新人
あれ、んっと……
新人
おっかしいな……
陸
どうかしましたか?
新人
あ、陸さん
新人
ここの数値がですね、おかしいんですよ
陸
どれどれ……
陸
陸
あ、計算ソフトの数式が消えちゃってるな
陸
プログラムのところは触っちゃダメですよ
陸
これで3回目くらいだから気をつけるようにしましょうね
新人
ありがとうございます!!
部長
おい、〇〇課長!
部長
まだ資料は纏まらないのか!
部長
12時までって言ってたよなあ!
課長
え、すみません
課長
14時と先程お聞きしたんですが
部長
何だと!わしが間違ってるって言うのか!?
陸
……あの、部長
陸
確かに私も「14時」と聞きました
部長
……
部長
ふん!寄ってたかって吊し上げて面白いか!
陸
いえいえ、聞き間違い、言い間違いは誰にでもあります
陸
課長、何か手伝えることはありませんか?
課長
いや、今の所は大丈夫
課長
陸くん、ありがとうね
喫煙室
いやー、陸のやつ本当に怒らねえよな
本当、あそこまで要領の悪い新人の
「お世話役」を買って出てくれてありがたいよ
……
ん、どうしたその顔、腹の具合でも悪いのか?
いや、陸の話なんだけどな……
見ちゃったんだよ
何を?
駅前で、女装して男と歩いてた
……
ええーーっ!?
しっ、声が大きい!
アイツ、そっち系なの!?
いや、話をしてる限りそんな感じじゃなさそうだけど……
バイ、なのかなあ
銭湯行ったらどっち入るんだろうな
でも、そうだとしたら複雑だなあ
残業とかで二人きりになりたくないよ
御曹司で養ってくれるってんなら話は別かな
俺の尻でもなんでも好きに使ってくれてさ
だから、他の奴に聞かれたら問題だぞ
ただでさえ「多様性の時代」なんだからさ
陸
陸
……あ、お疲れ様ですー
……っ!?
やば、あ、いや……
俺長居しちゃったな、そろそろ戻ろーっと!
……そろそろ俺も会議だな
あ、コーヒー買ってこよーかなっと!
課長
ごめんね、休みの日に呼び出して
陸
いえ、気にしないでください
陸
話、と言うのは?
課長
……その……
陸
「噂」の事ですか?
課長
まあ、それも関係あるかな……
陸
昔、私には双子の姉妹が居たんです
陸
産まれる前に死んでしまったのですが
陸
多感な頃、そのことに言及した母の日記を見つけて
陸
自分だけ元気に育ってる罪悪感、のようなものを
陸
「自分を彼女に見立てて、死んだ彼女の分も世界を見て行こう」と言う形で払拭しようとしたのが
陸
私が女装を始めた理由です
陸
誤解や混乱を招く真似をして、申し訳ありませんでした
課長
いや、怒りたいわけじゃないの
課長
その、彼女、というか彼氏?と言うか……
課長
恋人っている?
陸
いや、今はいないです
課長
じゃあ……
課長
形だけでも私たち、付き合わない?
陸
……は?
課長
ほら、いっそ社内恋愛してしまえば、くだらない噂なんて消えちゃうだろうし
課長
私だって「理解」あるから大丈夫!
課長
しかも、いつまでもそんな「おままごと」みたいな事やってる訳には……
陸
……
陸
酔いすぎですよ課長、帰った方がいいです
陸
これ、飲み代とタクシー代です
陸
私はもう帰りますね
陸
……「気をつけて」
七海(陸の女装姿)
……だってさ!!
七海(陸の女装姿)
本当に理解ある人間がそんな物言いするか!?
入り浸っている友達の部屋で、ゲームをする彼の横でクダを巻く。
樹
まー、本心はワンチャン狙いだったかもなあ
七海(陸の女装姿)
気っ持ち悪い
七海(陸の女装姿)
もし課長が男だったら大問題だろ!
七海(陸の女装姿)
「逆セクハラ」も立派なセクハラだ!
七海(陸の女装姿)
同僚も同僚だ
七海(陸の女装姿)
もし俺がバイだとしてもあんな奴らごめんだね
七海(陸の女装姿)
こっちにだって選ぶ権利があるってんだ!
樹
甲斐性と色気の塊、「スパダリ」だっけ?
樹
そんなレッテル貼られて勝手に萌えられてもな
樹
樹
ま、本当に金を持ってるのは俺の方なんだけどな
樹
社会人としての才能と引き換えに、財テクが上手くいきすぎて
樹
今や不労所得で左うちわ
七海(陸の女装姿)
自分でそれ言っちゃうのかよ
樹
いや、でもお前のコミュ力は尊敬してるさ
樹
曲者揃いの会社でうまく立ち回ってると思うよ
七海(陸の女装姿)
……
七海(陸の女装姿)
いや、俺はお前に助けられてるよ
七海(陸の女装姿)
今も慣れない都会暮らし、お前とのシェアハウスで一緒だからやっていけてるし
七海(陸の女装姿)
……もっと前、お前が七海
七海(陸の女装姿)
いや、俺との「おままごと」に付き合ってくれてたから
七海(陸の女装姿)
周りの奇異の視線に押しつぶされずに済んだ
樹
やめてくれよ、そんなに湿っぽくすんのは
樹
昔から言ってるだろ?
樹
俺は一目見たときから「七海さん」に惚れてんの
樹
だからデートで一緒に出歩くのなんてご褒美でしかないよ
七海(陸の女装姿)
またお前は、気を遣わせまいとそんな方便を……
樹
……
樹
俺もさ、こんなんでも悩みがあるんだよ
樹
投資家って言ったら聞こえは良いけど
樹
世間から見ると俺も「ただ金を持ってる社会不適合者」
樹
そんなどうしようもない俺に、お前は役割をくれる
樹
ままごとだって良いじゃねえか、ずっと二人で暮らすってのも悪くないと思うぜ
……本当に、彼には救われてばかりだ。
色恋なんて、今の俺らには要らない。
今日の疲れを癒やすために、本棚から漫画を取り出して
彼の横に座り、この心地いい空気を満喫することにした。