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夜九時

農地からは人気が消え、街灯もまばらな暗闇が押し寄せていた

雨戸も閉まった家屋に向かって、いかがわしい影が集まり始める

頭部らしい物はあるが、足もとは布を引きずるように判然としない

それがゆらゆらと左右に揺れながら移動する

数時間前、老女とその息子夫婦が和解したあの農家だった

見世物小屋を覗くような薄暗い快楽を楽しむ仕草で

いくつかの影は指先と思しき物を敷地内へと近付けていき

バチンッ

――――っ!?

それはしたたかな音を立てて弾かれた

その背後で、白い髪が揺れる

渋谷大

あんな無防備な浮幽霊が連日ふらついてりゃ

渋谷大

取り込みたい悪霊が寄ってくるのは当然だよなぁ

聞こえた声に、影が一様に身を強ばらせた

久留間悟

野次馬以上の懸念材料、ドンピシャで当たってたな

久留間悟

悪いけどこの家、しばらく結界張らしてもらうから近寄れないよ

見れば老女宅の敷地を囲うように、いくつもの呪符が貼り付いていた

渋谷大

あのばあちゃん、明日迎えが来るの決定してるからさ

渋谷大

諦めて、あんまり悪さしないでいてくれるんなら

渋谷大

見逃してもいいかなと思うんだけど……

キィエェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!

鼓膜を破らんばかりの振動が、高音を模して二人を直撃する

それを正面からの拒絶だと理解し、渋谷は犬歯を覗かせた

渋谷大

まぁそんなお願い聞いてくれるようなら!

渋谷大

悪霊なんかにゃならねぇかぁ!!

拳を振りかぶり、黒い影達めがけて土を蹴る

嘲笑い身を捩らせた影たちは、拳をすり抜けるばかりのはずだった

にもかかわらず

────ッッッ!?

殴り抜かれ、一つの影が霧散し

拳にまとわりついた影の名残を吹き飛ばして

渋谷の青い目がふわりと緩んだ

渋谷大

──残念

渋谷大

俺ら、そっちの世界にも触れるんだわ

……っっ!!

渋谷大

さあどうする?

渋谷大

もっかい聞くけど、大人しく今日は解散するか?

しばし戸惑うように影たちが互いを確認し、威嚇姿勢をとったのを

渋谷は非従順の返答だと受け取った

渋谷大

……そうかよ

渋谷大

そんなに強制昇天がいいか

渋谷大

俺は殴り飛ばすしか能がないんだ

渋谷大

神様に頼んでお前らを連れてってもらうなんて

渋谷大

優しいやり方はしねぇからな

渋谷が黒い影に躍りかかり、常人には聞こえない怒号が周囲に溢れ始める頃

──その様子を遠巻きに見ていた残る影達は、さやさやと後退を始めていた

自分たちがどうこうできる人間ではないらしく

好んで殲滅しようとしているわけでもないと踏んだらしい

ひとまずやり過ごそうと充分に敷地から離れた頃

バチンッッ!!

彼らの体は再び、したたかな音を立てて弾かれた

久留間悟

お帰りのところを邪魔しちゃったかな?

久留間悟

うちの相棒、相変わらず甘くて困っちゃうんだよねー

久留間悟

性善説を信じてるクチだからさ

久留間悟

よっぽどじゃない限り、話せば分かり合えると思ってるわけ

久留間悟

でも霊体になると感情制御が難しくなるらしくてさ

久留間悟

他人への配慮とかも忘れちゃうっぽいんだよね

久留間悟

──だから

久留間悟

たいした理由もなく他人を取り込もうとする連中が

久留間悟

一度叱られた程度で悪さをやめるとは思ってないんだよ、俺は

言い終わると同時に、手に持っていた瓶から酒を地面へと振りまく

さらに腰うしろに結わえていた大幣(おおぬさ)を胸の前で掲げ

腹の底から声を上げた

久留間悟

伊勢国、白く猛き山立姫が住処の麓

久留間悟

末盛の一処を寸度の斎庭(ゆにわ)と祓い清め

久留間悟

斎(いわ)い定めて

久留間悟

神籬(ひもろぎ)刺し立てずとも招奉り坐奉る

久留間悟

掛けまくも賢き天照坐皇大御神の大前に

久留間悟

斎主恐み恐みも臼さく!

言葉を聞くや否や、影たちは右往左往と逃げ惑い始めた

内容など理解できずとも、影たちにとって危険な物だと理解したらしい

しかし逃げようとしても、前後左右の空間すべてを結界の壁が邪魔をする

──っ! ──ッッ!!

