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その笑顔を見た瞬間
胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えて俺は思わず俯いた。
尊さんの優しさが、俺の心を甘く
そして切なくさせる。
そんな俺の頭を優しく撫でる尊さんの温もりを感じながら
俺たちはしばらくそのまま寄り添っていた。
そうして落ち着いた俺に尊さんは
「ここ、近くにゲーセンあるらしいが、興味あるか?」と聞いてきた。
正直、ゲームセンターなんて高校生以来で
胸が高鳴った俺がベンチから立ち上がり
「行ってみたいです!」と即答すると
尊さんも嬉しそうに笑って立ち上がった。
「よし行くか」
そう言って歩き出す彼の後について行くように、俺も歩き出した。
そうして少し歩いたところにあるゲームセンターにたどり着いた。
入口から漏れるゲーム機の電子音と
賑やかな音楽が、俺の心をさらに高揚させる。
中に入ると、様々な種類のぬいぐるみやフィギュアが所狭しと並んでいて
どれもこれも可愛いデザインのものばかりだった。
平日の昼間ということもあってか人はまばらで
俺は物珍しそうに辺りを見回した。
尊さんは「何かやりたいものあるか?」と聞いてきたので、俺は少し考えてから答えた。
「あの、あれやってみたいです!」
俺が指差した先には、UFOキャッチャーがあった。
尊さんは少し意外そうな顔をしたが、すぐに「じゃあやってみるか」と言ってくれた。
UFOキャッチャーの前まで行くと
中にはクッションサイズのクマのぬいぐるみが2種類
茶色のクマとアイボリー色のクマが残っていた。
俺は早速100円を入れてプレイを開始する。
しかしなかなか思うようにいかず苦戦していると、そんな俺を横から見ていた尊さんが
「ちょっと貸せ」と手を出し
100円を投入するとあっという間に茶色のクマのぬいぐるみを取って俺に渡してくれた。
その手際の良さに驚いて思わず
「えっ!尊さんプロ?!」と言うと
彼は「別に普通だ」と謙遜する。
しかし、俺は改めて尊さんの才能に驚かされた。
「にしてもその茶色の方、あんま可愛くなくないか?」
尊さんがクマのぬいぐるみを眺めながらぽつりと呟いた。
「えっそうですか?でも確かにクールですね…」
俺は、尊さんの言葉に少しだけ首を傾げる。
「じゃ、もうひとつの白っぽい方取ってやろうか」
「いえ、これがいいです!」
「なんだかこのクマさんクールで尊さんっぽいですし…家帰ったらベッドに置いて尊さんだと思って抱き枕代わりにしようと思います」
俺が嬉々として返事すると
尊さんはなぜか困ったような表情になって頭をポリポリと掻いていた。
そんな尊さんを他所に、俺はそのクマのぬいぐるみを眺めたり抱いたりしていた。
そのあともゲームセンターでしばらく遊んだ後
俺たちは再び駅に向かって電車に乗り込んだ。
電車に揺られながら、俺はクマのぬいぐるみを膝の上に乗せてホコホコとした気持ちでいた。
窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら、クマのぬいぐるみの柔らかな毛並みを撫でる。
(可愛いなぁ……このクマさん)
家に帰ったら早く抱きしめて眠りたいな、と
思わずそんなことを考えていると、歩き回って疲れたのか
俺は段々ウトウトし始めてしまう。
瞼が重くなり、意識が遠のいていく。
寝ちゃだめだ…と思いながら睡魔と戦うも
隣の尊さんの肩にコテンと自分の頭を乗せてしまい
ハッとして離れるが、少しするとまたガクッと頭が落ちて……というのを繰り返してしまう。
そんな俺の様子を見かねたのか
尊さんは俺の頭を自分の肩に預けるように、優しく抱き寄せてくれた。
尊さんの腕が俺の背中に回され、その温かい体温が俺の体を包み込む。
「寝とけ」
尊さんの低い声が、俺の耳元で響く。
「けど……」
断ろうとするが、尊さんは俺に有無を言わせず
俺を抱き寄せたまま眠りについた。
その一定のリズムで刻む彼の心臓の音や体温に安心してしまい
俺もそのまま眠ってしまったのだった。
それからどのくらい経ったのか……。
俺はふと目を覚ました。
意識が覚醒しきらないまま、ゆっくりと瞼を開ける。
すると目の前に尊さんの整った顔があり、思わずドキッとする。
尊さんの穏やかな寝顔が、間近にあった。
しかし彼はまだ眠っているようで、俺の頭はまだ尊さんの肩に乗っていた。
尊さんの肩に凭れかかる自分の姿に、俺の頬がじんわりと熱くなる。
窓の外を見ると、目的の駅に着く直前で
慌てて「尊さんっ!」と彼の肩を軽く揺する。
「……ん?」
尊さんがゆっくりと目を開ける。
その瞳は、まだ眠気を帯びていた。
「す、すみません!俺寝てました……」
「…俺もだな」
尊さんは、まだ少しぼんやりとした表情で答える。
ふと自分が尊さんに頭を預けていた事を思い出し
急に恥ずかしくなった俺は顔を真っ赤にした。
そんな俺の様子に気が付いたのか、彼はククッと笑って「間抜け顔」と言ってきたので
俺は「たっ、尊さんこそ……!」と声を漏らした。
電車を降りた俺たちは、そのまま改札を出て
横並びになって駅を出た。
夕暮れ時になり、空は茜色に染まり始めていた。
