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📩 相談:「おかしいの、俺のほうですか?」
「……俺、たぶん、おかしいんです」
「どこから話せばいいのか、わからないけど……学校で、毎日やられてます。えっと……ズボン、下ろされるとか。動画、撮られるとか。笑いものにされるのが定番で……それがSNSに出てて……家でも親には言えなくて」
「……で、たぶん俺、変なんです。痛いとか、恥ずかしいとか、あるんだけど……それより、“また来た”って、思う自分がいるんです。“俺の番だ”って」
「殴られたり、蹴られたりすると……少しだけ、自分が“何か”であるような気がする。“存在してる”っていうか。……意味、わかりますか?」
「やめろって言えるなら言いたい。でも……言えたら、もう壊れてたんじゃないかって、怖いんです。だから、黙ってる。されるたびに、どこかで、安心してる自分がいて……でもそれって、俺が望んでるってことですか?」
「俺、もうどうなってもいいのかなって。……こんなこと、誰にも言えなくて。言ったら、もっと笑われる。もっと面白がられる。でも、黙ってたら、このまま、終わっちゃう気がして」
「どうすればいいですか。俺、普通になりたいだけなんです。ほんとは……助けてって言いたいのに、声が出ないんです」
画面の文面を読み終えたあと、遥はしばらく無言だった。
薄暗い相談室。窓の外から差し込む午後の光が、机の上に斜めの影を落としている。目の前の画面には、言葉を吐き出すように綴られた長文の相談メールが表示されたままだ。
「……自分で“おかしい”って言えるやつは、おかしくねえよ」
ぽつりと呟いた言葉は、誰にも届かない。けれど、それは確かな実感として遥の胸に残っていた。
画面を閉じず、遥は椅子にもたれながら、天井を見上げた。胸の奥に、やりきれない焦げ跡のような痛みがある。
「……“また来た”って思う、か」
わかる。あまりにもよくわかる。
痛みが習慣になる。恥が「役割」になる。やられることで存在できる気がしてしまう。誰にも気づかれない孤独のなかで、自分だけが知っているルールで、自分自身を壊しながら保っている――それは、かつての遥の核心だった。
だが、それを理解しても、救いの言葉が見つかるわけじゃない。むしろ、遥には“慰めの言葉”というものに対して、深い不信があった。
それでも、書くしかない。
画面に指を置き、遥は一言ずつ、言葉を選びながら返事を打ち込んでいった。
📩 返信
「おかしいのは、君じゃない。
でも、それが“自分がおかしい”と感じるくらいに、長いあいだ、誰も君を“まっすぐ”見なかったってことだろ。
“やられる側”を演じるしかなかったんだよな」
「……それでも、今、ここで君は“助けて”って言葉を打った。声じゃなくて、文字だったとしても。俺は、それをちゃんと受け取った」
「『されるたびに安心してしまう自分がいる』って言葉、よくわかる。俺も、そうだった。……今も、たぶんどこかにある。
でもな、それは“壊れてる”からじゃない。
壊されすぎて、“壊れてるふり”をするしかなかったんだよ」
「助けてって言えないのは、君が弱いからじゃない。
今までずっと、誰にも本気で助けてもらえなかったからだろ。
信じたことが、裏切られたからだろ。
だから怖い。それでいい」
「君は、“存在してる”って感じたくて、痛みに縋ってる。
でも――本当は、誰かのまなざしのなかで、“いていい”って思いたかっただけだろ」
「……俺は、ここにいる。
君の声は、もう、届いたから」
――遥
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