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第15話:落ちる人々
天球中枢域《オルベ・セクト》では近頃、
**星のあいだから“逆方向に流れる粒子”**が観測されていた。
それは“上へ浮く”のではなく、下から浮かび上がるように見える異常な記録泡。
学術機関はこれを《逆浮粒(ぎゃくふりゅう)》と命名。
だが泡水官たちは別の言葉を使った。
「あれは、“沈んだ者の返答”だ」
この現象に注目したのは、過去の事件を複数目撃してきた少年、エルド・サンミール。
彼はかつて、“ネフリオの海底劇場”を観た唯一の少年であり、
“沈むこと”に魅せられて滑空していった記録が残っていた。
現在のエルドは17歳。
風に焼かれたような褐色の肌、切りそろえられた焦げ茶の髪。
《ソラー社製:風流反応布“ウルヴェイル”》を背負い、
滑空装置を改造した個人用浮行機を操っている。
ある夜、星祈りの丘に“沈んだはずの人物”が現れた。
少女の名はミオ・ランキュア。
第3話で“浮く理由”を問い、記録からも削除されたはずの存在。
彼女は静かに風の上に立ち、こう言った。
「星の下に、空はまだある。 そして空の下には、道がある。」
—
彼女とともに現れたのは、
第5話のネビ、第6話のユハ、第10話のノーア…
かつて“沈んだ”とされた者たちだった。
彼らは語る。
「私たちは、落ちて消えたわけじゃない。 私たちは、“浮かばない世界”で、生きていた。」
天球では浮力こそが価値。
沈んだ者は、記録から消され、存在すら否定されてきた。
だが彼らは、《泡記録よりも確かな風》をまとって戻ってきた。
—
泡神殿では緊急会議が開かれた。
「記録されなかった者に、存在の正当性はあるのか」
「泡を通さない証言は、虚無とどう違うのか」
そこで一人の神官が呟いた。
「ならば、星に問うてみよう。 星が増えるなら、それは未完の証。 減るなら、それは完結だ。」
—
その夜。
星空はすこしだけ、数を減らしていた。
人々が願いを“浮かべる”のではなく、
“降りてきた声”を受け入れた夜だった。
月が照らす大気の中心で、エルドが最後の泡を吹いた。
「浮くことが正しさじゃない。
残ることでも、消えることでもない。
ただ、“ここにある”ということだけが、僕たちのすべてだ。」
泡は昇らず、沈まず、
風のまんなかで静かに膨らみ、弾けた。
その音は、天球中に響いた。
終章
後にこの出来事は《重力交和(じゅうりょくこうわ)》と呼ばれる。
“浮く者”と“沈んだ者”が、
互いにどちらが上かを問わなくなった日として。
記録にも、泡にも、星にも、
ただ「風の変わった日」とだけ残っていた。