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行けるわけねえよ…

いまはとにかく

落ち着かなくては…

璃々子の母親に会っても 話がうまく転がることはない

むしろ 悪い方に悪い方に 転落していくだけだろう

璃々子さえもいなくなったいま 誰に相談すればいい?

その答えを探すため あるいは一時の安らぎを得るため

市街地を歩きつづけた

???

はーい!

???

カラオケ空いてます!

???

いまならすぐご案内できまーす!

大声をはりあげる 客寄せの小太りの男

この男もあの動画を 見たのかもしれない

そう考えると胸焼けがして 同時に罪悪感がめまいをもたらす

不意にホイッスルの 甲高い音が鳴った

???

止まれ!

???

…運転手さん

???

だいぶスピード出てましたよ?

あの警官だって例外ではないだろう

勤務を終え家に帰って 卑猥な動画を漁るかもしれない

それが璃々子だと思うと

はらわたが煮えくり返るような 同時に自分の存在を消したいような

不快感が身体に広がる

???

なあ見たか?

???

バッチリ見たよ!

???

いままで見た中で最高だったよ!

???

な!投げ銭したい気分になれるよ

???

たまんねぇよな

なんの話が分からないが 璃々子のことだったらどうしよう

おれは

このままどこにも行けずに

自責に耐えながら一生を 過ごすのだろうか

美佐子

…もしもし

美佐子

わたしは武田くんを

美佐子

一方的に悪者にする気はない

美佐子

でも

美佐子

きちんと話をしなきゃいけない

美佐子

きちんと話をして

美佐子

少しでも今の状況を

美佐子

改善しなくちゃいけないわ

美佐子

また電話してください

美佐子

それじゃあ…

怖くて出ることができなかった 璃々子のお母さんからの電話

留守番電話に入っていたメッセージ

それを聞くとおれは まるで追い詰められた容疑者に なった気分だ

陰鬱なため息をついた

もしこれが明るみに出たら

彼女との性行為を ネットにばらまいた罪人 という汚名を着せられ

一生を過ごさなくてはならない

その運命からは逃れられないのだ

こうして罪を背負って 後ろめたい残りの人生をあじわう

たったこれだけのことで

あんなことしなければ こうなることはなかった

どうしろっていうんだ…

また電話が来た

番号非通知の着信

しばらくそのままにしておくと 留守番電話に繋がる

スマホを耳に当てる

???

もしもし

???

わたくしリビングフォーナイト株式会社の

???

伊智というものです

???

いま…えーっと

???

泰さんの動画はネットでとても人気がありますので

???

単刀直入に言いますと

???

われわれに独占で動画を売っていただけないかと

???

思ったところでして…

???

動画1本につき約40万円から100万円ほど

???

お支払いいたしますので

???

もちろん普段はこうした手の動画は

???

10万とか20万とかですが

???

泰さんとわれわれが提携すれば

???

お互いウィンウィンの関係で

???

しっかり稼げるコンテンツを作れるかと

???

ですのでひとつ御協力お願い致します

???

またご連絡差し上げます

???

失礼します

最低だ 最低の業者だ

おれがやってしまったことも 最低なのだろう

でもそれよりも それを金稼ぎの道具に使うなんて

なんとかしておれだけでも 助からないだろうか?

おそらくどん底まで落ちるだろう けれど

まだその心づもりもできていない

どうすれば…

そう考えを巡らせていると ふたたび電話が鳴った

誰だ

今度は非通知じゃないが 知らない番号だ

もしもし

???

…武田泰、くん?

???

なるほど

???

きみが武田泰くんか

???

ようやく話ができる

???

きみが璃々子と付き合っていた

???

武田泰くんなんだね

…あんた

あんたは誰だ

???

いや

???

名乗るほどの者ではないさ

???

名乗る価値なんてない

???

もしぼくについて詳しく知りたいなら

???

まずは現実を直視すべきだよ

???

実のところ

???

