五人が副社長室を出ようとすると、壮馬が花純を呼び止める。
最近やたらと壮馬が花純を呼び止めるので、美咲はもう慣れっこな様子だ。
「じゃあ私は先に行くわね、また明日!」
「うん、お疲れ様」
花純は美咲に手を振る。
そして壮馬の傍まで行った。
「俺も今日はもう終わりにするから一緒に帰ろう」
「あ、はい」
「今日の晩飯は何かテイクアウトして帰るか」
「うわぁそれはありがたいです」
花純は疲れていたので喜ぶ。
「マンションの近くにテイクアウトのイタリアンがオープンしてたな? そこでいいか?」
「はい。イタリアンのテイクアウトなんて美味しそう」
花純は嬉しそうに微笑んだ。
それから二人は地下駐車場まで降りると、車でマンションへ向かった。
運転しながら壮馬が言う。
「いよいよ完成間近だな」」
「はい、職人さん達がとても良いお仕事をして下さったみたいでホッとしました。私今までいくつかの現場を見てきましたが、こちらが示したイメージ通りにピシッとやってくれたのは、あの業者さんが初めてです」
「という事は、あの業者は良い庭師が揃っているんだろうな。きっちり良い仕事をしてくれる業者とは、今後も繋がっておく必要があるね」
花純はうんと頷く。
そこで壮馬は突然こんな事を話し始めた。
「実は今度庭園デザイン設計部の社員が田舎に帰る事になって一人欠員が出たんだ。で、もし良かったら君にうちに来てもらえないかなと思ってね」
「えっ? 私がですか?」
「そう。仕事内容は今回のプロジェクトのような感じだと思ってもらえればいい。うちがこれから開発するマンションや商業施設の庭園やエントランス部分をデザインする仕事だ。おそらく君が以前本社でやっていた仕事とそう変わらない」
「…………」
花純は驚いていた。
まさか自分が壮馬の会社に引き抜かれるとは思ってもいなかったからだ。
そして壮馬の会社で働くという事は、閉ざされたガーデンデザイナーへの扉が再び開く事になる。夢のような話だ。
しかしその時花純の脳裏に優香の顔が浮かんだ。
そして花純は率直な気持ちを壮馬に伝える。
「お誘いの件は私にはもったいないくらいのお話で正直驚いています。でもガーデンデザイナーを目指していた私には夢のようなお話で……ただ……」
「ただ?」
「青山花壇でお世話になっている方に対して申し訳ない気持ちが大きくて……」
「それは誰の事? 優香さんか?」
「はい。優香さんを始め今のお店の方達…そして本社時代にお世話になった上司とか…上司は今でも言ってくれているんです。私をなんとしてでも本社に戻すと…」
「なるほど。ただ残念ながら君は本社には戻れないだろうな」
「え? どうしてですか?」
「君の会社の事を色々調べさせてもらったんだが、今あの会社はかなり経営難に陥っている」
「え?」
花純はまさかと思った。
自分が勤めているのは業界最大手の有名企業だ。
それがなぜ経営難に?
「感染症をきっかけに主力だった冠婚葬祭部門の売り上げは低迷していて回復の見込みは薄い。ホテル、大手企業、テレビ局等からのアレンジの依頼も激減。全国各地にある店舗はフローリスト自体が飽和状態で売り上げは低迷、その上人件費がコストを圧迫している。こういった状態が何年も続いている。初期の段階で少しでも対策を取っていれば多少違ったのかもしれないが、君の会社の上層部はこれまでなんの手も打たなかった。おまけに縁故入社が極めて多く、優秀な人材はどんどん外へ流れていっている。取引先の銀行と結託して自社株買いを進めて値を吊り上げているようだが、そろそろ資金も底をつく頃だろう。そうなると利確や投げ売りする投資家が増えて株価は大暴落。もしかしたら底値で拾う企業が出てくるかもしれないが、それも定かではない。となると、ゆくゆくは経費節減の為に店舗数を削減、収益の悪い部門からは撤退、そしてリストラ…同業者に吸収合併されるか最悪の場合は倒産…おそらくこんなシナリオだろうな…」
「…………」
花純は何も言えなかった。
まさか自分の会社がそこまで経営難に陥っているとは気づきもしなかった。
社員をリストラするとなると、真っ先に自分が候補に上がるだろう。
それだけは絶対に避けたかった。
「そんなに酷いなんて…」
「うん、まあ、何の罪もない優秀な社員を私的感情で左遷している時点で、もうお先は見えていたけれどな」
「もし店舗削減になんてなったら、店に出入りしている業者の人達は?」
「バッサリ切られるだろうな。少しでも誠意ある商売をしていたら、こんなお粗末な結果にはならないよ」
壮馬は気の毒そうに言った。
その時花純の脳裏に山本のおっちゃんや店に出入りしている業者の人達の顔が浮かんだ。
