デビルズパレス 食堂
ナック
まだ起きていらっしゃったのですか?
相変わらず足音一つ立てずに
彼は入口のそばで困ったように 笑っていた
主
いつもそう言うよね
私もつられてすこし頬が緩む
目の前に並べておいた2つのグラスに 目を向けた
ナック
夜更かしは感心しませんよ
主
それも聞き飽きた
そう言いながらも持っていたロウソク立てをテーブルに置き
ナックは向かい合う形で席についた
主
今日はね特別なのを
主
用意してもらったの
ナック
ほう
興味深げにナックは掲げたグラスを のぞきこんだ
ガラス越しに
淡いブルーのカクテルと赤い瞳が重なる
主
((きっとあの2つの瞳を合わせたら
主
((こんな色になるんだろうな
ロウソクの炎がふっと揺れる
ナック
美しい色ですね
ナック
春のやわらかな空のように
ナック
優しい色です
いつものように
彼は巧みな話術を披露する
私はテーブルの下でギュッと拳を握った
主
そうでしょう?
主
飲んでみて
主
すごくおいしいから
私は明るい口調で言った
主
((もう少し…あと少し
ナック
では
ナック
いただかせていただきます
うやうやしくグラスを口元に運んだ彼は
上品な仕草で春の空を嚥下した
主
……っ
私は緩みそうになる顔に力を入れる
主
ど、どう…?
ナック
………
少しうつむいたナックから言葉は 帰ってこない
影になった表情もよく見えない
主
……ナック?
ナック
………っ
次の瞬間
ナック
……っ
ナック
…………っふ
主
?
ナック
…ふふっ… ふふふっ…
ナックは肩を小刻みに揺らしながら
声を漏らして笑っていた
主
え!ど、どうしたの?!
主
なんでそんなに
主
笑っているの?!
主
((も、もしかして
主
((気づかれ…
ナック
主様は
ナック
本当に可愛らしいお方ですね
ナックは笑いながら唐突にそう言った
主
な、なにを…
ナック
そんなに表情をころころと変えながら
ナック
穴が空くほど見つめられて
ナック
気づかないような鈍感な男ではないのですよ
ナック
わたしは
主
………
主
はぁ
主
バレたかぁ
どっと体の力が抜けた私は
だらしなく椅子にもたれかかった
ナック
主様
ナック
すこしはしたないですよ
主
いいの
主
ここには私とナックしかいないから
ナック
まったく…
ナック
それはまた後で話すとして
主
それは忘れるとして?
ナック
……
私は精一杯の愛嬌を込めて首を かしげてみせる
ナック
……はぁ
私の勝ちを示す彼のため息が闇に溶ける
主
それで?
私は先をうながす
ナック
…このカクテルには
彼はもう一度グラスを掲げた
ナック
どんな毒が入っているんです?
イタズラっぽく笑った彼の濃い青が
揺れる透明なブルーに重なった
つづく