ぼくはきみを

???

絶望の淵から救い出そうともしている

???

喩えるならきみは蟻地獄に落ちた蟻だ

???

這いずった分だけ堕ちていく

???

だがそんなきみにも

???

たったひとつ救済の方法がある

???

なんだと思う?

???

考えるんだ

???

きっとヒントがどこかにあるはずだからな

???

世界中に散らばった動画のなかにも

???

なにかヒントがあるんじゃないか?

???

手がかりが掴めたら

???

また電話するといい

???

きみに会える日を待っているよ

???

それではまた

…おい

あんたは…

そこで電話は切れた

手がかり?

そんなものがあるわけがない

あれはただの動画だ

ちくしょう

ちくしょう、ちくしょうちくしょう!

あああー!!

おれは勉強机の椅子を蹴りあげた

世間にも 自分がやってしまったことにも

耐えられなくなりそうだった

椅子のコロや部品が外れて 床に汚らしく散らばった

おれは おれは

おれはどうすればいい?

…ちくしょう

そうだとは思ったが

歯も立たないとは…

動画をネットから 完全に消し去ることは

現段階ではほぼ不可能であると 判明してしまった

ひとたび流出してネット上に 流布したポルノ動画は

ひとつの動画サイトでは飽き足らず 多くの媒介による「増殖」を 繰り返して

またたく間にネット上の あらゆる動画サイトの売り物になる

そうなると個人では収拾がつかない

警視庁とICPOに依頼して 虱つぶしに消していくしかないのだが

そうするとおれは 自らの罪を認める形になってしまう

おれは少年法で守られているとはいえ 厳罰が科せられることは免れない

だめだ…でも

まだ終わりたくない

おれは拳で 頭部をガンガン叩いた

鈍い痛み 痛みを感じることで 現実に引き戻されて

えもいわれぬ恐怖が にじりよってくるのを ふり払えるような気がした

だが恐ろしい感情は おのずと脳の中で生み出され

痛みは決して 恐怖に打ち勝てなかった

床に倒れた椅子 そして散らばった部品を

ぼうっと見つめた

まるでいまのおれみたいだな

無様な…

…ん?

これは?

椅子の部品にしては やけに大きなパーツが転がっていた

2センチ四方ほどの 黒い小箱

それだけが他のパーツと違って ここにある、と主張するように

おれの目にうつった

これは…

小さい穴が無数に空いた面がある

スピーカー?

音楽プレイヤーに近い形だ

こんなの持ってたっけ

璃々子が持っていたのかな

おれはその小さい箱を 勉強机の上に置いた

璃々子のことを思い出した

「奴」は言っていた 動画の中にも手がかりがあると

それが救済の手立てだと

もう一度 スマートフォンの動画を見る

璃々子…

もう死んでしまった彼女

おれにとってその動画は 怪物に他ならない

とてつもない背徳感 しかしその裏で押し寄せる欲望の渦

どうしてか 股間が充血するのを感じる

璃々子…

おれはどうなるんだろ…

教えて

璃々子…

またあの場所に来ていた

街の中に身を潜めることで

喧騒に紛れて誰にも見つからないと 思ったからだ

ポケットに入れたスマホを取り出す

どうしていいのか分からない

誰にも相談できない

その時突然着信があった

おれは一瞬震えあがった だがそれはどこかで見たような番号だった

もしもし?

???

やあ

???

また逃げたのか?

???

らしくないなあ

???

罪を認めない

???

かといって償いをするわけでもない

???

煮え切らない態度は

???

さらなる悲劇につながる

じゃあ

一体どうすればいいんだ!

???

それを自分で考えようともしない

???

悲劇の連鎖はもうはじまりつつある

???

やがてこっちにもやって来る

???

そうだ…

???

いいことを教えよう

???

きみの家は

???

今なによりもひどい状態になっている

???

助けを求めるなら

???

まあ助けてやらないこともない

???

その時はぼくに電話するといい

???

