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「狂想」
手に取った小説のタイトルには そう書かれている
奇しくも、今の状況こそ 狂想的で現実感に乏しく映る
妙なシンパシーを感じながら 僕はその本を置いた
これが 何かの役に立つとでもいうのか?
加賀春樹
貴恵と新居と別れたあと 僕は手持ち無沙汰で客室に戻った
間をおかずして 新居が再びやって来て、昼食が必要かと問われたが断った
どうやら 他の人も同様であるらしく、夕食の時間にまた呼ばれることとなった
その間 特にすることもなく、骨休めに読書でもしようと思った
それに あの男、佐久間も何やら意味深なことを呟いていた
それもあって バッグの中にある3冊の本を出してみた
そのうち二つは小説で 「狂想」と「まやかしの心象」
残りの一冊は かの心理学者、新城賢太郎のエッセイ 「心は解かれている」である
どれも気にはなったが 軽く読めてしまいそうな小説から読んでいくことにした
そしてこの数時間 僕は「狂想」を読んだ
内容を簡単に振り返る
物語は、ある狩人の視点から綴られた 狩人は、村民を脅かしているという山中に棲まう、恐ろしい人喰いの怪物を成敗しようと問題の山へと向かった 山中は、樹々がざわめいて薄暗く、時折り聞こえる山鳥の鳴き声は、肩を上げてしまうほど薄気味悪かった 確かに何かが出てきそうな物々しい雰囲気であったという 自らを奮い立たせ、何者が来ようとも返り討ちにするという意気で彷徨い歩いていると、草木を分ける音がする 狩人は身構えながら、近くにあった木の影に隠れ、様子を伺った すると、そこに現れたのは武器を持った化け物が警戒しながらこちらに歩み寄っている姿だった 狩人は逃げ出そうとした しかし、何とかその場に踏み止まる 狩人は村民達の不安を取り除き、信頼や期待を裏切りたくないという思いのほかに、自らの両親をも殺したその怪物に一矢報いたかった だから、勇気を出して必死に化け物を追い詰めた すると、化け物はあっさりと死んだ 狩人はほっと安心したが、また、沢山の武器を持った怪物がやって来る その度に、自信をつけた狩人は返り討ちにし、ひたすらにやっつけた そうした生活が続き、月日は流れた ある日、いつものように武器を持った怪物がこちらに近付いてきた 忍び寄って、その背後を狙った 次の瞬間 パンっと音がしたかと思えば 狩人はその場から立てなくなった 何が起こったのかと思い 自らの腹部を見る すると、血液がドロドロと流れている 視界はぼやけ、焦点が定まらなくなる 死の寸前、化け物の中の1人が高らかと旗を掲げてこう言った 「この化け物によって、今までに何百、何千という人間が食い殺されてしまっていたのだ」 「しかし、人類の叡智によって、今や我々の勝利となった」 「これでようやく、人々の間に安寧秩序はもたらされる」 その言葉を聞いて、狩人は悟った 人を殺すという記憶を破棄し、己が人間であり、かつその背景を象る正義心というものを創りだしていただけなのだ 本当の己の正体とは 初めから、この山に棲む人喰いの怪物であったのだ、と
確かに 物語の流れはこうだった
何か含みのある内容のように思えるが これが何だというのだろう
まさか いま見ているこの世界自体が 嘘だとでもいうのか
そんなことを言い始めたら 何も信じられないし、何も疑う必要なんか無くなってしまう
それこそ、狂想に過ぎない
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
腕時計を見る
時刻は17時過ぎだった
少し早いが 食堂を覗きに行こうと思い立つ
僕は頭を振って 廊下へとつながるその扉を開いた
何も考えてはいなかった
情報は集まってきたが 何と何を結びつけて考えればいいのか よく分からない
先程の小説の内容も気にかかる…
怪物は複雑な心理の過程……
ある意味 自分自身を守るために心を騙した
だから あのような結末になったのだろう
その心理の働きによる記憶の改変
そうなると、記憶なんて当てにならない いかにいい加減なものなのか分かる
それを意識した途端 考えることが面倒になったのだ
これでいい
そもそも骨休めがしたかった
頭を休ませるのも大事だろうから 今はこれでいい
そう思って、ただ歩いていた
ぼーっとしていた
その時
「あなた、加賀さんよね?」
下方から声がした
視線を下げる
???