「ひどいわ……何か他に手立てはないのでしょうか? 優香さんだってあの店を生きがいにしているんです。それに他の人達だって…もし店がなくなってしまったら…」
花純は悲痛な表情になる。
そこで壮馬が言った。
「手立ては考えているよ」
「え?」
「うちの会社は、今不動産業以外の業種に少しずつ手を広げているんだ。で、良い条件が揃えば買収も視野に入れている。それで今君の会社に目をつけているんだ」
花純は最初壮馬の言っている意味がピンと来なかったが、冷静に考えるとすぐに理解した。
「あ、だからうちの会社の経営状況を調べていたのですか?」
「そういう事だ」
「では、高城不動産がうちの会社を買収するのですか?」
「そのシナリオで動いてる」
花純は驚いた。
まさか壮馬の会社が花純の会社を買収するなどとは想像もしていなかったからだ。
「えっ? で、買収した後はフローリスト業はどうなるのでしょうか? 優香さんの店は?」
「大丈夫だ。今現在収益が上がっている店は閉めるつもりはない。しかし収益が上がっていない店舗は一旦閉めた後、何かに特化した特徴のある店にしてから再オープンという形を取る」
「特化した特徴って?」
「それはこれから詰めていかないとだな。とにかく縁故社員はバッサリ切る。そしてやる気ある若手社員を中心に、新店舗のプロジェクトを発足させるつもりだ。そのリーダーには優香さんに入ってもらうかもしれない」
「優香さんが?」
「ああ。彼女をあのまま店の店員にしておくのはもったいないと思わないか?」
「おっ、思います! 凄いです、副社長!」
花純は感動のあまり思わずそう言った。
優香が新しく生まれ変わった青山花壇のリーダー的存在になるのは、適任だと思っていた。
優香は店を愛している。
だからきっと素敵な店づくりを実現させるだろう。
「べらべらと喋ってしまったが、一応これはまだ社内秘なのでくれぐれも内密に。優香さんには追って優斗から話をする予定だから」
「わかりました」
「で、俺の誘いを受けてもらえるかな?」
花純はドキドキしていた。
まさかいきなり今日人生の岐路に立つとは思ってもいなかった。
そして一度深呼吸をすると言った。
「わかりました。副社長の会社でお世話になります。よろしくお願いいたします」
花純は助手席に座ったまま、壮馬に向かってお辞儀をした。
それから二人はマンションの近くに出来たイタリアンの店に寄り、夕食をテイクアウトする。
何種類もの料理を買い込み、二人でシェアする事にした。
部屋へ戻ると、花純は早速キッチンでそれらを皿に盛りつける。
料理はまだ温かかったのでそのまま食べても大丈夫そうだ。
テーブルにはパスタやニョッキ、サラダにピザなど沢山の料理が並ぶ。
二人はそれを分け合って食べた。
食事中、二人は仕事の話で盛り上がる。
花純は、今高城不動産が手掛ている案件についての質問をする。
壮馬の話によると、現在は地方に建設中のアウトレットや都内のタワマン、そして海沿いのリゾートホテル建設などが進行中だと答えた。
「本当に大規模の開発ばかりをされているんですね」
「うちの親父は大規模な仕事ばかりをやりたがるんだ。それはなぜかっていうと、入って来る収益がデカいからなんだ。でもそれは決して欲深いからっていう訳じゃなくて、親父は社員達の事を自分の家族のように思っているんだ。だから大きな収益を上げてその家族達に沢山還元したいと思っているんだろうな」
それを聞いた花純は、
(素晴らしい社長だわ……)
素直にそう思った。
そして今、高城不動産ホールディングスが急成長を遂げている理由が少しわかったような気がした。
コメント
3件
空中庭園完成間近‼️ そして高城不動産は青山花壇を買取り縁故はバッサリ⚔️それって今の青山花壇で一般入社した人にも嬉しいことでは? 優香さんも今より更に輝く✨ 花純ンは、たくさんのプロジェクトに関わって本領発揮👍 壮馬パパ社長の鑑🪞
空中庭園もいよいよ完成間近⁉️🌳🌲✨ 素晴らしい庭園に生まれ変わりそうで楽しみですね🎶 心配だった青山花壇経営難の件も、高城不動産が買収に向けて準備中....。 フラワーショップも スタッフの皆さんも、壮馬さんが救ってくれるのなら安心ですね😌💓 そして、花純ちゃんと自分の周辺を順調に固めていく壮馬さん....♥️🤭 恋の方も、これから一気に進展しそうな予感⁉️♥️♥️♥️👩❤️👨
高城不動産の社長の鏡🪞のような方ですね✨ 壮ちゃんも自分の父親の背中を見て仕事をしてるからゆくゆくはもっと大きなボリュームの仕事をこなしていきそう🏙️👍 それに比べて青山花壇は社長一族の考えが縁故ありきで尻すぼみの経営だと先行き真っ暗だと思う。 やっぱり花純ンは壮ちゃんの話に乗っかって更に優秀なガーデンプランナーを目指そう😄🌸👍