それじゃまた

電話が切れた

こいつは 誰なのだろうか

家がひどい状態に?

誰かが放火したとか

殺人が起こったとか だろうか

おれは家に戻ることにした

おれの家の玄関口に

3台のパトカーが ランプを光らせて停まっていた

嫌な予感がする

おれは物陰に隠れながら それに近づき

なにが起こっているのか 目を凝らして観察した

父さんが怒声を上げている

それをなだめるように 警官と思しき男が

父さんになにか話している

しばらくそのやりとりが続いた

しかし数分後突然 状況が一変した

パトカーに隠れていた10人ほどの警官が

一斉に飛び出し 父さんを取り囲んだ

警察官

22時10分!確保!

警察官

抵抗するなっ!

警察官

これより家宅捜索を行う!

警察官

武田泰の確保を最優先だ!

警察官

警察だ!

警察官

武田泰!出てこい!

あまりに凄惨な光景を おれはただ立ち尽くして見ていた

ふとこちら側を振り返った警官と 目が合った

警察官

いたぞ!

警察官

武田泰だ!

警察官

動くなっ!

警察官

撃つぞ!動くな!

おれは咄嗟に背を向け

走り出した

パン!と銃声らしきものが鳴った

足元で火花が弾けた

遠くへ行かなくては

もう一度発砲音

足に当たった! 足が焼けるようにいたんだ

思わず転倒した

警察官

おとなしくしろ!

警察官

確保だ!急げ!

しかし またすぐ立ち上がれた

靴に弾が当たっただけだったようだ 無傷だ!

警官が2人駆け寄ってくる

逃げることに集中する

また後ろで発砲音がした なんとかかわしているのか当たらない

その直後だった

警察官

おーい!

警察官

おおおおおーい!!

発砲音とは違う 大きな衝撃音がした

思わず振り返ると 信じられない光景がひろがっていた

そこには黒いスポーツカーがあって

警官たちは突き飛ばされていた

スポーツカーはヘッドライトを おれの方に向ける

…殺される

猛スピードでおれに向かってくる

かと思うと

おれのすぐ近くでぴたりと止まる

運転席のドアが開いた

???

早く乗るんだ

???

助かりたいなら

???

急げ!

急発進した車は 入り組んだ道を かいくぐるように進んでいく

なぜおれを

助けたんです?

運転手はまだ若そうな男だ 20代前半ぐらいか

???

当たり前だったからだよ

???

きみを助け

???

ほんとうのプランをやりとげることが

???

ぼくにとってのすべてだからだ

それってどういう

???

きみはまだ気づいていないみたいだ

???

きみの勘の悪さ…

???

いや

???

でもそうでなくては

???

武田泰は武田泰らしくないもんな

あなたは

まさか…その声は

赤信号で停車する

彼はゆっくりと 顔をこちらに向けた

ユウト

申し遅れた

ユウト

ぼくは永井ユウト

ユウト

さっききみに電話をかけた

そんな

そんな馬鹿な

ユウト

逃げる必要はない

ユウト

きみには逃げる場所などないのだから

ユウト

生きてぼくに従うか

ユウト

それとも逃げて悪夢のような余生を過ごすか

ユウト

きみ次第だ

お前は…

まさかお前が

ユウト

まあまあ

ユウト

ゆっくり話さないか?

ユウト

どんな話も手順を踏まないと

ユウト

独りよがりな話になる

ユウト

そう思わないか?

…殺してやる

お前がぜんぶやったんだ

ぜんぶお前が…

うっ

右大腿にチクッとした痛みがあった

全身から力が抜けていく

ユウト

ははは…

ユウト

それはただの麻酔だから安心して

ユウト

ゆっくり話をしよう

ユウト

ゆっくりと…

全身から魂が抜けたように 全く動けなくなった

それに合わせるように

意識がとけてゆく

ユウト

…さあ

ユウト

本番はここからだ

リベンジポルノ:ディストリビューション

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