加賀春樹
うつろな眼にも鮮明に映る その美しい容貌
まるで、天使のようだった
その純白の羽翼をひらひらとさせて 踊るように上階へと行ってしまう
???
少女の姿が見えなくなる
僕は吸い寄せられるように 慌てて足を早めた
……
……ここは、どこだろう?
その部屋には 整然と区画された棚の中に 膨大な冊子や書物が収められていた
扉の際まで、四方を囲んでいるが 存外に部屋自体は小さい
僕は目の前の少女を見る
両手を後ろに組んで 愛らしく微笑んでいる
大きな瞳を妖しく光らせて 「凄いでしょう?」と、やはりその年齢にそぐわぬ落ち着いた声音で言う
僕は困惑したが 気になることを聞いてみた
加賀春樹
???
加賀春樹
???
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃か
姉の綾香とは瓜二つで どちらが姉か妹か一見して分からない
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
鍵を開けた?
しかし、その鍵というのは……
新城綾乃
加賀春樹
綾乃は一つの鍵を振ってみせる
いや、鍵は鍵なのだが そうではなくて……
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
自分のお爺ちゃんが殺された
しかし、この少女はけろりとしている
もしかすると 言葉の上ではわかっているが、人の死というものを実感できないのかもしれない
または 新城家の人達は怖いくらいに気丈だ
この綾乃も 血は争えないということなのか
僕はできるだけ ポジティブな考えに移行していた
しかし 意識的にそうしていることを自覚した
何となく
薄寒いものを感じたのだ
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
渡されたのは、紙束だった
恐らく この資料室から調達したものだろう
一枚めくってみる
そこに記されていた文言は……
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
新城綾乃
新城綾乃
加賀春樹
加賀春樹
目で文字を追っていく
「……マインドコントロールについて。実験A-1とA-2は成功。B-1とB-2も成功。実験Aと実験Bは相対的なものであると証明された。このことから、無意識の領域に操作者の言葉は一時的に作用することが分かる」
紙の端に何かメモされていた
メモの字は 興奮しているのか乱れていた
「統計調査の精度を高い水準で示すことが可能でありながら、学者連中が変数操作の領域を読み解くことは不可能だ。実験によるマインドコントロールを利用すれば、統計操作が可能になる。誰からも指摘されることなく事実を創ることが可能なのである。私の名は、歴史に名を刻み広く知れ渡るであろう」
これは
これは、新城賢太郎の字だ
加賀春樹
加賀春樹
不正を行なっていた?
高い制度で特定の言葉や行動を予知することが、彼の研究成果によって可能になったと思われた
だから 心理学界では彼の名を知らぬ者はいない
革命と言ってもいいのだ
それが
マインドコントロールによって 他者の感情・思考・行動を操作することが可能になれば、彼の研究の中のサンプルは思うままなのである
操作可能な結果を事実にできる
だから、予知もできる
自分の言葉と思っているものが 相手の創った言葉なのだから それは当然だ
まさか カウンセリングも同じ手口で……
人の心を操作していた?
そんなことが事実ならば
これは
これは!!
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
信じたくなどない
しかし 何度見てもこれは新城賢太郎の字だ
誰かが真似たというのは無理がある
かなりの分量で、その後も詳細については綴られているのだ
紛れもなく不正は行われていた
そこで、僕は思い至った
この資料室を施錠する意味に……
それが分かると 居ても立っても居られなくなった
あの人は立派な学者でも何でもない
人の心を弄ぶ、詐欺師そのものだ
僕はこの事実をもたらした 断罪人を探した
しかし、いつの間にか 狭い部屋の中には見当たらない
加賀春樹
入り口のすぐそばの本棚に 鍵が一つ置かれているだけだ
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
少女は不穏な腫れ物を残して消えた