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ルミさんキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
めちゃくちゃクオリティ高い...
木材と甘い花の匂いが、鼻腔をくすぐる。
眩い閃光の感覚がまだまぶたにへばりつく中、二人は目を覚ました。
ハッと風香が驚くと、すぐさま辺り一面を見回す。
淡い紫と琥珀色の光が揺らぐ室内。 壁には果物の絵画が飾られ、本棚には見るからに難しそうなハードカバーから少女漫画まで揃っている。
そして、秒針が止まった古時計の下には、色とりどりの愛らしい菓子が並んだショーケースが。
恐る恐るあおいが尋ねた――その直後。
ええ、そうよ。
艶のある女性らしき声が、そう答えた。
耳元で囁かれたような、どこか艶めいたその声に、あおいは思わず身をすくませた。
風香の声に従い、あおいはレジカウンターに目をやる。
息を呑む二人の視線が、自然とカウンターの奥へと吸い寄せられていく。
透き通るような白い肌に、店内の照明のように薄紫と琥珀色が交じった瞳。
―――美しくも、どこか非現実的な人物がそこにはいた。
突然のことに、あおいはあたふた。 風香の方はと言えば、すっかりその人物に心を惹かれていた。
そう言って“ルミ”と名乗るその店主は、ベージュのキャスケットを指でそっと持ち上げるようにして、ニコッと優しく微笑んでみせた。
昨日は、カッコよく変身した赤月先輩に助けられて(あおいちゃんは花多山先輩に!)、 今日はキラキラな光に包まれて、謎めいたカフェに“ご招待”―――
ちょ、ちょっと待って、これ本当に夢じゃないの!? 頭は全然追いつかないけど、でも…すっごくワクワクしてる自分がいる!
そう胸を高鳴らせながら、風香は店内のそこここを見てははしゃいでいた。
きらきらと目を輝かせ、次から次へと声をあげる。
だが、その隣で、あおいの表情はどこかこわばっていた。
“AMETRINE”も、“ルミ”っていう人も、明らかに普通じゃない。 ワープできるチラシなんて、もはやSFの産物じゃん。
…もしかして、これも昨晩の“怪異”と似たようなものなんじゃ…
そう思うと、背筋がうっすらと冷える。
――洒落にならない。
学校にも行かないといけないし、できるだけ早くここを出ないと…!
「風香ちゃんッ!」
切羽詰まった声が店内に響く。
あおいの瞳は怯えに揺れ、体はわずかに震えていた。
それを遮るように、カウンターの奥からルミが静かに口を開いた。
まるで予期していたかのような、落ち着いた声。
その声に、あおいの懐疑心はさらに強まっていく。
ーーー“お菓子を振る舞う”!? そんなの、絶対毒とか盛られてるヤツじゃん。 こんな怪しい店の出すお菓子なんて、死んでもゴメン!
風香の袖を引いて店を出ようとしたあおいの前に、ふっと二杯のカップと二枚の皿が差し出された。
動かない古時計を背に、ルミはどこか憂いを帯びた表情を浮かべる。
風香が目を丸くするのと同時に、ルミの顔に明るさが戻っていく。
申し訳なさそうに、ルミは目を細めた。
カップの中を覗き込むと、琥珀色の湖からすうっと鼻を抜けるような爽快感。 ツンと眠気が吹き飛ぶ、清々しい朝の香りがした。
あおいが鼻をひくつかせ、ぽつりと呟く。
どこまでも朗らかな風香を気にかけつつ、あおいはそっと皿の上に視線を落とす。
ほのかに珊瑚色に染まったマカロンの生地は、見るからに香ばしそうだ。
隣には、雪だるまのようにころんと二段重ねになった焼き菓子が。 空色の砂糖衣が覆いかぶさり、バタークリームをあしらったその姿は、まるで優雅なお嬢様のようだった。
あおいがその“お菓子”の出来栄えに感嘆する。
あんなに訝しんでいた彼女も、いつの間にか並べられた“お菓子”たちの魅力にひかれていたのだ。
タイミングを見計らったように、ルミが微笑んで口を開く。
不思議そうに首をかしげる風香に、ルミはどこか楽しげに話し始める。
そう言ってルミは、ふっと微笑みながらカップを指す。
食べる度にブルーベリー、バナナ、メロンと味が変わる、カラフルながらも優しい色味のクリームが挟まれたマカロン。
サクサクと軽快な食感のシューに、濃厚なのに気づけばスッと後を引かず消えていくカスタードクリームが詰まったルリジューズ。
そして、それらと喧嘩しない柔らかな爽快感のミントティー。
スイーツのCMに出て来るアイドル顔負けの満面の笑みを浮かべ、魔法のようなお菓子たちを味わう風香。
だが、その傍らはというと。
あおいは完敗した。
あんなに怪しんでいたのに、あんなに急いでいたのに。 体が言うことを聞いてくれない。
菓子を一口かじっては、ミントティーを啜ってしまい…
ミントティーのカップが、軽く音を立てて空になる。 あおいはようやく、最後のひとかけらのマカロンを口に含んだ。
それは、ただの感想ではなかった。
胸の奥までじんわり染み渡り、少しだけ、こわばっていた肩の力が抜けていく。
風香は既に空になった皿を抱きしめるようにして、幸せそうに目を細めていた。
あおいはそれを反芻した。 なんとなく、引っかかるものがあったのだ。
――――ここに“時の流れ”というものはないの。 ずっと、ずっと変わらない。
ルミがお菓子を差し出した時に放った、あの言葉。
消え入りそうな、か細い声。
心の奥から漏れたそれに、ルミはわずかに微笑む。
彼女の声と共に、二人の視界に再び閃光が走った。