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海斗は事務所の廊下を歩きながら、


(彼女がこれを見たらまずいな)


と焦っていた。

海斗はその足で事務所のビルを出ると、裏通りの人目につかない場所から美月に電話をかけた。

彼女に初めてかける電話がこれなのは悲しいが、とにかく誤解のないようにしておきたかった。

しかし発信音の後に返ってきたのは、


「この電話は現在お繋ぎできません」


というメッセージだった。

電話は繋がらなかった理由は、美月はその時彫金教室の授業中で携帯の電源を切っていたからだった。


海斗は仕方なくまた事務所へと戻って行った。



美月は、携帯に海斗からの着信があったことには気づいていなかった。

携帯は、仕事以外では母親か亜矢子とのやり取りでしか使わない。

メッセージ用のSNSもやっていないので、普段から頻繁に携帯を見る事もないので、

海斗からの着信には全く気付いていなかった。


美月の乗った電車が最寄り駅に着いたのは午後十時を過ぎていた。

あんな事があったから、食欲もなく夜も何も食べていない。

もちろん家に帰って作る気力もない。

とりあえず美月は駅前のスーパーに寄り、ヨーグルトを買って帰ることにした。

これなら喉を通りそうだ。とりあえず何か食べないと…。


買い物を終えた美月は、とぼとぼとアパートへ向かって歩き始めた。

そしてあの公園に近づくと思った。


(もうここに彼がいるかもしれないという『期待』をしなくてもいいんだわ…)


この公園は、『特別』な公園からまたいつもの『普通』の公園に戻るだけだ。

元に戻るだけ。それはそれで気楽でいい。

そう自分に言い聞かせると、意を決したように歩き始めた。

その時、薄暗い公園に人影が見えた。

その人影はこちらに向かって歩いて来る。

その人影が街灯に照らされた瞬間、海斗の姿が浮かび上がった。


「おかえり。遅かったね」


海斗は優しく微笑んで言った。


三日月はもう既に沈んでいた。

二人の間には緩い風が吹いていた。


今夜まさかここに海斗がいるとは想像もしていなかった美月は驚いて声も出ない。

微動だにしない美月を見て海斗が笑いながら言った。


「週刊誌見たな?」

「みっ、見ていませんっ!」


明らかに動揺した口調が、その言葉が嘘だという事を示している。


「嘘だよ、見ただろう? こらっ!」


海斗はふざけた様子で怒った。そして続ける。


「朝電話したんだけれど繋がらなかったからここで待ってたんだよ」

「えっ? 電話?」


美月は慌ててバッグから携帯を取り出すと、着信を確認する。

するとそこにはしっかり海斗からの着信履歴が残っていた。


「あっ! この時はちょうど授業中だったもので…ごめんなさい」


と謝る。


「いいんだよ。それにこういう事は直接会って伝えた方がいいからね」


海斗は先ほどのふざけた口調とは別人のように真面目に言った。


「結論から言うと、週刊誌の記事は全部嘘なんだ。友人に呼ばれて食事に行ったら女性が二人が来ていて四人で食事をしたん

だ。だからあの女性はそのうちの一人なんだ。彼女とはその時会っただけでそれ以降は一度も会ってないんだよ」


こんなに真剣な表情の海斗を見た事はなかった。

とにかく、美月が誤解しないようにとかなり慎重に言葉を選んでいるようだった。

そんな海斗を見た美月は、彼は嘘を言っていないと確信する。

その瞬間、美月の心の中を塞いでいた冷たい氷が一気に解けていくように感じられた。

けれど、素直になれない美月はついこう言ってしまう。


「えっと…別にどちらでも私には関係ありませんから」


美月の言葉に海斗はハハッと笑う。そして、


「少しは気にして欲しかったなぁ…」


と残念そうに言った。


「ぜんっぜん! 気にしません! 気になりません!」


美月は更に意地になって答えたので、海斗が声を出して笑い始めた。

思わず美月も釣られて笑ったが、次の瞬間その笑顔はみるみる泣き顔に変わっていく。


ピーンと張りつめていたものが突然プツリと切れてしまった。

おそらくそんな感じなのかもしれない。

美月がこれまでこらえていたものが、堰を切って溢れ出て来る。

泣くまいと思っても涙が勝手に泉のようにこぼれ落ちる。

まだ三回しか会っていない海斗の前で、自分はなぜこんなに泣けるのだろう?

そんな疑問さえもかき消してしまうように、美月はただひたすら泣くだけでその涙は止まる気配がなかった。


その時、肩を震わせて泣きじゃくる美月を海斗がそっと抱きしめた。

美月は海斗の腕の中で、しゃくりあげながら子供のように泣き続けた。



どのくらいの時間が経っただろうか?

しばらく泣き続けた美月は、泣き疲れてふーっと息を吐いた。

少し落ち着いた時、海斗に抱きしめられている事に気づいた美月は慌てて離れた。


「ごめんなさい」


美月は恥ずかしそうに言った。

すると海斗は、


「いいんだよ」


と穏やかに言った。

それから海斗はゆっくりと自動販売機まで歩いて行くと、コーヒーとミルクティーを買って戻って来た。


「ベンチに座って飲もうか」


そう言って美月にミルクティーを渡す。

美月が頷くと、二人はベンチに並んで座った。

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コメント

3

ユーザー

海斗さんの 誠実さ、優しさが伝わってきます✨ 美月ちゃんへの愛が溢れているなぁ~💖 直接会って 自分の言葉で説明し 誤解を解いてくれて.... 美月ちゃん、 本当に良かったね🥺💕💕

ユーザー

海斗さんの真剣さが伝わってきます。ただ違うんだって言うのではなく、美月ちゃんの性格に寄り添った誤解の解き方だなって、拗ねてる海斗さんも自然でいい😊

ユーザー

自分の気持ちにフタをして海斗さんへの気持ちも無かった事にしたかったのかな⁉️でもちゃんと海斗さんは美月ちゃんを待ってて言葉で説明してくれたことも関係が切れなかった事も嬉しかったんだね🥹素直な😢が全てを表してるね🌙🌌ほっぺにチュウ😗も良かったね😊🌷🎉

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