嫌な夢を見た。
何が嫌というのがある訳ではないが、なんとなく嫌だった。懐かしいような、悲しいような、救いようのないような、そんな夢だった。
この屋敷のような日本家屋で、美しい満月が見えて、そこに自分と同じくらいの年の少女がいたような気がするが、顔は思い出そうとしても、何故かそこだけがぼやけて分からない。
今の状況のせいで似たような夢を見たんだろう。
考えることをやめて、部屋の障子を少し開けて外の様子を見ると、そこには月は沈み、遠くの建物は太陽に焼かれたように紅くなっている。
月に置いていかれて彷徨う星達が今日はやけに目についた。
考え事をしているうちに刻々と時が過ぎて行き、気付けば『その日』まであとニ日だった。明日になれば、前夜祭がはじまるだろう。
今日は夜に当主様との打ち合わせがある。僕しか読んでいないと言っていたから、おそらく『道具』を渡されるのだろう。まあ、もしもの時スペアを作れるように作り方は教えられていて、材料も一つ作るくらいなら支給されているので、直接受け取る意味はあまりない。まず、使う気もないのだが…。
賢い彼女は『その日』に何が起きようとしているのか、解っているかもしれない。だとしても、彼女はそれを悟った上でここに留まるのだろう。彼女はそういう人だ。
それでも僕は彼女に生きていて欲しい。
それだけは譲れない。
明日が前夜祭という事で屋敷中が大騒ぎだった。
香の準備に酒の準備、料理の準備まで…。人の命がかかわっているとは言え、関係のない者や、何も知らない者にとっては、普通の祭りと変わらないのだ。僕はある程度準備を手伝うと、彼女の部屋に向かった。外はもう日が沈み始めていた。夕食は、明日の料理のあまりを賄としてもらった。おそらく彼女も夕食は済ませているだろう。
いつも通り、僕は彼女の部屋の前に立って声を掛けるが、彼女からはいつもと違う返事が返ってきた。
「失礼します。」
「待って!今は入らないでください!」
何事かと思いその場で訪ねると、今日は明日、明後日のための衣装合わせの日だったらしい。前の祭り時はそんなものは無かったのだが…。
まあ、丁度いいだろう。好都合だ。これで口実ができた。
しばらく待って許しを得てから部屋に入ると、侍女は出ていき、彼女はいつもの服で座っていた。いつも通り、彼女と何気ない会話をしながら、お茶を淹れる。
「お疲れ様です。今日は明日の準備が大変だったのではありませんか?」
「あなたこそ、衣装合わせお疲れ様です。お茶をどうぞ。」
僕は彼女にお茶を出した。自分の分は用意せずに。
しばらく話すと、彼女の目は次第に虚ろになって行き、口調も呂律が回っていないような、ふわふわとしたものになっていた。
「あれぇ?おかしいですね?疲れてるのかしら…。だんだん眠く…」
バタン…
「おやすみ、姉さん。」
彼女はそのまま眠りについた。
太陽が沈みきってすぐの頃、静かに光る月と散り始めた桜の下、少年は少女を大事そうに抱えて、人知れず姿を消した。
コメント
1件
しばらく間が開いてしまい大変申し訳ございませんでした!!次回は巫女視点のお話を入れようと思っておりますので読んでいただけたら嬉しいです✨