記憶を失っても。

ﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟ…⏰

気が滅入らない

ここ最近ずっとそんな調子だ

まぁそうだろうな

大切な人が事故にあい、記憶喪失だなんてことを聞いて元気でいれるわけない

ﾌﾞｰ…ﾌﾞｰ…📱

あちこちから電子音

朝からなんだよ…

寝起きのガラガラな声で電話に出た

頭が回らない

思わず起き上がった

クロノアさんだ

どうしたんだろ

やっと面会許可もらえた

ほんとは事故のことを聞いてすぐ行きたかったんだけど、まだダメだって言われて

それからずっとぺいんとのことを考えてた

でも…やっと会える

電話を切る

心が弾んでいるのは気のせいだろう

会えるとは言ったって、結局俺の事忘れてるんだよ

でも…何らかの奇跡で…覚えてくれていたりしないかな

なんて、無駄な思いを抱いていた

病院に着くともうクロノアさん達はいた

心做しか、いつもの日常組の雰囲気はない

それはそうだろう

だって、いちばんうるさいヤツがいないんだから

分かりきったこと

知りたくない事実

知らなくちゃいけない現実

心が痛い

下を向いて震えているしにがみくん

何もしてあげられない無力さ

なんて言葉しかかけられない

" ぺいんとには "

その言葉の意味がわかるよ。俺に。

ほんとのぺいんとが雲隠れしているから、記憶が思い出せないんだね

なら、ぺいんとを引っ張りだそうってことか

やってやろうじゃん

恐る恐るドアに手を置き、扉を開けた

そこに居たのは変わり果てた姿のぺいんとだった

包帯だらけギプスだらけ

擦り傷やかすり傷も多々見られる

沢山の機械に繋がれ、点滴に打たれ

すやすやと気持ちよさそうに寝ていた

記憶のリセット中か……

起こさずただ見守っていた

見た目はぺいんとなのに

違うんだね

もう何分待っていただろう

起きた

じっ……と見てくる

恐る恐る名前を呼ぶ

分かってはいた

だから別に動じない

今俺に出来ることは、今のぺいんとと向き合って、今のぺいんとを認めること

奇跡なんて起きやしない

俺に奇跡が起こるくらいならぺいんとを治してやって欲しいよ

なぁ神様

どうしてこんなシナリオなんだよ

こんな悲劇な…クソみたいなシナリオなんてあっていいのか

書き換えられるのなら、俺が書き換えたい

お前を幸せにする世界に塗り替えたい

大人しいな。ぺいんと

本来の自分も忘れてるのか

合わせるしかないんだもんな

ぺいんとの心に支障をきたさない程度に言ってみる

なにかぺいんとを戻すきっかけになればいいなと思いながら

深追いはしないよ

平常心。冷静に。

俺が取り乱せばぺいんとを驚かせてしまう

夢の内容を聞く限り、ぺいんと自身、思い出そうとしてるんだね

お礼を言いたいのはこっちなんだけどな

生きていてくれてありがとう

本当は言いたい

｢それは俺なんだよ｣って

事実だった

ぺいんとの目から宝石のように綺麗な滴が流れている

窓の空の反射で青く光っていた

空色だった

ポロポロとシーツを濡らしていく

空色だった涙も落ちれば透明となった

まるで、ぺいんとが俺を忘れていくような感覚を覚える

記憶の奥ではぺいんとは俺を分かっているのに、いざ今のぺいんとがとなると忘れる。俺がぺいんとの中で消え去り、透明となる。

そんな感じ

受け止めるよ。どんなぺいんとでも

だから安心して泣きな

今のぺいんとを否定する人なんていないよ

一通り泣きじゃくって落ち着いたらしい

俺は何も言わなかった

ぺいんとに触れていただけだった

その純粋な疑問が俺の心を抉る

なら、単刀直入に答えよう

急にぺいんとの様子が変わった

大丈夫か？

さっきとは違う

俺の知っているぺいんとの声だ

あぁ、この声、このうるささ

やっとぺいんとが出てきた

もう…来るの遅いよ…

涙が止まらない

なんだよ俺…めちゃめちゃダサいじゃん

頭を撫でてきた

ぺいんとの温もりがある

もうどれだけ泣いただろうか

大切な人の記憶が戻っただけでこんなに泣くなんて思ってなかった

でも、こいつは寝るあるいは日付が変わるとまた記憶が無くなる

めんどくさい奇病がぺいんとの中に潜んでるんだ

どうやら1度記憶が蘇ると全て思い出すらしい

まるで多重人格のようだ

ぺいんとの中に何も知らないぺいんとが潜んでるんだな

心からそう思ってるんだろうな

見たことない切ない表情だ

馬鹿かこいつは

俺が見捨てるとでも思ってんのか

心外だよ

これ以上ここにいると俺がおかしくなる

また来る。絶対

周りからしたらただの会話に聞こえるだろう

でも深い意味があるんだよ

なにか言いたいことがあったはず

なんだっけな

あぁ、そうそう

これでいいのだろう

あとはあいつ自身の問題だ

また会いたいな

"ぺいんと"に。