心って何だと思う?
ねぇ
あなたに解るかしら?
解らないわよねぇ
え?
私には解るのかって?
解るわよ
心はね
壊してあげるものなの
殺してあげるものなの
ええ、そうよ
取り返しなんかつかないわ
でも
そこからが大事なの
既に失われた心が
紡がれるのよ
……うふふ
まるで、ゾンビみたいね
あるいは、キョンシーかしら
どちらにしても、ワクワクしない?
そんな絵空事みたいな現象が
現実に起こるのよ
はぁ
長話は疲れるわよね
しょうがないから、端的にまとめるわ
つまり
みんな
紡がれた幻想のなかで
生きるのよ
そして、死んでいくの
うふふ
じゃあね
"わたし"
……
……暑い
時刻は午前10時だった
一体、今日は摂氏何度なんだろう
そう
たった1分程度だと思う
たった1分で、滝行でも終えた様に服は台無しになっている
大学を出てから緑並木の通りを歩いて まだそれほど時間も経っていない
それなのに、この有様である
加賀春樹
加賀春樹
額から大粒の汗が流れ落ちた
目に染みて痛みを覚える
目を擦りながら 目的地までの経路と時間を改めて考えてみる
バス停まで3分 降車して電車で乗り継ぎ、所定の地まで向かう。ここまでで2時間か
所定の地で"あの人"と落ち合った後は 車でさらに3時間
到着時刻の予測は、午後3時
愉快な旅だとは思えなかった
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
……
ミーン ミーン ミーン ミーン
ああ、セミが鳴いている
日本の夏というものは、延々とセミの鳴き声が耳に入ってくる
それも確かに、風物詩の一つだ
しかし、今の僕にはそれが風情だとか 情緒深いだとかの感性で捉えられるものではなかった
短い命を燃やせども それはノイズにしかならなかった
線香花火のように儚いというのに
加賀春樹
加賀春樹
僕は退屈と憂鬱の波に攫われた
……
結局
バスを降りた所にあった本屋で立ち読みをして時間を潰した
ここからの退屈にも耐えなければならないから、旅のお供として本を2冊ほど買ってみた
頼りになる相棒……
その相棒を雇用する際にも 本屋では"あの人"の書籍が平積みにされていた
今なお、人気を誇っているようだ
僕は尊敬と羨望の眼差しで見ていたが これからの出来事に想いを馳せて 不安感が膨らんでしまう
そうこうしていると、タイミングを図ったように、電車の到着アナウンスが響き渡った
僕は意を決した
……
加賀春樹
電車が運んでくれる景色はだんだんと緑の彩色が多くなり、単調で曖昧な光景が続いていた
買った本を読む気にもなれず、ただその風景を眺めていたが、これほどにまで眠気を誘引されたのは誤算だ
その眠気のおかげで足取りが覚束ないまま、駅を降りたのであった
そこに現れた風景は、やはり緑の割合が多い町だった
僕の住んでいる場所とは全く異なるその様相が、新鮮というより、夢を見ているような感覚であった
しかし かえって夢の中では視界はクリアになる
木造の家屋が緑のフレームにうまく溶け込んでいて、その奥には立派な帆を風に仰がれている漁船がある
どうやら港町のようだ
この絵画を最前で見られる特等席に招待し、次なる観覧へと、かの偉人が導いてくれるというわけだ
まったく
僕は 馬鹿馬鹿しい想像を働かせている自分に苦笑してしまった
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎(しんじょう けんたろう)
心理学界ではその名を知らぬ者はいない
心がもたらす作用によって一定の行動パターンやリアクションについて研究しており、その研究はといえば大規模な統計調査によって、かなり限定された類型にまとめられているものだった
実際、その精度は高いらしく、統計のうちの9割が特定の反応を示したらしい
前述した通り、漠然とした類型ではなく、かなり特定された行動やリアクションであるのに、その精度を誇っているのだから革命と言えるのだ
更には、新城賢太郎は臨床的かつ実践的なカウンセリング能力も高く、特別な心理療法はないにも関わらず、その独特の人柄と言葉選びによってクライエントはひとたび、心が変わったように病がなくなってしまう