久留間悟

悪いね、渋の字ほど優しくなくて

うろたえる霊たちに、呪符が投げつけられた

久留間悟

広き厚き御恵みを辱(かたじけな)みまつり!

久留間悟

罪と云ふ罪は在らじと祓たまい

久留間悟

清めたまふ事を願い奉りも臼さく!

奏上と同時に呪符が炎を噴き出し、見る間に影たちを焼く

それらは喘ぐように伸び縮み、足もとへと崩れ積もりながら

やがて溶けるように地面へと消えていった

久留間悟

こっちは終わり

久留間悟

で、あっちは……

久留間悟

……合掌の最中、ね

動いた視線が渋谷を映すと、厳かに手が合わされている最中だった

やがてその目が開き、久留間に気づいた途端にふにゃりと緩む

渋谷大

お疲れ

久留間悟

……おう、お疲れ

渋谷大

もういなさそうだな

久留間悟

だね

渋谷大

なんかこの辺りキラキラしてる?

渋谷大

お前、なんか神様呼んだ?

久留間悟

んー、ちょっとだけねー

渋谷大

そっかぁ

確認だけで会話を終える

残っていた影を昇天させたとは思ってもいない顔に、メガネの奥の瞳が緩んだ

老女宅の中から笑い声が聞こえる

まだ幼いと言っていた子ども達が眠った頃合いらしく

生前のように談笑しているらしい雰囲気に、二人は顔を見合わせて破顔した

渋谷大

……市長さんへの報告も終わってるし、帰るか

久留間悟

そだね、わりと疲れたし

渋谷大

車ん中で寝てもいいからな

久留間悟

大丈夫、そこまでじゃない

ぐっと背筋を伸ばし、少々離れた場所に停めた車まで歩く

月明かりを遮る物はなにもなく、ただ煌々と満月が広い空を照らしていた

渋谷大

はよーござまーす

久留間悟

おはざーっす

本田芙蓉

おお、おはよう二人とも

本田芙蓉

昨夜はアフターフォローまでお疲れさんじゃったな

本田芙蓉

疲れたじゃろ

久留間悟

渋の字は疲れたと思うよ

久留間悟

俺は車にさえ乗っちゃえば、あとは座ってるだけだから楽

久留間悟

報告書作るね

渋谷大

事件の内容は昨日電話で報告したとおり

渋谷大

途中で現場を離れたときに市長さんにも直接

渋谷大

空飛ぶ着物の怪異の正体をご報告してきました

渋谷大

あ、これ代金とは別にお土産って持たされた牛肉のしぐれ煮

渋谷大

俺と悟はもうそれぞれもらったんで、コレじっちゃんの分ね

渋谷大

こしあんのアレもどうぞ

本田芙蓉

おお、しぐれ煮とはありがたい

本田芙蓉

うちの美奈ちゃんも好物でな、夕食の折にでもいただこう

本田芙蓉

無論、二人からの土産も食後に

包みを卓上に置いて指を組み、本田は改めて渋谷に向き合った

本田芙蓉

ほいで、彼は報告に納得してくれたかの

渋谷大

わりとあっさりね

渋谷大

着物の供養のことは知ってたみたいで、話したらすぐ

本田芙蓉

ほうか

本田芙蓉

確かにあの着物供養は、元禄の頃に詠われたほど古い風習じゃ

本田芙蓉

すぐ分かってもらえたならなによりじゃ

渋谷大

そんな有名な風習なんだ?

本田芙蓉

連想はしておったんじゃがな……

本田芙蓉

まさかそれが原因の怪異とは思わなんだ

本田芙蓉

急激に時代が変われば、進む者と留まる者の間で

本田芙蓉

摩擦も起きるということかのぉ

渋谷大

それは分かります。……でも

渋谷大

じっちゃんが最初に言ってたことだけど──

渋谷大

今回の件で、着物が空飛ぶくらい普通かもって思いました

渋谷大

土着信仰的な話じゃなくても……

渋谷大

大事な服を持って行きたいって人も、いるだろうし

本田芙蓉

そうさな

本田芙蓉

衣服はなにより身近なものである分、ヒトの想いも這入りやすい

本田芙蓉

ここまでの騒ぎになっておらんだけで

本田芙蓉

故人の衣服が消える程度のことはよくあることかもしれん

本田芙蓉

……ほれ渋やん

本田芙蓉

噂をしておれば、そこにも

渋谷大

──あ

本田が視線で示した先を見て、渋谷からも声が漏れる

事務所から見えるビル群と、その中央を横断するバイパス道路

その空を泳ぐように、少女の霊が花飾りのついた帽子を運んでいた

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