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エブリスタ超妄想コンテストにてピックアップルーキー(入選)に選出されました。本作品を軸に新しいエピソードを書き足して応募いたしました。
#エブリスタコンテスト参加作品につき、題名をあわせています。
禁じられた迷宮シリーズ 月曜日。 エブリスタでエピソードをつけ足し小説にしました。切ない話です。
月曜日
雨はゆううつだ。
車窓からの景色は何もかもが灰色に見えた。
6時55分
始発から乗ったバス。
マサトは後ろから二列目、通路側の座席に座ると決めている。
この日はいつもより乗客数が多かった。
六つ目のバス停
「甲武団地前」
ここから一気に混雑する。
どやどやと乗り込む乗客たち。
傘も鞄も背広も制服もすべてがびしょ濡れ
バスの中は湿気た酸っぱい臭いで満たされた。
バスの運転手
バスの運転手
マサト
思わずつぶやいた。
真っ黒いレインコートを着た子供が、もみくちゃになりながらマサトの横に流されてきた。
どういうわけかフードは被ったまま。
子供が目の前のポールに掴まった。
???
手が異常なほどシワがれている。
年寄りか……
しかたない
マサトは席を立った。
マサト
老婆
声がデカイ。マサトは小さく頭を下げた。
後部座席はステップが一段高くなっていた。
背の高いマサトは天井に頭がつく。
猫背になったままで、リュックサックを背負った。
老婆
おい。話しかけるな……
老婆
まんまとコンプレックスをついてきやがった。
マサト
と、中途半端な返事。
老婆
老婆はマサトに顔をちかづけるよう手招きした。
さすがに困る。マサトは反対側にのけぞった。
マサト
天井に頭をぶつけた。
老婆
マサトはしぶしぶ顔を近づけた。
老婆は口に手をあて、ごくごく小さな声でささやいた。
老婆
老婆
老婆
老婆
老婆
老婆
バスは5分遅れで「夢子の荘駅」に着いた。
ホームアナウンス
マサトは時計を見た。
7時16分
走って改札を抜ける。
階段を駆け下りる。
地下道を猛ダッシュ
一段抜かしで一気に駈け上がり
目の前の乗降口に飛び込んだ。
ほぼ同時にプシュと音をたて、ドアが閉まった。
スマホを見る。
マサト
電車は時間通りに発車した。
朝の通勤ラッシュ。意外にも座席が空いていた。
マサトは斜め座りしている男と山高帽を被った老人の間に座った。
これが失敗だった。
空いているにも理由があったからだ。
斜め座りの男
斜め座りの男
右に座る男が、落ち着きなく低い唸り声をあげていた。
傘はない。
それでも警戒対象筆頭だ!
不意に静かになる。
マサトは視線を感じた。
男が黙ってこちらを見ていた。
斜め座りの男
視線の端に映る男は、外の景色に唸り声をあげた。
マサトを見ると黙る。景色を見て唸る。それを何度も繰り返した。
マサトはスマホを取り出し、知らんふりを決め込んだ。
ところが……
電波が無い。
一本も立っていない。
毎日乗っている電車なのに……マサトは少しずつ違和感を覚え始めた。
目の前に編みものをする女性が座っている。隣にベビーカーを持ち込んだ母親。マサトの左側に座る山高帽の老人は、うたた寝していた。
つり革に掴まっているカーキ色の制服。あれは自衛官だろうか? やけに古めかしい。
この電車
いつもと違う……
キィーーー
とつぜん電車が急停車した。
照明が消え
空調も止まる。
ザーーー
斜め座りの男
シンとした車内に雨音と男の唸り声だけが響いた。
マサトは男を見ないよう、左から後ろを振り向いた。
外は滝のような雨。
しぶきが地面に跳ね上がる。
あまりの激しさに、辺りは霞みがかかったように真っ白だ。
かろうじて赤い鳥居がうっすら見えた。
車掌
車掌
乘った電車は各駅停車だ。
気のせいか?
だいぶ走ったつもりになっていたが、まだ隣の駅にも着いていなかった。
ガラリ
貫通扉が開いた。
二メートルはあろうか。大男が腰をかがめながら隣の車両から移ってきた。
髪はウエット。
顔は馬づら。
ぴちゃっぴちゃっと変な音がする。
マサトは視線を落とした。
雨の日にビーチサンダル。
なのに分厚いコール天の冬ズボン。
ずるずる のズボンをひびひびの革ベルトで縛り上げている。
ワイシャツの袖はたくしあげ
手には、ビニ傘を持っていた。
「傘男に気をつけろ」
言われなくても気をつける!
