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放課後。窓の外では夕陽が沈みかけていたが、教室には灯りがついていない。残された残照だけが、淡く床を染めていた。
遥は黒板の前に立ち尽くしていた。教卓には何かが置かれている──一枚の写真。
紙質はざらついたコピー用紙。そこに映っていたのは、遥が中学時代に“やった”とされる一場面だった。
歪んだアングル。膝をつく誰か。睨む遥の横顔。
文字が添えられていた。
「あれ、わざとだったよね。
ずっと、そう思ってた。」
誰が撮ったのか。誰が残していったのか。
だが遥には、心当たりがあった。
(これは──)
名前のない暴力だった。中学のとき、自分は確かに「何もしなかった」。
止めなかった。見て見ぬふりをした。
いや──ある場面では、笑っていた。
(“そう見えた”のは事実だ)
誰かが仕込んだのではない。
けれど、仕掛けたのは間違いなく“蓮司”だと、遥は直感で理解していた。
そして同時に、それを否定する資格が、自分にあるとは思えなかった。
声が聞こえた気がした。
「日下部があいつを庇うのって、こういうことがあったからじゃない?」
「遥が誰かにしてたことを、今、日下部に返されてるってだけでしょ」
「それを“愛情”とか言われてもさ、無理じゃね?」
音じゃない。“空気の中のノイズ”として、そういう言葉が遥の耳を満たしていく。
遥は気づいていた。
自分が何も言わなければ、日下部が壊れていく。
それでも──言葉にならなかった。
日下部は、そのとき廊下の奥から姿を現した。
もう誰もいない教室。沈黙の中、ふたりきり。
遥は写真を手に取り、教卓に背を向けた。
何も言わず、ただ視線を落としたまま──日下部に背を向ける。
「……知ってたんだろ?」
声は、喉の奥で擦れていた。
「俺が、どういう人間か」
日下部は何も答えなかった。
遥は、片手で写真をくしゃりと丸めた。
そしてそれを床に叩きつける。
「おまえまで……巻き込まれるなよ。
俺は──、本当に“最低”だったんだよ」
唇が震えていた。
「壊されて、壊して、誰かを見殺しにして、それでも……なにも言い訳しないで生きてた。
なにが“生きる”だよ。なにが“信じる”だよ……」
日下部の足音が、静かに近づいてくる。
その一歩ごとに、遥は後退りする。
背が壁にぶつかる。
「来んなよ……」
──言葉じゃない。
日下部は、黙って遥の前に立った。
何も言わない。ただ、目を逸らさず見据えていた。
遥の呼吸が、浅くなる。
その目が、遥にはたまらなかった。
優しさじゃない。哀れみでもない。
ただ、そこに“諦めがなかった”。
──そんな目で見るな。
遥の手が、思わず日下部の胸を押した。
しかし彼は微動だにしない。
「もう、おまえまで俺に壊されるなよ──っ」
──それでも、日下部は何も言わない。
遥の頬を、ひと筋の涙が流れた。
声にならない嗚咽が、喉の奥で潰れる。
沈黙の中で、遥の“自壊”は、静かに、そして確実に進んでいった。
外では、陽が完全に沈んでいた。
教室の灯りはまだ点かず、薄暗がりの中で──二人の“決裂と接近”が交錯していた。