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事件から2週間後
その日、初めていずみさんの家で寝所を共にした
こんな関係になる権利が果たして私にあるのだろうか
傷を癒すためにいずみさんを利用しているかのような今の状況に
そう自問自答しながらも
行為の快感に身をよじらせ
果てた
どっと疲れが出て、眠りそうになったまさにその時
あの日の事が頭に浮かんだ
彼女が落ちた時の水音
2度と動くことのない彼女を抱き寄せた時の
冷たい感触
絶望感
そんなことを思い出しながら涙を流していた私の中に疑問が浮かんだ
永田は私の部屋にいて
そこから落ちる姿を目撃したと証言している
だが私が見上げた時に永田は
間違いなく自分の部屋にいた
このわずかな間に
どうやって自分の部屋に戻ることができたのか?
彼女が落ちた時、私は既に1階まで降りていた
永田が7階の私の部屋から落ちるところを見ていたのだとしたら
私が外に出てきて、彼女を抱きかかえるまでの間に
2階分の階段を降り
自分の部屋に入り
ベランダに出て顔を覗かせていなければいけない
普通に考えれば到底間に合わない
ただ一応、間に合う方法が1つだけある
それは7階から5階までベランダを伝って降りる方法だ
物理的には可能だが
なぜそんな危険を冒す必要があったのか?という新たな疑問が生まれる
それにしても
こんな誰もが気づくような疑問をなぜもっと早く抱かなかったのか…
事件以降抜け殻のようになっていたせいなのかもしれない
………
いずれにしても問題は
永田に会った時にこの疑問をぶつけるべきなのか?だ
せっかくできた友人が
もし嘘をついていたのだとしたら…
事件に関わっていたのだとしたら…
そんなふうに思考を巡らせていると
いずみさんが声をかけてきた
「ねぇもう1回…シない?」
………
「あぁそうだね」
少しの間を置いて私は答えた
とりあえず今はいずみさんとの時間を大切にするべき
そう感じたからだった
私の答えを聞いたいずみさんは
「ふふっ」と笑いながら膝立ちになり
髪を結び直すために一度紐を解いた
頭を左右に振る
髪が大きくなびく
その瞬間
いずみさんの姿があの日見た光景と重なった
一気に身体が凍りつき
鼓動が速くなる
そんな様子を察したのかいずみさんは
「何かあった?」と
心配そうに聞いてきた
そんなはずはない
あり得ない
信じたくない
でも…
………
私はその問いに答えることなく
ゆっくりといずみさんの顔に焦点を合わせていく
私はあまりの恐怖に震えた
そこには恐ろしいほどに表情のない
能面のような"ソイツ"がいたのだ
「何か思い出しちゃったのかな?」
少しおどけたような声色だが
表情は変わらない
「お……い…まさか」
いずみさんは何も言わずに
どこからかかんざしを取り出す
「一緒になれると思ったのに…」
そうつぶやき
かんざしを力いっぱい握る
抵抗しようとしたが
あまりのショックからか力が入らない
"ソイツ"は何の躊躇いもなく
それを振り下ろした
助けてください!!
そう叫びながら私は交番に駆け込んだ
そう、結果的に私は殺されずに済んだ
最後の力を振り絞って"アイツ"を払い除け
何とか逃げ出してきたのだ
警察が家に駆けつけた時
"アイツ"は既に絶命していた
近所の人の話では
意味不明なことを叫んだ後
一際大きな叫び声がして静かになったそうだ…
その後、永田は逮捕された
詳しいことは聞いていない(聞くのを拒んだからだが…)が
やはり事件に関わったらしい
そこは認めたのに
どうしてか7階から5階に戻った理由だけは語ろうとしなかったようだ
だがそんな理由はもうどうでもいい
神様はなぜ
私から大切な人を奪っていくのだろう?
友人も彼女も……
これ以上生きていて
良いことなんてあると思えない
ただ辛いだけ…
苦しいだけ…
これは私が実際に体験した事件に関する手記であり
遺書である
………
田中和夫