馬づら男が普通じゃないことは
ベビーカーの赤ん坊だって気がつくはず。
馬づら傘男
馬づら傘男
馬づら男は車両の中を行ったり来たりしながら、乗客一人一人の顔を順番に凝視した。
馬づら傘男
馬づら傘男
腕を伸ばし、傘を使い、手当たり次第に乗客を指した。
乗客もマサトも関わらないよううつむいた。
巻き込まれるのは勘弁だ!
マサトは馬づら男が去ってゆくのをじっと耐えて待った。
男は傘を振り回す。
車輪のようにブンブン振り回す。
ベビーカーに当たりやしないか、内心ひやひやした。
馬づら男が振り回していた傘が、進行方向に向かってピタリと止まる。
馬づら傘男
そうつぶやくと、一つ前の車両に移った。
緊迫していた空気が和らいだ。
斜め座りの男
隣の男がふたたび唸り始めた。
山高帽子の老人
山高帽子の老人
うたた寝していた老人が目を覚ました。
マサト
マサト
山高帽子の老人
マサト
山高帽子の老人
どういう意味だ? マサトは時計を見た。
7時17分30秒
!!!
マサト
まだたった3秒……
反対車線にのろのろと、くだり電車が入ってきた。
くだり電車はマサトの乗るのぼり電車に合わせるように、ピッタリと同じ位置で停車した。
向かいの電車は運よく電気も空調も消えていないようだった。
マサトは明るい電灯の下に立つ女子高生に目を留めた。
マサト
気づいたら名前を呼んでいた。
まさか……。他人のそら似にしては、まんまそっくりだ。
マサトは目を凝らした。
外は依然として激しい雨
二台の車両の窓は結露していて、はっきり見えない。
マサトはよく見ようと席を立った。
女子高生は熱心に本を読んでいる。
マサト
自分の目が信じられない。
アユミ。僕だ。こっちを見ろ。
マサトは半信半疑で、
でも、祈るように
念じた。
思いが通じたのか
少女は顔を上げた。
アユミ……
三年かかった
事あるごとにアユミを思いだし、密かに泣いた。
ようやく
ようやく最近になってアユミのいない日常が当たり前になった。
なのに
目の前にアユミがいる。
病室で息を引き取ったはずだ。
葬儀にも参列して
遺骨も拾った
墓参りも欠かさず行っている。
だったら、あの子はだれだ?
マサトは乗降口の扉に駆け寄った。
少女の手から本がこぼれ落ちた。
か弱く微笑み
結露した窓に字を書いた。
好きよ
マサトはうなづくことしか出来ない。
口を開いたら、かっこう悪くも嗚咽しまいそうだからだ。
ガラリと音がした。
馬づら男が戻ってきた。
傘の先端を、身を縮めた中年オヤジに指し向けた。
馬づら傘男
馬づら傘男
中年オヤジ
中年オヤジ
馬づら傘男
馬づら傘男
中年オヤジ
中年オヤジ
中年オヤジ
中年オヤジ
馬づら男は傘を背中に挿ししまうと有無を言わさず中年オヤジを捕まえた。
中年オヤジ
中年オヤジ
乗降口のドアが開く。
同時に向かいの電車のドアも開いた。
馬づら男はオヤジを担ぎ上げ、長い足でひょいとまたぎ、向かいの車両に乗り移った。
オヤジは断末魔の悲鳴をあげた。
ドアはまだ開いている。
アユミが目の前にいる。
手を出したら届く距離だ!
マサト
マサト
マサトは手を伸ばした。
だが、アユミは首をふるだけで、こちらに来ようとはしなかった。
マサト
マサトは乗り移ろうと構えた。
じいちゃん
じいちゃん
死んだはずのじいちゃんが、鬼の形相で立ちふさがった。
瞬間、扉が閉まる。
そのあとのマサトは、どこをどう行ったかまるで覚ていなかった。
我に返ったときには、学校の机に座っていた。
「今日の正人なんか変やで」
「ほんまや。好きな子でもできたんちゃうか」
友人たちはからかった。
帰り道
雨は降ったり止んだりの小雨に変わっていた。
マサトは行きとは反対のくだり電車に乗った。
後ろから二両目。アユミがいた同じ場所に立っていた。
結露していたガラスに落書きの跡が残っている。
「好きよ」
アユミの痕跡
ここに……
確かにアユミが乗っていた。
マサトは人目もはばからず大粒の涙を落とした。
くしくも明日は
アユミの誕生日だった。