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静かに、夜が満ちていく。
音も、光も、人の声すら、外から閉ざされたスタジオの中。
モニターの向こうに、自分の声が浮かんでいる。
言葉ではない。意味ではない。
ただ、誰にも伝わらないまま溶けていった想いの、残響。
A:mute。
名乗りたくなかったから、名乗った。
喋れなかったから、名乗った。
“誰でもない何か”が、
“誰かの奥底にしか届かない音”をつくっている。
それでよかった。今も、それでいい。
歌詞なんて、メモの断片みたいなものだ。
でも、たまに、それが自分の代わりになる。
灯りじゃないけど ここにいるよ
照らせないけど 離れないよ
名前がなくても 呼んでくれるなら
声じゃなくても 届くといいな
どれだけ書き直しても、結局ここに戻ってくる。
「いない」ままで、「いる」と証明したいだけだった。
作業を終えたあと、部屋の灯りを落とす。
暗いわけじゃない。目が慣れてしまえば、影がある分だけ、奥行きがある。
部屋の隅で、ギターが沈黙している。
誰もいない場所で、音はもう出さない。
でも――音は、消えない。
A:muteという名前が、どこかで検索されているらしい。
たまに、ネットの片隅で感想を見かける。
「泣ける」とか、「眠れた」とか、「わからない」とか。
俺自身が、「わからない」まま残してる音なんだから、当然だ。
SNSはやらない。
ライブには出ない。
顔も、声も、名も、すべて隠したまま。
それでも、誰かが聴いている。
それだけが、不思議だ。怖くて、うれしい。
録音しているとき、声が震えて録り直した部分がある。
でも、残した。
その震えを、
「弱さ」と呼ばない誰かが、どこかにいる気がしたから。
わからないまま そばにいること
きっとそれしか できないけれど
何もできないまま ここにいることを
誰かが 誰かの光と思えたら
遥は、歌い終えたあとも、マイクの前から動かずにいた。
ただ、深呼吸をひとつ。
誰にも聞かれないままの、音じゃない呼吸。
いつか、全部が無意味になるかもしれない。
何も残らないかもしれない。
けれど、確かに、
今日この瞬間だけは――生きて、鳴らして、沈黙を抱いた音があった。
それでいい。
それだけが、欲しかった。
A:muteの次の配信曲は、
夜明け前にひとりで聴くための曲。
夜が明けてしまう前に、もう一度、音を置く。
沈黙の中に、灯りのような音を。
A:mute(アミュート)
ねぇ、どうして僕は
“ただの空気”にされるの?
教室の喧騒(ざわめき)に
名前すら もう届かない
笑った顔の裏
ナイフを隠してる世界で
黙ることだけが
優しさだった
痛いって 言えたなら
楽になれたのかな
でも誰かが また
僕を「面倒」って 睨むだけ
声を殺して 笑ってた
心が崩れてく音
助けを呼ぶたびに
「またか」と扉が閉じた
叫びたいよ 本当は
壊れたのは僕じゃない
ただ 黙ってただけ
生きるために
A:mute
(それが僕の、選んだ声)
机の中の手紙
読まれたら 地獄が始まる
「大丈夫?」なんてさ
ドラマの中でしか聞かない
消えたかった朝も
吐き出せなかった夜も
誰にも見えない
傷だけ増えていった
優しくした日ほど
嘲笑が刺さるから
何も信じない
それが守るってことだろ
息を潜めて 耐えてた
いつからか 涙も出ない
「お前が悪いんだろ?」
その台詞 呪いのようで
誰かになりたくて
誰にもなれなかった
ねえ 許されるなら
壊れていい?
A:mute
(言葉を奪われた僕のまま)
ねぇ、知ってた?
泣かない子は、
「強い子」なんかじゃない
ただ、泣くことすら
許されなかったんだ
声を殺して 笑ってた
心が崩れてく音
誰かの優しさが
怖くて逃げ出した日も
本当は 気づいてた
見てた人がいたこと
でも 信じた瞬間
終わるって わかってた
A:mute
(僕はまだ、沈黙の中にいる)
誰にも届かない歌
それが僕の証だった
A:mute
――それでも、生きていたいって叫ぶよ。