帰路に着き、2人並んで歩いていると
「そうだ」と尊さんが声を上げた。
「なんですか?」
俺が問うと、尊さんは歩きながら言った。
「言い忘れてたが、来週の火曜にある商談だが…今回は俺と一緒じゃなく、お前一人で契約を取ってきてもらうことになる」
「えっ」
突然の事だったため、俺は驚きを隠せず声が上ずった。
足が止まる。
「ちょ、ちょっと待ってください!え…俺一人でですか…?」
「ああ、しかも燈咲コーポレーションのな」
「そっそんなの大口の取引先じゃないですか!?」
俺が食い下がると、尊さんは少し困ったような顔になり
そして俺の頭をポンポンと叩きながら言った。
「お前なら大丈夫だ。もし、この契約が無事取れたら、ご褒美をやってもいい」
その手のひらの温かさが、俺の不安を少しだけ和らげる。
「ご褒美……?」
俺が聞き返すと、尊さんは「ああ、そうだ」と言ってニヤリと笑った。
その笑顔に、俺の心臓が小さく跳ねる。
「なんでもお願い聞いてやるから、頑張ってこい」
相変わらず尊さんの言葉は、俺にとって何よりも力になる。
俺はまだ少し不安だったが、尊さんがそう言ってくれるのなら……と思い直し
覚悟を決めて頷いた。
◇◆◇◆
そして迎えた商談当日───…
俺は一人でその取引先の会社に来ていた。
慣れない一人での商談に、俺の心臓は朝からずっと落ち着かない。
ネクタイを締め直す手が、わずかに震えるのを感じる。
受付で名前を名乗ると、すぐに社長室に通され
そこで待っていたのは見覚えのある男性だった。
彼の顔を見た瞬間、俺の脳裏にあの電車の出来事が鮮明に蘇る。
「あれ?キミって確か…以前電車でフォークに襲われかけてた人じゃない?」
その声の主とはそう、以前
朝の満員電車でフォークに襲われそうになっていたところを颯爽と助けてくれた
あの男性だった。
彼は名刺入れから一枚取り出して俺に差し出すと「狩野 遼馬」と名乗った。
その笑顔は、あの時と変わらず穏やかで
俺の緊張を少しだけ解きほぐす。
「そ、その節は助けてくださりありがとうございました……!本日は、よろしくお願いします」
俺は慌てて自己紹介して彼に名刺を差し出す。
すると彼はにこやかに笑ってそれを受け取った。
「ふふっ、こちらこそ」
それからしばらくお互いの近況などを話し終えると、狩野さんは「さて」と言って本題を切り出したのだった。
俺は、深呼吸をして、商談モードへと意識を切り替える。
◇◆◇◆
それから商談が始まって2時間後───…
「では、そういうことでよろしくお願いしますね。雪白さん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
狩野さんとの打ち合わせの成果もあり
取引はスムーズに進み、俺は契約書を記入していた。
ペンを走らせる音が、静かな社長室に響く。
緊張はまだ残っているものの、無事に契約が取れたことに安堵の息を漏らす。
するとそんな俺を見ていた狩野さんが
「そういえば」と話を振ってきた。
「キミって確か……烏羽の直属の部下なんだっけ?」
突然の話題に、俺は思わず手を止めて顔を上げた。
何か裏があるようには見えない。
相変わらず狩野さんはにこやかで、冗談とも世間話ともつかないトーンだった。
しかし、その言葉の裏に何かを読み取ろうと
俺は彼の表情を注意深く観察する。
「え、ええ……そうですけど」
「ふうん、やっぱり。……アイツ昔から人を見る目はあるんだな」
意味深な言い方だった。
俺は言葉の意図を測りかね、首を傾げる。
すると、狩野さんは目を細めて笑いながら言葉を継いだ。
「実はね、烏羽とは学生の頃からの付き合いなんだよ。まあ……いろいろあって、アイツとは腐れ縁みたいなもんかな」
「え、そうなんですか……!?」
俺はそんな会話を聞きながらも、作業をする手を止めずに答えた。
まさか尊さんと狩野さんが学生時代からの知り合いだったとは、全く知らなかった。
驚きが、俺の心に新たな波紋を広げる。
「それでさ……キミって烏羽と付き合ってるの?」
「……はぇっ!?」
俺はあまりに突然過ぎるその質問に驚いて、持っていたボールペンを床に落としてしまう。
カラン、と乾いた音が社長室に響いた。
慌てて拾おうとしてかがみ込むが、焦りのせいか手元が震えてうまく掴めない。
顔に熱が集まるのを感じる。
そんな俺を見て、狩野さんがペンを拾い上げ
笑顔で差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます…」
どこか見透かすような優しい笑顔に、俺の胸の奥がざわつく。
ペンを握り直し、気を取り直して契約書へのサインを済ませたところで──。
「その様子だと、付き合ってるんだ?」
狩野さんは俺の様子などお構いなしに、続けて質問を投げかけてくる。
その言葉は、俺の心臓を直接鷲掴みにするかのようだった。
「い、いえ……!付き合ってないですよ!そもそも俺みたいなのが主任と釣り合うわけないじゃないですか……!」
顔から火が出そうだった。
否定するほどに挙動不審になっていくのが自分でも分かる。
狩野さんはそんな俺の様子を面白そうに眺めながら、くすりと笑った。
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