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放課後の図書室は、秋の陽が長く差し込んでいた。カーテンの隙間から漏れる橙色の光が、埃の粒を金色に染めて漂わせている。
「この前の英語スピーチ、すごく良かったって先生が言ってたぞ」
机越しに声をかけてきた蓮司は、いつものように気負いがない。
言葉の端には軽さがあるのに、不思議とその褒め言葉だけは空中に残って耳に引っかかった。
遥は小さく首をかしげる。
「……そう、かな」
自分の声が、思ったより弱い。
「そうだよ。日下部も聞いてただろ?」
隣で本を閉じていた日下部が、視線を上げる。
「うん。淡々としてるのに、ちゃんと届く声だった」
それだけ言って、またページをめくる。
褒められる。
その言葉が胸の奥で鈍く揺れ、けれど温度を持たない。
努力したはずなのに、達成感という実感がどこにもない。
まるで、他人が書いた原稿を読み上げただけのようだ。
蓮司は笑って肩をすくめた。
「もっと自分で自分を褒めてもいいのに」
軽口なのに、その一言が静かに響く。
――褒められるって、どう感じればいいんだろう。
喜ぶ? 誇る?
頭では知っているはずの感覚が、心の中では空洞のまま転がっている。
窓の外、夕焼けの空がやけに鮮やかで、
褒められた自分よりも、その赤さの方が確かに見えた。