千早
この度、こちらの【いわく】を査定するにあたって、いくつか注目すべき点がございます。

千早はそう言うと、手元にあったメモ帳らしきものにペンを走らせる。
千早
まずひとつめ。

千早
第一回の記述にある【キリが良く16歳を迎えた】というくだり。

千早
なぜ16歳でキリが良いのでしょうか?

斑目
確かに、言われてみれば16歳って中途半端ですよね。

斑目
20歳――とかなら話は分かりますが。

千早
次に、この日記はいつからいつにかけて書かれたものなのか――ということ。

斑目
日記を書き始めたのは最愛の娘が16歳の時。そして、少なくとも被害者が60歳になるまでは書かれ続けたのでしょうね。

斑目
ほら、第七回の記述に【赤いちゃんちゃんこ】というワードが出てきます。

斑目
これ、多分ですけど、還暦のお祝いだと思うんです。

千早
私もそう思います。

千早
では、ここからが重要になりますが、それを踏まえた上で――この日記は被害者が何歳から何歳になるまで書かれたものなのでしょうか?

斑目
えっと、家族記念日の第七回で赤いちゃんちゃんこを貰っているのだから、その年を60歳として、第八回が61歳。逆算すると、第一回は……えっと、54歳の時になりますかね。

千早
それを前提として、被害者が54歳の時、それぞれの娘は何歳でしょうか?

斑目
えっと、ちょっと待ってくださいよ。

斑目
被害者の現在の年齢が64歳なんだから、今より単純に10年前ということになります。

斑目
長女が34歳、次女が22歳、三女は――12歳ということになりますね。

千早
となると、被害者が54歳の時に16歳だった娘は存在しないことになります。

千早
困りましたね。

その可愛らしい顔つきには似合わぬハスキーで低い声。
それが彼女の可愛げのなさに直結しているのであろう。
千早
それに、第八回で被害者は社長の座から身を引く旨を記しています。

千早
しかし、現在の被害者の職業は?

斑目
不動産会社社長――です。

千早
そう、第八回の家族記念日を迎えた際、被害者は61歳だったはずなのに、64歳の現在でも社長の座から身を引いていません。

千早
これらを統合的に考えると、どうしても矛盾点が出てきてしまいます。

千早
それを解決する魔法のキーワードがございます。

斑目
魔法のキーワード?

千早
金木犀――です。

千早
金木犀は樹高5メートルから8メートルになる常緑小高木です。一年中緑の葉をつけ、10メートル未満のものを指します。

千早
植え付け時期は3月から4月、開花期は9月から10月になります。

千早
花の色はオレンジです。

千早
この金木犀、第一回の日記中で貰い受け、挿し木にて植えたことが記載されています。

千早
ちなみに、挿し木というのは、簡単に言えば元気で若い枝を直接培養土に挿し、根を張らせる手法です。

千早
花が咲くまで5年はかかってしまいますが、比較的金木犀の育て方としてはオーソドックスです。

斑目
ちょっと待って下さい。それじゃ計算が合わなくなりませんか?

斑目
確か日記によると、第三回の日記の中に、金木犀が花を咲かせた――という記述があったはず。

斑目
金木犀を植えたのが第一回だから、その2年後には金木犀の花が咲いたことになります。

千早
――なぜ、2年だと思ったのですか?

斑目
いや、第一回に植えて第三回に咲いたのだから、2年になりませんか?

千早
それこそ、大きな勘違いなのです。

千早
あまりにも淡々と回数を追って日記が書かれているがゆえに、誰もが勘違いしてしまうんです。

千早
――すなわち、家族記念日は【1年ごとに訪れる】のだと。

斑目
え?

斑目
これ、毎年家族記念日が訪れて、その度に書かれていたものではないってことですか?

千早
左様です。

千早
そう考えられる根拠もございます。

千早
まず、16歳がなぜキリの良いのか。

千早
ここでなぞなぞです。

千早
4年に一度しか歳を取れない人って、どんな人?

斑目
なぞなぞですか――。

斑目
あ、そうか。

斑目
閏年。

斑目
つまり2月29日産まれの人は、実際にはその限りではありませんが、4年に一度しか正式な誕生日を迎えない。

千早
つまり――家族記念日は1年ごとに訪れていたのではなく――

千早
【4年ごとに訪れるものだった】ということなんです。

斑目
最愛の娘の正式な誕生日が訪れるのは4歳、8歳、12歳、16歳、20歳――。だからこそ、16歳はキリが良かったわけですか。

千早
その通りです。そう考えれば金木犀の花が第三回の時点で咲いていても不思議じゃありません。

斑目
第一回からすでに8年経過していますからね。

千早
そして、第七回が60歳だと仮定すると、家族記念日を迎えた時点での被害者の年齢はこのようになります。

千早
つまり、この家族記念日の日記は、被害者が36歳から64歳――28年に渡って書き残されてきたものだったんです。

斑目
なるほど、第八回の日記が書かれたのは最近だったわけですか。
被害者は今年をもって、社長の座を引かねばならないと考えていた。

斑目
ゆえに、まだ社長の座についたままだったんですね。

千早
はい。

千早
さて、ここまでくれば【いわく】の正体が見えてきます。

千早
まず最愛の娘の誕生日が2月29日だと判明した時点で、容疑から外れる人間が出てきます。

千早
それは、次女の夏美さんです。

斑目
――2月といえばまだ冬の真っ最中ですからね。

斑目
さすがに夏美という名前はつけないでしょうから、彼女は2月29日生まれではありませんね。

千早
となると、最愛の娘は長女の柊子さんか三女の美雪さんになります。

千早
そして、家族記念日が4年周期で訪れていたことを踏まえ、被害者が最初の日記を書いた36歳の時点で16歳だった人物は――。

千早はそこで一呼吸を置くと、斑目のほうへと向き直った。
千早
第八回――今年の家族記念日を迎えた時点で、最初の記念日から28年経過しているわけですから、44歳となっている人物。

千早
……長女の柊子さんです。
