に届く本は、
人が流した涙から生まれる。
そしてその本は、
その人が生きている間は開くことが できない。
それがこの図書館の決まりだった。
だから本の表紙に名前が浮かんでも、
読むことはできない。
けれど_____
雨嶺桜月 アマミネサツキ
桜月は机の本から目を逸らし、
ゆっくりと本棚へ視線を向けた。
そこには、
数え切れないほどの本が並んでいる。
古いもの。
新しいもの。
色褪せた背表紙。
すべてが、誰かの涙の物語だった。
桜月はその中の一冊を手に取る。
表紙には名前が書いてあった。
「白原陽斗」
この本は、数日前に開けるように なったものだ。
つまり_____
この本の持ち主は、もうこの世にいない。
桜月は静かに本を開く。
ページには優しい文字が並んでいた。
「今日、娘が初めて歩いた。 転びそうになって、でも笑っていた。 あの小さな手を見ていたら、 涙が止まらなかった。」
ぺージをめくる。
「娘が中学生になった。 もう手を繋いでくれないらしい。 少し寂しいけれど、 それでも嬉しい。」
さらにめくる。
「病院の窓から雨を見ている。 今日は娘が来るらしい。 大人になった姿を見るのが、 どうしてこんなに楽しみなんだろう。」
そのページで文字は終わっていた。
桜月はゆっくり本を閉じる。
この図書館の本は、
"涙を流した瞬間の記憶"を綴っている。
嬉しくて泣いた日。
悲しくて泣いた日。
大切な人を思って泣いた日。
人生の中で、
誰にも見せなかった涙の瞬間。
それが本になる。
桜月は本を棚へ戻した。
そして机の方に視線を向ける。
そこにはまだ、一冊の本が置かれていた。
_____『雨嶺桜月』
窓の外で雨が強くなる。
その時だった。
バタン、と
静かな図書館に、小さな音が響いた。
桜月はゆっくり振り向く。
机の上の本が_____
少しだけ、開いていた。
雨嶺桜月 アマミネサツキ
桜月の心臓が、わずかに高鳴る。
生きている人の本は、
開くことができないはずなのに。
桜月はゆっくり近づいた。
そして震える手で、
そのページを覗き込む。
そこには、まだ新しい文字が浮かび始めていた。
「雨の日、 私の人生の本が届いた。」
桜月は息を止めた。
「私はまだ、 自分の涙の意味を知らない。」
雨音だけが、
静かな図書館に響いていた。