要するに、心のエキスパートなのである
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
新城賢太郎
それだけ言ってしまうと 新城さんはさっさと運転席に乗り込んでしまった
この人は、いつもこうなのだ
どこか飄々としていて、謎めいた雰囲気に包まれている
音もなく現れ、音もなく去ってしまう
何度も驚かされたものだ
僕は慌てて助手席に乗り込んだ
……
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
たしかに 車体は常にガタガタと揺れている
これでは眠れもしない
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
比喩が過ぎて会話が成立しないこともよくある事なのだ
僕は鞄の中の本のタイトルに目をやった
「狂想」「まやかしの心象」 という、本屋で買った2冊の小説
そして元より持ってきていた…
新城賢太郎「心は解かれている」
隣の男の著作である
どうやら まだまだ旅の道のりは長いらしい
……
新城賢太郎
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
新城賢太郎
加賀春樹
加賀春樹
加賀春樹
新城賢太郎
森の中にたたずむ 巨大な洋風の体裁を取った屋敷
堅牢な門構えと広大な敷地
辺鄙な土地に似つかわしくないあまりにも立派な屋敷は、美しく感嘆の息がもれそうになるほどだった
しかし、どこか妖しげな雰囲気も漂っていて、ただただ一つの言葉で形容するにはあまりにも壮大な造りだった
僕は、学者でこれだけの居を構えられることに驚きを隠せなかった
加賀春樹
新城賢太郎
加賀春樹
今度は置いて行かれないように ぴったりと隣を歩いた
大袈裟でもなく本当に迷子になってしまいそうだったからだ
こうして僕は、迷宮へと飲みこまれた。
……
広々としたホールを抜け 幾つもの曲がりくねった廊下や階段を抜けていき、ようやく通されたのは食堂だった
「もうみんな食事時だからね」
時刻は 午後2時30分を指していた
予定よりは早く着いたが 確かに客人を待つには遅すぎるから致し方ない
それにしても
食堂はあまりに大きかった
少なくとも100畳はある
いや、それ以上かもしれない
席上にいる面々も はっきりとは見えないほどである
呆気に取られている間もなく 新城さんに背中を押されて席に座った
そこには 新城家の人々が揃っていた
新城賢太郎
新城秋穂
加賀春樹
その人…新城秋穂は見た目からして20代後半でも違和感を覚えないほど、美しく気高い顔立ちをしていた
例の新城さんも年齢を感じさせない若々しさと、男性的な美しさを持った二枚目であるが、二人が並ぶと精密に作られた人形が話しているようだった
僕は幾分と緊張した
新城賢太郎
新城貴恵
加賀春樹
こちらも紹介の通りの美しい貴婦人のような印象を受ける
所作まで細かく計算され 抜け目なく聡明な目に萎縮してしまう
とにかく 人形達に囲まれる食事は居心地が悪かった
新城賢太郎
新城綾香
新城綾乃
その少女達を初めて見たとき 僕はこの屋敷のような妖しさを感じた
この世に存在しているのかも分からないほどに、非現実的な超常的な雰囲気が空気を伝ってくる
言い知れぬ恐怖を覚えた
まるで
まるで 心が見透かされているようだったからだ
目が少女達に釘付けになる
こちらを見返すその目が 誰よりも聡明に映る
そして少女達は唐突に、口を開いた
新城綾香
新城綾乃
加賀春樹
一瞬、耳を疑った
子供とは思えないほど丁寧で 機械的な声音が響く
その音は清純さを醸し 耳の奥へと透き通ってしまう
2人は全く同じトーンで話し 全く同じ動作で礼をした
呆気に取られて しばらく反応ができなかった
加賀春樹
新城綾香
新城綾乃
加賀春樹
妖しい笑い声に
新城綾香
新城綾乃
妖しい空気に
新城綾香
僕はもう
新城綾乃
惑わされていた
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