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301号室

血飛沫一滴無い純白の壁と床、壁際に飾られた白い薔薇、絢爛なシャンデリア

命の奪い合いが行われる場所とは思えないほど綺麗な部屋に二人は案内された

エレベーターを出て数歩、一番近い部屋

手をかけたドアノブは既に少し温まっていたが、未だ不安は掻き消せないままだった

京極正宗

日向…残念だけどこれもう

お願いだから

僕を殺して!!!

京極正宗

─────!?

突如響き渡った怒号に近い叫び声に心臓が飛び出そうになったが、足元にいたのは紛れもない

日向だった

京極正宗

日向…?急にどうし…

日向正宗

お願いだがら゙僕を✗じで!!

日向正宗

お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い

日向正宗

僕を゙折っ゙でぐれ゙!

日向正宗

ああああああああああああああああっ!!

勢いよく窓ガラスは砕け散り、破片が冷えきった空気中を舞う

小洒落た薔薇の装飾は折れ、輝いていたシャンデリアは一部が欠け、その欠片は重力に抗えずに落ちた

京極正宗

日向…

日向正宗

嫌だ…嫌だ…!!僕は人殺しなんだよ゙僕は救いの手すら差し伸べられない人殺しなんだよ僕は僕は僕は─────

京極正宗

一旦落ち着きまし…

日向正宗

守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった!!守れなかったんだよ僕は!!

日向正宗

人を守る御役目の僕が罪の無い人の命を奪ったんだよ…!

日向正宗

こんなの

京極正宗

日向…!

刀失格じゃないか!!

落ち着きなさい日向!!

シャンデリアが揺れるほどの叫び声が3階に響き渡った

息切れしている京極の側で日向は一点を見つめ、固まったままになった

京極正宗

私の手で折ってほしい…?冗談じゃありませんわ!

京極正宗

ここから出て歴史を守る、それが今私達に課せられた使命でしょう?

京極正宗

それなのに何故弱気になっているのかしら?
“正宗”とでもあろう者が、沢山の武士に気に入られていた“正宗”が、なぜ「苦しいから折ってほしい」だなんて言えるのかしら?

京極正宗

これでは主様にも刀工「正宗」にも合わせる顔がありませんわ!!

京極正宗

「正宗」の名に恥じぬように生きなさい!!

京極がそう言い終わるや否や、日向は下に向けていた顔を上げ、刀を手に取った

咄嗟に振りかざされた刃を避け、動きを封じる為に喉元に刃の先を向ける

薄いブロンドの髪から覗き見していたのは、血走る目と今にも溢れそうな涙だった

日向正宗

罪の無い人間を殺した奴が、恐怖で怯える人間を見放した奴が、ただ1人でさえ救えないような奴が

日向正宗

ここを出て歴史や主を守る?冗談言っているのはそっちだよ!

日向正宗

京極は良いよね、強いから

日向正宗

でも僕は京極みたいに強くないんだよ、この手で守ったモノより奪ったモノの方が圧倒的に多いんだよ

白い雪のような指が火照った柄頭を撫でる

日向正宗

きっとこの明日も、明後日も、この先何年も

日向正宗

僕は誰も救えないままだよ…

乱れた呼吸を必死に落ち着けながら目線を下にやる

蒼い眼が捉えたのは吸い込まれそうな深窓の薔薇だった

京極正宗

……救えないなんて、守れないなんて、
勝手に決めつけないで頂戴

京極正宗

貴方は今まで何をしてきたの?

突然問いかけられ日向は少し驚いたが、小声で答えた

日向正宗

……歴史を守ること、かな

京極正宗

そうよね

京極正宗

貴方が時間遡行軍を斬ったことによってどれだけ歴史が守られたか、それでどれだけの未来が守られたか

京極正宗

それは日向もきっと分かっているはずよ

京極正宗

既に則宗さんは折れてしまったというのに、日向まで折れたら戦力が足りないわ

京極正宗

…それに、主様も悲しむと思うわ

突きつけていた短刀を慣れた手付きで鞘に収める

身動きが取れるようになった日向には少しばかり安堵の表情が浮かんでいた

それを見た京極はいつもの冷静さを取り戻しお淑やかに姿勢を直したが、束の間のいつもの時間はそう長くは続かなかった

日向正宗

……あはは、ごめんね京極

日向正宗

やっぱり僕、限界みたい

京極正宗

…え?

日向正宗

京極は優しいね、こんな僕にも優しくしてくれるなんて
嬉しいよ、本当にありがとう

日向正宗

でも、なんだかその優しさに触れる度に胸が痛むんだ

僕が見送ったあの子も

飛び立っていったあの子も

─────そして、今は亡き元主も。

日向正宗

皆とっても優しくて、強くて…太陽みたいに眩しかった

日向正宗

僕はもう…

日向正宗

僕はもう…!

優しい人を失いたくないんだ!

どこか諦めと苦しさ、今までに降り積もった後悔を孕んだ、必死に絞り出した震える声で叫ぶ

グラスの割れない、優しさで包まれた声で

─────塩辛い味が口中に広まるのもお構い無しに。

日向正宗

…ねえ、京極…

日向正宗

おねがい…

ほんのり色付いた目蓋と光に反射され輝く瞳が京極をじっと見つめた

そこにはもう、“あの頃”の光は無かった

京極正宗

……日向

日向正宗

重々しい空気の中、口をそっと開く

京極正宗

おいで

日向正宗

…?

京極正宗

此処へ、いらっしゃい

手招きされるがまま崩れ落ちたのは、人肌程度のぬくもりを感じる胸の中

ぎゅっと握りしめた手は柔らかく、包み込むようにしていた

京極正宗

…仕方ないわ、今回ばかりは
こんな事もあるのね

京極正宗

また一つ、勉強になったわ

ゆっくり顔を上げると、京極は照れくさいのか少し顔をそらした

しかし、またすぐに日向のほうに向けた

日向正宗

……本丸に帰ったらさ、また新しい僕をよろしく

これで良かったんだ、きっと

うん、きっと…

……。

……なんかやっぱり寂しいかも

なんてね、あはは

もう遅かったみたい。

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