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「陽介のヤツ、 若いのに逝っちまってなあ……。 竜彦君……、 出棺まで付き合うてくれて、 ほんまありがとう」
僕の手を握り、 陽介の親父さんは 大粒の涙を流して頭を下げた。
僕の親友の陽介が 死んだのはつい先日のことだ。
社会人になって仕事が辛い、 休みが無い と愚痴をこぼしていたが、 会社を辞めずに ひたすらに頑張り続けてきた結果、 陽介は布団の中で冷たくなっていた。
僕は、陽介が死んだその日、 仕事を休んで彼の家に駆けつけ、 もう喋らなくなったアイツと 対面した。
陽介の顔は、 もう仕事に追われなくて済む…… と言ってるような顔をしていた。
その日から 俺は陽介の家族の手伝いをして、 今日の出棺を迎えた。
全ての準備をしている最中、 涙が出ることがなく 頭の中は冷静だった。
陽介の家族の涙を見ても 俺は涙が出てこなかった。
随分と冷たい人間になったと 自分を責めたが、 それが何になるわけでもないので、 考えるのをやめた。
出棺が終わると、 俺は歩いて自分の家まで帰った。
田舎の風景が広がるこの場所を 歩くのも何年ぶりだろう。 ふと時計を見るとまだ13時だった。
自分の影を見ながら歩いていると、 近くの木から蝉の鳴き声が聞こえた。
9月ももう中旬に来ているのに よく鳴いているな、 と蝉の鳴き声に感心していると 俺の脇を2人の少年が 虫取り網片手に通り過ぎていった。
「あ!あそこにいた!やっち!」
「しっ!静かに掴まえなきゃ……!」
虫取り網が蝉を捕らえると、 ジジジジジ と鳴き声を上げて抵抗していた。
「ほら!やったぜやっち!」
「うお!すげー!でっけえ!」
いつの間にか俺は蝉を見つけて 大はしゃぎする二人に、 陽介と自分を投影させていた。
「次は蛙だー!行くぞよっち!」
「おー!」
虫取り網を片手に少年達が 俺の脇をもう一度通り過ぎて、 あっという間に駆けていった。
彼らを見送り、 前に向き直ると陽介が、 そこに居た。
小学生の頃よく遊んだ、 あの頃の陽介が。
「ほら、あっちにでっかい蛙が 居るんだ! 行こうぜ竜彦!」
陽介はそう言うと 前を向いて走り出した。
影の無い陽介が 夏の太陽の光に溶けて薄くなり、 曲がり角に消えていった。
「もう、そんな歳じゃあ…… ないんだよ」
俺は全ての言葉を言い切る前に、 膝から崩れ落ちて嗚咽を漏らした。
どこかで蝉が、また鳴きだした。