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弘樹
大学を卒業した後、俺は地元に帰って就職することにした
といっても、実家に戻ったわけではない
というより、実家はもう残っていなかった
俺が子どもだった頃、地元で大きな地震があった
俺が住んでいた地域は壊滅的なダメージを受け、 俺は引越さざるを得なくなった
引越してしまうと仲のいい友達に会えなくなるのが嫌で、 俺はずっと泣いていた
弘樹
幼なじみのひとりに梅崎白花(しらか)という女の子がいた
ずっと仲良くしていて、今思えばあれが初恋だったんだろうか
せめて引越す前に彼女に会いたかった
しかし震災後の混乱で、誰がどうしているのか全く分からず
とうとう引っ越すまで彼女に会うことは出来なかった
その後もどうにかして彼女に会いたいと思っていたが
震災のせいで住所も電話番号も分らず、どうすることもできなかった
やがて、半年ほどたって、少しは状況が落ち着いてきたとき
白花のその後を知ることが出来た
いや
その後なんてなかった
彼女は震災のとき命を落としていた
信じられなかった
信じたくなかった
弘樹
それからずっとここには来なかった
彼女がいないという現実を受け入れられなかったのだと思う
けれど、就職するとき地元、かつての地元に帰ることにしたのは
自分自身で彼女のことを確かめたかったのだと思う
そして今日、俺は彼女の墓を訪ねてみた
梅崎白花、享年10歳
弘樹
弘樹
不思議と悲しさはなかった
まあ、死んでいたこと自体は何年も前に知っていたのだから、 今さら悲しさもないのだろう
ただ、自分の中から何かが抜け落ちてしまったような
そんな感覚だけがあった
何が抜け落ちてしまったのだろう?
もしかしたらそれは
生きる意味
なのかもしれない
どれくらいの時間が経ったのか、気がつけば夕方だった
弘樹
墓参りに来たのはまだ昼間だったというのに
なんだか時間が飛んだような、妙な気がした
まだまだ肌寒いころあいだ
いつまでも感傷に浸っていても風邪をひく
弘樹
そう思った
だが、俺はそうとう気落ちしていたのか、道に迷ってしまった
いくら歩いても、思った場所にたどり着かない
弘樹
なんだか笑えてきた
ただ、ここら辺は子どもの頃とは全然変わってしまっている
初めて来たようなものだ
薄暗くなって、道に迷うのもしかたないのだろう
弘樹
昼間来たとき、道はそんなに入り組んでいたわけではなかった
それなのに、こんなに道に迷うものだろうか?
それに、なんだかこの道は……
弘樹
ふと気づくと、俺は公園の前にいた
弘樹
弘樹
子どもの頃、よく白花と遊んでいたところだ
目印だった梅の樹も残っていた
弘樹
両親が梅の花にちなんだ名前をつけたがっていたが、 なかなか思いつかず、あやうく「梅」という名前にされるところだった、 「梅なんて、絶対嫌!」と言っていたのを思い出した
「梅」という言葉そのものが嫌いなわけではないが、 どう聞いてもおばあちゃんにしか聞こえないのが嫌だったそうだ
そんなことはあったが、自分の名前とゆかりのある梅の花が咲く この公園は、彼女のお気に入りの場所のひとつだった
この花を愛した彼女はもういないけれど、今も花は見事に咲いていた
それは、とても――
弘樹
?
俺は思わず口に出していたようだ
その言葉に、暗闇の中で誰かが反応した
気づかなかったが、公園には俺と同じくらいの女性がいたようだ
その女性は、俺の方を見て少し頬を赤らめている
……ん?
あっ!
弘樹
弘樹
女性
ああっと、この言い方だと逆に失礼か!?
弘樹
弘樹
弘樹
弘樹
弘樹
最後、何について謝ったのか、自分でもよくわからない
そんな俺の混乱した様子を見て、その女性は思わず笑い出していた
女性
女性
弘樹
弘樹
弘樹
弘樹
女性
女性
そう言いながら彼女は梅の花を見上げた
女性
そのとき、月明かりに彼女の顔が照らされた
俺ははっとした
当時10歳だった白花が大人になったら、こういう顔になったのではないか
そんなことを思わせる顔だった
白花に姉妹はいなかったはずだが
もしかしたら、親類か何かなのだろうか?
弘樹
女性
弘樹
女性
弘樹
弘樹
弘樹
女性
弘樹
女性
弘樹
弘樹
弘樹
女性
女性
弘樹
弘樹
女性
弘樹
弘樹
よく考えてみれば、この女性も俺と同じくらいの年齢だ
あの地震で同じような体験をしていてもおかしくないだろう
女性
女性
それで彼女の方だけが助かり、友達の方は亡くなってしまったのだろう
弘樹
それ以上、かける言葉が見つからなかった
しばらくの間、沈黙が続いた
女性
女性
弘樹
弘樹
弘樹
女性
女性
弘樹
名残惜しい気はしたが
ここで名前や連絡先を聞くと、なんだかナンパしているみたいでいやだった
たぶん、白花の墓参りの帰りだったせいもあるだろう
その女性が去ったあと
ひとり残された公園には
梅の香りと月の光が満ちていた
続く