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晴翔

サヨ姉ちゃん

晴翔

これ、あげる!

サヨ

あら、鈴虫?

サヨ

ありがとう

サヨ

あの人も、
きっと喜ぶわ…

晴翔

晴翔

あの…

サヨ

なあに?

晴翔

元気、だしてね?

サヨ

…うん

サヨ

ありがとう

サヨ

はる君は、
優しい子だね?

晴翔

えへへー

サヨ

(子供は…かわいいわね?)

サヨ

そろそろ日が暮れるわ

サヨ

虫かごは今度返すから

サヨ

気をつけて帰ってね?

晴翔

はーい

サヨ

さっきね?

サヨ

はる君から、鈴虫をもらったの

虫かごを抱え

庭の井戸へと向かう

埋めた井戸は、30センチ程の隙間を残してある

サヨ

丁度いい、虫かごよね?

サヨ

これで今年も聞けるわ

サヨ

鈴虫の鳴く声

サヨ

サヨ

だって、あなた…

サヨ

静かなのは、嫌いでしょう?

家に向かって声をかけるが

返事はない…

サヨ

あら、夕焼け…

オレンジ色の光が 井戸を照らす

空を染める夕陽が

“あの日”を 思い出させた

サヨ

懐かしい…

サヨ

あの日、みたいね…

それは

去年の夏だった

冷房が苦手な わたしのためにと

夫は、タライに 水をはってくれた

アツシ

これに足をつけて、涼んで?

サヨ

ありがとう

サヨ

冷たくて、気持ちいい

アツシ

良かった

縁側で自然の風に吹かれ

並んでスイカを食べる

それが、わたし達の夏

サヨ

ねえ…?

アツシ

なんだい?

サヨ

サヨ

退屈じゃない?

サヨ

こんな田舎…

アツシ

そんな事ないよ

サヨ

でも…

サヨ

都会育ちのアツシには、退屈でしょう?

サヨ

田舎暮らしなんて…

サヨ

あのね?

サヨ

この家を売って、都会で暮らすのもいいと思うの…

アツシ

なに言ってるんだよ!

アツシ

この家は、サヨの両親が遺してくれた大切なものだろう!?

アツシ

俺は…

アツシ

好きだよ?

サヨ

…本当に…?

サヨ

わたし…ね?

サヨ

時々、不安になるの

サヨ

アツシが、無理してるんじゃないかって…

アツシ

無理なんか、してない

アツシ

俺、好きだよ?

「広くて」

「静かで」

「何もない」

アツシ

この、家が…

アツシ

サヨ…

アツシ

好きだよ…

サヨ

わたしも…

そう答えると

汗ばんだ手が 首すじに触れた

サヨ

(ずるい人…)

サヨ

(わたしが欲しいもの、全部くれる…)

サヨ

(優しい言葉も)

サヨ

(澄んだ心も)

サヨ

サヨ

(温かい、身体も…)

扇風機がカタカタと 音をたてる和室で

わたし達は愛し合った

翌日

朝日のまぶしさに 目を覚ますと

隣の部屋から夫の声が 聞こえた

サヨ

(また、仕事の電話かしら?)

物音をたてなかったのは

夫への気遣いだった…

アツシ

まったく…

アツシ

ここは、退屈だよ

サヨ

(ここは…)

サヨ

(…退屈…?)

アツシ

今すぐ、君の所に行きたい

「せまくて」

「賑やかで」

「なんでもある」

アツシ

君の部屋に…

アツシ

ここは、本当に退屈だ…

アツシ

はぁ…

アツシ

都会が恋しいよ…

サヨ

……

サヨ

…ねえ?

サヨ

あの時、わたしがなにを思ったのか

サヨ

なにを感じたのか

サヨ

…今のあなたなら

サヨ

わかるでしょう?

井戸の中に鈴虫を投げ込む

土で埋めた井戸は 住み心地が良いだろう…

サヨ

わたし、ね?

サヨ

あの日…

サヨ

閉じ込めてしまおうと思ったの

サヨ

あなたを…

サヨ

せまくて

サヨ

賑やかで

「だけど」

サヨ

なんにも、ない

サヨ

この…井戸の中に…

ゴトッ!

サヨ

サヨ

和室からね

サヨ

起きたのかしら?

サヨ

今、行くわ

“あの日”

わたしは夫を 井戸に突き落とした

だが、運悪く

夫は一命を取りとめた

体の自由と引き換えに…

サヨ

あなたって、本当に

サヨ

運の悪い人…

アツシ

うぅ…

サヨ

でもね?

サヨ

わたしにとっては、幸運だったわ…

アツシ

あぁ…

アツシ

あつ…い…

サヨ

そうね。今日は暑いわね

サヨ

待ってて?

サヨ

今、扇風機をつけるから

古い扇風機が カタカタと音をたてる

アツシ

あ…つい…

サヨ

そうね…

サヨ

タライも、用意するわ

サヨ

体、拭いてあげる

何もない、田舎で

サヨ

ねえ、聞こえる?

サヨ

鈴虫が鳴いてるわ…

愛する人の世話をする

サヨ

もう、夜なのね…

わたしにとって

これ以上の幸せは

もう、無いのだろう…

#TELLER文芸部

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コメント

21

ユーザー

歪で不安定な恋愛物語、とてもゾッとしました!✨ 「私の欲しいものは全部くれる」という台詞通りの結末になっていて思わずあっと声が出てしまいました😳 サイコ感じる彼女のキャラクターも素敵でした!✨

ユーザー

恐ろしく、怖いけど、切ない物語でした……! 最後も冷房ではなくて扇風機を付ける…( ˘ω˘ ) すごいお話が繋がっていて尊敬します!! なんにもない家で夫の面倒を見る……それがサヨにとっては幸せなのか……(私には理解できない😒

ユーザー

カゴの中の鈴虫を井戸に入れるところにゾッとしました。夫にとっては死ぬより苦しいかもしれませんが、サヨにとってはこれ以上ない幸せなんでしょうね。

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